2026年9月21日月曜日

東京アートミュージアムのパンフレットの原稿が届きました✌️🙇🏼‍♂️


 イッチー先生こと、市野先生にお願いして、🙏🙇🏼‍♂️ 昔、中延学園に出入りして居た頃から、TSAが開校されても、今も、お世話になっています。造形作家でパリで個展やグループ展を開催、勿論、東京を中心に中国でも作品発表と行動範囲は広い作家です。今回も無理にお願いしてお世話に成りました。上手くパンフは掲載出来ませんでした。案内状のみです。解決したら掲載させて頂きます。住所は調布市仙川町1丁目 25 −1。京王線仙川駅下車です。

2026年9月20日日曜日

ファミリー・アート・ワークショップ、今年も楽しく、過ごせました。

 9月19日、9時30分からのファミリーアートワークショップの予定時間が、とめふるさと大使委嘱状交付式の為、遅くなり(着替えも在り)20分近く遅く開催されました。これまでは夏休み期間に合わせて日程を組んで居ましたが、近年の暑さの為、子供達の熱中症を考慮して、9月19日変更。所が、連休初日と、雨模様で心配されて居ましたが、曇り空、涼しい中で開催されました。条件は最低限の長さや太さの異なる竹を自由に選び、それに3原色と白、黒を色を混ぜる事なく、竹に塗る条件のみ。絵を教えるとかでは無く、塗る行為からアートの世界の玄関口に立って頂ければと。無事、色を塗った竹を子供たちが自由に円形や四角に成る様に置き、スタッフの皆さん(中田生涯学習センター職員とSatoru Sato Art Museum 友の会のスタッフ)で杭打ちして完成出来ました。子供達に取って、夢中で芝生の上で、絵の具と格闘して泥んこでは無く、まさに、顔や手まで、勿論、衣類まで、色んこで、遊んで頂きました。子供達にとって良い思い出になる事を期待しながら。昨年、同様、教育長や登米市・市会議員さん有志の皆さんにも参加して頂き、楽しく描く行為を体験して頂きました。河北新報社佐沼支局長の山並さんも取材に来て下さいました。皆様に感謝です。

2026年9月19日土曜日

とめ ふるさと大使委嘱状交付式に参加して来ました。

9月19日、9時15分より、<とめ ふるさと大使>委嘱状交付式が Satoru Sato Art Museum の常設展会場で開催され、熊谷康信市長、副市長、教育庁、議長、市議会議員の皆様も、昔、お世話になった方々も4連休の初日にもかかわらずお祝いに参加して下さいました。仙台から奥村夫妻も駆けつけて下さり、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。Satoru Sato Art Museum 友の会の皆様にも🙏🙇🏼‍♂️ 感謝・合掌です。取材は河北新報社の山並さん、H@!FM | はっとエフエムの斎藤さんも駆けつけて下さいました。頭が上がりません😅

岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 344

シルバーウイーク   そのうち ブロンズウィーク とか ブロンズ人材 なんてぇのが 生まれてくるのですかね

                 2019 W杯・備忘録 344

                  〜 RGR(4) 〜

 

観客数 2019W杯決勝が 70,103 2023W杯決勝が 80,067

今回のRGR テストマッチ第1戦:60,592 第2戦:56,589 第3戦:85,976 

USAで行われた第4戦:68,173

 

同時期に行われた ARG/AUS 第1戦:25,000

新潟で行われた JPN/CAN18,045 花園で行われた JPN/USA13,559

新潟はラグビーどころ 大阪・関西は非ラグビーどころ…

 

Midolは ㈰WRは 2031WUSA大会を盛り上げるために 欧州六か国対抗の試合をUSAの地で行うことを望んでいる ㈪仏協会は かの地では行わない(ただし 他のテストマッチをUSAで行うことは拒まない) ㈫USAへの移民が多くコミュニティーを形成している IREITAが戦えば どれだけ集客できるか などと報じている

 

プロ化≒興行化 観客数は わかりやすい指標だ。南半球4か国対抗から 分離して RGRを実施したことは 大成功! 一方 日本代表戦 どうしたら 観客数が増えるのだろうか???

 

4連戦を見ての雑感をいくつか

 

RSAが 31敗で NZを突き放す。WRランキング 1位・2位は変わりないが ポイント差が 1.68 から 3.94に広がった。

WRランキング もちろん 順位も一つの指標だが ポイント差 実に的確に 「力量」を表している気がしている。ザクッと言って ポイント差「5」あると まず勝てない…

 

ちなみに 914日公表のWRランキング JPNは 12位でポイント76.0911ITAとは 0.21差。10WALとは 0.29差(この3チームは 団子状態)。9FIJとは 1.91差。おそらく ここまでは 射程圏。8ARGとは 6.15差… かなり厳しい…

 

という観点からすると RSANZの差 3.94って かなりの差に感ずる。

現に この4連戦を見ていて ほぼ全局面で RSAが 力的には 上回っていた!?

それでいて NZ いい試合をしていた。まさに 弱者が強者と戦う「お手本」のような試合の連続だった。

4連戦の面白さは 一回限りの対戦と違い 各試合で出た両チームの長所・短所を 一週間の間に どう修正し具現化するか 世界最高レベルの技能・身体能力を有する個々の選手を どうシステムのなかに落とし込むか コーチング手腕が問われたシリーズでもあった。

 

4試合とも ゲーム最後のトライは NZ。なんとなく NZ魂を見せつけられたような。

1戦 26-16リードの74分に突き放すトライ

2戦 33-19とリードされている76分 トライゴールで33-26と 引き分けに持ち込める状況に

3戦 29-17とリードされているノーサイドのホーンが聞こえる中 トライゴール

4戦 43-21とリードされている79分 意地のトライゴール

 

なぜ 「判で押した」ように ラストトライはNZなのか… 

また 各試合 NZは 前半に「判で押した」ように 2トライ取っている。なぜなのだろう??? NZ側の要因なのか はたまた RSA側の要因なのか どうなんだろう…

NZの取った4試合全17トライのうち 15トライはマイボール・セットプレーからのもの。かつて「アンストラクチャーからの攻撃」が喧伝されていたが もはや NZRSAも 同型に近づきつつあり トータルラグビーの時代になったような… 

 

弱者の戦い方として 興味深かったのは ラインアウトでの 一番近い選手へのボール投入。けっこう「みえみえ」なのに 意外と成功していた(これなんかも RSAからすれば 本番では きっちり対応しますよ ということかもしれないが

 

時は金なり プレー時間を長くする=ボールデッドの時間を短くするが 今日的目標

で ラインアウトの「ハドル」は 短く ゴールキックは時間厳守

じゃあ スクラムの組み直しは??? というのが気になって仕方がない。

2戦目:44分 RSAボールのスクラム 4回組み直して 挙句の果てに RSA1番のアーリー・エンゲージに笛 NZにフリーキックが与えられる。テレビで表示されている時間で スクラムの笛4326秒からフリーキックの笛4533秒まで27秒かかっている。が 時計が止まっている(レフリーが両チーム選手に説明・訓戒している時など)を含めると 432秒要していた。なんとかならないものだろうか… いっそスクラムなんて なくしていいじゃないかっていう発想が 13人制ラグビーを生んだのだが…

 

それにしても 「高齢化」が進んでいる。NZ レタリックの代表復帰 認めないのだろうか 個人の願望としては 来年のW杯にピッチに立っていてほしい。それが NZRSAに勝利する 唯一の道のような気もしてきている。

令和8919

岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 343

                                       夜長月の長雨  秋晴れが 待ち遠しいです

                                                                2019 W杯・備忘録 343

                                                                  ~ RGR(3) ~

 

エレロ『ラグビー愛好辞典』の一項目:Tournéeは、次のようにはじまる。(この項 相当な文字数で 項目を大中小に分けると 大項目である。それだけ Tournéeは ラグビー界にとって 重要なイベントだった。この項目でも解説されているが W杯+プロ化によって 4年に一度のライオンズ遠征以外 残念なことに 消滅してしまった。)

 

『それは1958年、僕は10歳、隣ん家でテレビを見ていた。ニュースで 束の間 南アフリカ遠征中のフランス代表のあれこれが報じられていた。僕は 南アフリカという国が遠くに存在していることを知った。たまに 試合の模様が数カット映され クルーガー国立公園で選手たちがサハリ服姿でガゼルに囲まれていたり・ズールー族の人びとと踊っていたり・シマウマのステーキを食べていたり といったシーンも流された。そして フランス代表の戦績を褒め称えていた。半神の選手たちと勇敢に戦った伝説 それは ラグビー界の英雄叙事詩「イリアス」だ。』

 

テレビは存在していても 衛星放送のない時代(日米衛星放送がはじまったのが あのケネディ暗殺を報じた1963年)。新聞が「幅を利かせていた時代」。遠い国で起きていることは 文章で伝えられていた。

 

この1958年のフランス代表・南アフリカ遠征 フランス代表にとっては 史上初めてのIRBメンバー国への遠征でもあった。初戦のオレンジ自由州選抜との試合 券売所に「3人」しか並んでいなかった とか(フランスの知名度は そんなものだった)。711日から地区選抜と4試合:31敗。第1テストマッチ 3-3の引き分け。その後 地区選抜と4試合:22敗。第2テストマッチ 「9-5」の勝利。これは フランス側にとっても 予想外の勝利。著名なラグビージャーナリストの遠征ルポは 今でも読み継がれている英雄譚。読みごたえがある。

 

ちなみに 手元の仏和辞典で「tournée」を引くと「①(決まった行程を行く)旅行 ②〘話〙(カフェなどでの)おごり ③〘話〙(連続的な)殴打 ④〘税制〙(住民税、職業税などの)税務調査 ⑤〘漁業〙二艘引網 ⑥〘ラグビー〙(テストマッチを含む)遠征試合」となっている。ラグビー用語でもあるような…

残念なことに 死語化していた!?

で 広辞苑で テストマッチを引くと「①練習試合。親善試合。 ②ラグビー・クリケットで、各国の代表だけが対戦する試合」とある。

なんのことはない 大英帝国の遺物なのだ…

1980年 日本代表のフランス遠征。

108日ヌヴェール JPN6-40)地区選抜 (観客数:1000人)

1012日クレルモン JPN25-43)地区選抜 (観客数:3007人)

1014日バイヨンヌ JPN3-57)地区選抜 (観客数:3085人)

1019日トゥールーズ JPN3-23FRA (観客数:3234人)

この試合は 日本協会は「テストマッチ」としてカウント 仏協会はノーカウント。(日本協会ホームページによれば この遠征初戦は 対オランダ代表 1315で負けている)。それにしても 観客数の少なさ。これでは 興行的・経済的に成り立たない…

 

異国で母国の選手の試合を観る。テストマッチになれば 国歌から始まる。ある種の感慨が湧く。ボルドーに住み始めて2か月。184キロ 鉄路で南に下ってバイヨンヌへ。日本人らしき人とは出会わなかった。スタンドで フランス人のなかに ポツンとひとり。「小さいなぁ」と「すばしっこいなぁ」という声が いたるとこから聞こえてくる。大差の敗北で うつむき加減に帰路に着く。

トゥールーズの最終戦 それまで3連敗。 245キロ 鉄路で東南に下る。期待せずにスタジアムへ。ところが この試合 JPNの健闘が光った。最終盤 フランスが2トライを決めて 突き放したが それまでは どちらに転んでも おかしくなかった。大健闘。なんとなく 胸をはって 帰路に着く。

 

さて RGR最終戦は USAで。どんな人びとが見に来ているのだろうか?

先祖が RSA or NZから 移り住んできたひと

本人が RSA or NZから 移り住んできたひと

本人が RSA or NZから渡ってきて住みつき やがて 母国に戻るつもりのひと

RSA or NZから この試合の観戦のために旅してきたひと

RSA or NZとは 縁もゆかりもないひと

 

衛星放送が定着・深化した今日 世界中で リアルタイムに この試合を観る人びと いったい どれぐらいの数になるのだろうか?

 

現代ラグビーにおいて 代表チーム遠征の意味・意義は?

測る尺度は ①経済面 ②W杯でのパフォーマンス に なってしまうだろう。今回のRGR ①経済面では 合格点。では 来年 両チームが どんな結果を残すのか。4年後(これは 決まっている) 8年後 どんな風になっているのか。新たな伝統が生まれたのだろうか…

 

令和8912 

2026年9月5日土曜日

ファミリー・アート・ワークショップ開催のご案内のポスターが届きました。

 Satoru Sato Art Museum ・中田生涯学習センター高橋所長から、ファミリー・アート・ワークショップ開催のご案内のポスターを送信して頂きました。幾何学構成絵画を意識した画面構成で活字も色彩も慎重に考えたポスター✌️です。今年は竹に色を塗って遊ぶアートと言うテーマで、今年も、Satoru Sato Art Museumn 友の会の会長、副会長、事務局長、執行部の皆様の協力を得て、センターの華・女性群は勿論の事、皆様と一緒に楽しく参加させて頂きます。会場は中田生涯学習センター前庭✌️です。スタッフの竹切り、準備も大変、裏方の皆さんにも、感謝しています。皆様の参加を楽しみにして居ます。 🤩ファミリーアートワークショップ、それは感動体験の一つで在り、時には強く記憶に残り、人生の転機とも成り得る自己超越の領域に辿り着く事が在ります。感動する力は他者の心の波動を受け止め、自己価値観を再構築し、未来を想像し、生きている実感を、その場で触れ合う事でしょう。アートは教育やカウンセリング、子育て支援の場でも重要視される事ですから。先ずは、芝生の上で一緒に戯れる事を期待しています。


岡島レポート・2019 W杯・備忘録 342

       元のさや  リフォームが終わり 2か月間の仮住まいも終了

            荷造り・荷ほどきの日々です

              2019 W杯・備忘録 342

               ~ RGR(2) ~

 

南アフリカのスタジアム全体が 国歌を割れんばかりの大合唱。みんなが ひとつになって 腹の底から声を上げる。選手のなかには 涙するものがいる。キックオフ前の 大切な時。今回のRGR スタジアムの一体感が テレビ画面からも ひしひしと伝わってくる。

 

隔世の感

 

今から30年前 1995年 第3W杯・南アフリカ大会。どうだったのか…

 

名文家・美土路昭一さんが こう振り返っていた。

『国の統合と結束を願ってデザインされた新国旗に混じって、白人政権時代の旧国旗が振られている。抵抗運動の中で黒人が歌った讃美歌『神よ、アフリカに祝福を』を加えた新国歌の斉唱では、コサ語など土着言語による前半を歌える観客はほとんどいない。ざわついていた観客席が一斉に大合唱を始めたのは、オランダ系移民のアフリカーナーが話すアフリカーンス語になってからだ。

 初の全人種参加の総選挙でマンデラ大統領が誕生し、アパルトヘイトが完全撤廃されてから、わずか1年、南アフリカ連邦独立以来84年続いた白人支配から黒人政権へ大転換した新星南アは、不安と混沌に覆われていた。そんな中、「ワンチーム、ワンカントリー」を掲げた南アフリカ代表スプリングボクスは、全員で国歌を最初から最後まで歌い切り、戦いの幕を開けた。

 『インビクタス』ではピナール(注:代表キャプテン)が言い出して選手が個々に新国歌の練習をしたが、実際はボクスの英雄だった団長のモルネ・ドズプレッシーの発案。「黒人に支持されるには、アフリカーンス語と英語だけでなく、コサ語などの前半も歌える必要がある」と考え、選手を集めて大学のコサ語教員の指導を受けさせた。

 元ジャーナリストの南ア協会CEOエドワード・グリフィスは開幕前夜の最終チェックで、ワラビーズ戦で流す南ア国歌が選手が練習したバージョンとは違うことを発見する。「選手が動揺して試合に影響が出てしまう」。そう考えたグリフィスは、午前1時過ぎに女性ボーカルのPJパワーズや少年合唱団をケープタウンのスタジオに集めて録音をやり直させた。彼は「ワンチーム、ワンカントリー」の発案者でもある。』(美土路昭一)

 

あらためて 当時の試合映像 そして 映画『インビクタス』を 見返してみる。

『インビクタス』は 1990211日マンデラが釈放された日 道のこちら側では 白人学生が ラグビーを 反対側では 黒人青少年が サッカーをしている 象徴的なシーンからはじまる。マンデラが 大統領になり 支持者がスプリングボックスの名称変更などを 求めるなどなど 心に響く逸話が 次々に出てくる。

 

国歌。Wikiによれば 正式(法的)には 1997年 大統領令として 現国歌が制定された。「マンデラ大統領は、148秒以内の長さにするよう要請した。これは参考とされた他国の国歌の平均的な長さであった」との解説もある。

1995年決勝戦 合唱隊の歌声しか聞こえてこない。そして 現在歌われているものと比べると スローテンポ。ストップウォッチで測ってみたら 217秒かかっている。ちなみに NZ国歌は 1分弱 + ハカが 30秒弱。 だから どうなのか? 

ハカの始まる前から RSA選手は ハーフラインを越境している。そういや 当時 「コンプライアンス」なんて言葉 存在したのだろうか?

リザーブは 6人登録。延長戦になったこの試合。交代で入ったのは RSA3人(3番⇒16番、8番⇒17番、14番⇒18番) NZ4人(1番⇒19番、6番⇒16番、9番⇒18番、14番⇒17番)。規則性がないような… ちなみに NZ16番は 前JPNHC:ジェーミー・ジョセフ。

 

時が移り 変わるものは変わってゆく…

1995年 阪神淡路大震災があり 地下鉄サリン事件も起きた年。あれから 30年 じゃあ これから30年後 トランプUSAが どういう風に 語られるのか 気にはなる。

 

ところで 第3回W杯は RSANZの両雄が決勝で戦った が その後のW杯は どうだったか。両チームにとっては 決勝進出は「マスト」なんだろうけど 実は 低迷期もあった。W杯の時だけ 不出来になるNZ チーム内の「ごたごた」が絶えないと報じられたRSA。難局を乗り越えた両雄。

 

 

1995

1999

2003

2007

2011

2015

2019

2023

RSA

 ◎

NZ

 ●

SF:AUS

 ●

QF:NZ

 ◎

ENG

 ●

QF:AUS

 ●

SF:NZ

 ◎

ENG

 ◎

NZ

NZ

 ◉

RSA

 ●

SF:FRA

 ●

SF:AUS

 ●

QF:FRA

 ◎

FRA

 ◎

AUS

 ●

SF:ENG

 ◉

RSA

(注: ◎:大会優勝  ◉:大会準優勝  ●:決勝戦前敗退

   下段は 対戦相手

 

こうして見ると 決勝ラウンドで RSANZに勝っているのは AUSENGFRAだけ… 

令和895