2022年10月29日土曜日

岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 152

                                             2019 W杯・備忘録 152

〜  XV 〜
 
ワールドラグビー「ラグビー憲章:ゲームの原則」の中に次のような一節がある。
* ラグビーをあまり知らない人が少し見ただけでは一見矛盾の固まりのように思われるこの競技の背景に、ラグビーというゲームを支配する原則を見い出すことは難しい。
* それら(ゲームの精神)は時代遅れの伝統と美徳かもしれないが、時代を超えて不変であり、ゲームがプレーされるすべてのレベルにおいて、その由緒ある過去の中で重要だったように、ラグビーの将来においてもずっと重要なものであり続ける。
 
ラグビーがラグビーたりえるのは何を満たしているからなのだろうか?
 
エレロ:ラグビー愛好辞典『Ballon(ボール)』では次のように解説されている。
『確かに、丸いボールでラグビーをプレーすることを想像してみたら、それもラグビーなんだろう、ベートーヴェンの楽曲をミルリトン(小さな管楽器)で演奏してもベートーヴェンであるように。ラグビーのすべてがボールの形状に由来しているわけではない、また、ラグビーの特質が楕円というボールの神秘的な力から派生するものでもない。 … 
だけれども、楕円の魔法は、野暮な言い訳・まずいプレー・出来損ないの用具なんかを帳消しにしてくれる。その弾み方は奇想天外、煩わしい固定観念を吹き飛ばしてくれる。ラグビーは楕円球とともにある。』
 
同書『XV15)』では次のように書かれている。
1820-30年代、ラグビー校では、各チーム200人ぐらいというとんでもない人数で競われていた!スクラムは、アナーキーな群衆のようであり、ボールとして使用されていた豚の膀胱は見えなくなっていた。さすがに、このような競技では校外へ広がらない。そこで人数を減らしルール化された。1871年、初めての国際マッチ・ENG/SCO戦、20人対20人で競われた。そして、1877年、設立早々のラグビーフットボールユニオンが1チーム:15人と定めた。今日に至るまで、これより多い人数のチームスポーツは出てきていない。では、なぜ15人なのか?きちんと説明され、正当化されたことはない;ある人びとは、「15」は奇数かつ三角数であって、19世紀末イングランドで流行っていたフリーメイソンの影響だと見ている。
ラグビー道徳の基本の一つが、どんな体格・性格でも、誰にもポジションがあることだ。大きくて穏やかなの、小さくて活発なの、太って重いの、痩せて機敏なの:チームは「ノアの箱舟」だ。長い間、体格に応じてポジションが決められてきた。頑丈なのがモールやスクラムでぶつかり、のっぽがラインアウトで飛び、すばしっこいのがコンタクトから離れていてボールをかすめ取って逃げ去る。
単純化すると、15人家族は二つの「群れ」に分かれる。フォワード8人とバックス7人に。それぞれが規範・掟・ヴァリューを持っている。
フォワード群はボール獲得のパワーだ、すなわち勇士の集まり。ラインアウト・スクラム・モール・ブレイクダウンと集団でのぶつかり合いの連続であり、連帯がキーワードとなる。スクラムをビーチバレーのようには出来ない!常に絡み合い・結ばれ・一緒に戦う、一つの意思・勇気・痛みを恐れぬ献身を共有する。8人が一塊となって、個々は溶け込んでしまう。コンタクトを好み・多くの人が嫌がる目立たないことに打ち込む体力と気力を持っていなければ、この「群れ」に加入することはできない。
チームにはこの「群れ」と近くて遠いもう一つの「群れ」バックス群がいる。奴らはスクラムとラインアウトの傍観者に過ぎない。一方、走力・創造力、早さと力強さを体現する。フォワードと全く違った機能・マインドセットだ。スリークオーターであれフルバックであれ、誰とも絡み合わない。ぶつかるよりも迂回する。走り回りパスをする。彼らがアタックを具現化し、フォワードの努力を現実化する。幻想的・リズムとフェイント・ハーモニー・エレガンスが身上だ。
《ラガーマン》と呼ばれても、フォワードとバックスは同じプレーをしているわけではない。20年間プレーしてもお互いのやっていることを体験するわけではない。フランスの名センターがこう言った:『15年間トップレベルでプレーした、何千回ものスクラムを間近に見てきた、プロップの仲間たちと歓喜・落胆を分かち合ってきた、でも、スクラムで何が競われているか何もわからない…』
名ジャーナリスト:ラランはこう書いた『ラグビーチームを定義すれば、理想社会だ、そこではどんな個人も役割・居場所がある。大きいの・小さいの・のろま・すばしっこいの・太っちょ・痩せぽっち、そして、のろまはすばしっこいのに、ふとっちょは痩せぽっちのために働かないと社会は動かない』
 
不易流行、ラグビーの何が変わり、何が変わらないのか、その根源にあるのは何なのか、わかるようでわからない。楕円球と15人制、どちらも不変の掟なのだろうか。
そもそもラグビーの何に魅せられているのか、自覚しているようで言語化できそうにない。
 
令和41029

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