2026年9月20日日曜日

とめ ふるさと大使委嘱状交付式に参加して来ました。

9月19日、9時15分より、<とめ ふるさと大使>委嘱状交付式が Satoru Sato Art Museum の常設展会場で開催され、熊谷康信市長、副市長、教育庁、議長、市議会議員の皆様も、昔、お世話になった方々も4連休の初日にもかかわらずお祝いに参加して下さいました。仙台から奥村夫妻も駆けつけて下さり、楽しいひと時を過ごさせて頂きました。Satoru Sato Art Museum 友の会の皆様にも🙏🙇🏼‍♂️ 感謝・合掌









2026年9月19日土曜日

岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 344

シルバーウイーク   そのうち ブロンズウィーク とか ブロンズ人材 なんてぇのが 生まれてくるのですかね

                 2019 W杯・備忘録 344

                  〜 RGR(4) 〜

 

観客数 2019W杯決勝が 70,103 2023W杯決勝が 80,067

今回のRGR テストマッチ第1戦:60,592 第2戦:56,589 第3戦:85,976 

USAで行われた第4戦:68,173

 

同時期に行われた ARG/AUS 第1戦:25,000

新潟で行われた JPN/CAN18,045 花園で行われた JPN/USA13,559

新潟はラグビーどころ 大阪・関西は非ラグビーどころ…

 

Midolは ㈰WRは 2031WUSA大会を盛り上げるために 欧州六か国対抗の試合をUSAの地で行うことを望んでいる ㈪仏協会は かの地では行わない(ただし 他のテストマッチをUSAで行うことは拒まない) ㈫USAへの移民が多くコミュニティーを形成している IREITAが戦えば どれだけ集客できるか などと報じている

 

プロ化≒興行化 観客数は わかりやすい指標だ。南半球4か国対抗から 分離して RGRを実施したことは 大成功! 一方 日本代表戦 どうしたら 観客数が増えるのだろうか???

 

4連戦を見ての雑感をいくつか

 

RSAが 31敗で NZを突き放す。WRランキング 1位・2位は変わりないが ポイント差が 1.68 から 3.94に広がった。

WRランキング もちろん 順位も一つの指標だが ポイント差 実に的確に 「力量」を表している気がしている。ザクッと言って ポイント差「5」あると まず勝てない…

 

ちなみに 914日公表のWRランキング JPNは 12位でポイント76.0911ITAとは 0.21差。10WALとは 0.29差(この3チームは 団子状態)。9FIJとは 1.91差。おそらく ここまでは 射程圏。8ARGとは 6.15差… かなり厳しい…

 

という観点からすると RSANZの差 3.94って かなりの差に感ずる。

現に この4連戦を見ていて ほぼ全局面で RSAが 力的には 上回っていた!?

それでいて NZ いい試合をしていた。まさに 弱者が強者と戦う「お手本」のような試合の連続だった。

4連戦の面白さは 一回限りの対戦と違い 各試合で出た両チームの長所・短所を 一週間の間に どう修正し具現化するか 世界最高レベルの技能・身体能力を有する個々の選手を どうシステムのなかに落とし込むか コーチング手腕が問われたシリーズでもあった。

 

4試合とも ゲーム最後のトライは NZ。なんとなく NZ魂を見せつけられたような。

1戦 26-16リードの74分に突き放すトライ

2戦 33-19とリードされている76分 トライゴールで33-26と 引き分けに持ち込める状況に

3戦 29-17とリードされているノーサイドのホーンが聞こえる中 トライゴール

4戦 43-21とリードされている79分 意地のトライゴール

 

なぜ 「判で押した」ように ラストトライはNZなのか… 

また 各試合 NZは 前半に「判で押した」ように 2トライ取っている。なぜなのだろう??? NZ側の要因なのか はたまた RSA側の要因なのか どうなんだろう…

NZの取った4試合全17トライのうち 15トライはマイボール・セットプレーからのもの。かつて「アンストラクチャーからの攻撃」が喧伝されていたが もはや NZRSAも 同型に近づきつつあり トータルラグビーの時代になったような… 

 

弱者の戦い方として 興味深かったのは ラインアウトでの 一番近い選手へのボール投入。けっこう「みえみえ」なのに 意外と成功していた(これなんかも RSAからすれば 本番では きっちり対応しますよ ということかもしれないが

 

時は金なり プレー時間を長くする=ボールデッドの時間を短くするが 今日的目標

で ラインアウトの「ハドル」は 短く ゴールキックは時間厳守

じゃあ スクラムの組み直しは??? というのが気になって仕方がない。

2戦目:44分 RSAボールのスクラム 4回組み直して 挙句の果てに RSA1番のアーリー・エンゲージに笛 NZにフリーキックが与えられる。テレビで表示されている時間で スクラムの笛4326秒からフリーキックの笛4533秒まで27秒かかっている。が 時計が止まっている(レフリーが両チーム選手に説明・訓戒している時など)を含めると 432秒要していた。なんとかならないものだろうか… いっそスクラムなんて なくしていいじゃないかっていう発想が 13人制ラグビーを生んだのだが…

 

それにしても 「高齢化」が進んでいる。NZ レタリックの代表復帰 認めないのだろうか 個人の願望としては 来年のW杯にピッチに立っていてほしい。それが NZRSAに勝利する 唯一の道のような気もしてきている。

令和8919

岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 343

                                       夜長月の長雨  秋晴れが 待ち遠しいです

                                                                2019 W杯・備忘録 343

                                                                  ~ RGR(3) ~

 

エレロ『ラグビー愛好辞典』の一項目:Tournéeは、次のようにはじまる。(この項 相当な文字数で 項目を大中小に分けると 大項目である。それだけ Tournéeは ラグビー界にとって 重要なイベントだった。この項目でも解説されているが W杯+プロ化によって 4年に一度のライオンズ遠征以外 残念なことに 消滅してしまった。)

 

『それは1958年、僕は10歳、隣ん家でテレビを見ていた。ニュースで 束の間 南アフリカ遠征中のフランス代表のあれこれが報じられていた。僕は 南アフリカという国が遠くに存在していることを知った。たまに 試合の模様が数カット映され クルーガー国立公園で選手たちがサハリ服姿でガゼルに囲まれていたり・ズールー族の人びとと踊っていたり・シマウマのステーキを食べていたり といったシーンも流された。そして フランス代表の戦績を褒め称えていた。半神の選手たちと勇敢に戦った伝説 それは ラグビー界の英雄叙事詩「イリアス」だ。』

 

テレビは存在していても 衛星放送のない時代(日米衛星放送がはじまったのが あのケネディ暗殺を報じた1963年)。新聞が「幅を利かせていた時代」。遠い国で起きていることは 文章で伝えられていた。

 

この1958年のフランス代表・南アフリカ遠征 フランス代表にとっては 史上初めてのIRBメンバー国への遠征でもあった。初戦のオレンジ自由州選抜との試合 券売所に「3人」しか並んでいなかった とか(フランスの知名度は そんなものだった)。711日から地区選抜と4試合:31敗。第1テストマッチ 3-3の引き分け。その後 地区選抜と4試合:22敗。第2テストマッチ 「9-5」の勝利。これは フランス側にとっても 予想外の勝利。著名なラグビージャーナリストの遠征ルポは 今でも読み継がれている英雄譚。読みごたえがある。

 

ちなみに 手元の仏和辞典で「tournée」を引くと「①(決まった行程を行く)旅行 ②〘話〙(カフェなどでの)おごり ③〘話〙(連続的な)殴打 ④〘税制〙(住民税、職業税などの)税務調査 ⑤〘漁業〙二艘引網 ⑥〘ラグビー〙(テストマッチを含む)遠征試合」となっている。ラグビー用語でもあるような…

残念なことに 死語化していた!?

で 広辞苑で テストマッチを引くと「①練習試合。親善試合。 ②ラグビー・クリケットで、各国の代表だけが対戦する試合」とある。

なんのことはない 大英帝国の遺物なのだ…

1980年 日本代表のフランス遠征。

108日ヌヴェール JPN6-40)地区選抜 (観客数:1000人)

1012日クレルモン JPN25-43)地区選抜 (観客数:3007人)

1014日バイヨンヌ JPN3-57)地区選抜 (観客数:3085人)

1019日トゥールーズ JPN3-23FRA (観客数:3234人)

この試合は 日本協会は「テストマッチ」としてカウント 仏協会はノーカウント。(日本協会ホームページによれば この遠征初戦は 対オランダ代表 1315で負けている)。それにしても 観客数の少なさ。これでは 興行的・経済的に成り立たない…

 

異国で母国の選手の試合を観る。テストマッチになれば 国歌から始まる。ある種の感慨が湧く。ボルドーに住み始めて2か月。184キロ 鉄路で南に下ってバイヨンヌへ。日本人らしき人とは出会わなかった。スタンドで フランス人のなかに ポツンとひとり。「小さいなぁ」と「すばしっこいなぁ」という声が いたるとこから聞こえてくる。大差の敗北で うつむき加減に帰路に着く。

トゥールーズの最終戦 それまで3連敗。 245キロ 鉄路で東南に下る。期待せずにスタジアムへ。ところが この試合 JPNの健闘が光った。最終盤 フランスが2トライを決めて 突き放したが それまでは どちらに転んでも おかしくなかった。大健闘。なんとなく 胸をはって 帰路に着く。

 

さて RGR最終戦は USAで。どんな人びとが見に来ているのだろうか?

先祖が RSA or NZから 移り住んできたひと

本人が RSA or NZから 移り住んできたひと

本人が RSA or NZから渡ってきて住みつき やがて 母国に戻るつもりのひと

RSA or NZから この試合の観戦のために旅してきたひと

RSA or NZとは 縁もゆかりもないひと

 

衛星放送が定着・深化した今日 世界中で リアルタイムに この試合を観る人びと いったい どれぐらいの数になるのだろうか?

 

現代ラグビーにおいて 代表チーム遠征の意味・意義は?

測る尺度は ①経済面 ②W杯でのパフォーマンス に なってしまうだろう。今回のRGR ①経済面では 合格点。では 来年 両チームが どんな結果を残すのか。4年後(これは 決まっている) 8年後 どんな風になっているのか。新たな伝統が生まれたのだろうか…

 

令和8912 

2026年9月5日土曜日

ファミリー・アート・ワークショップ開催のご案内のポスターが届きました。

 Satoru Sato Art Museum ・中田生涯学習センター高橋所長から、ファミリー・アート・ワークショップ開催のご案内のポスターを送信して頂きました。幾何学構成絵画を意識した画面構成で活字も色彩も慎重に考えたポスター✌️です。今年は竹に色を塗って遊ぶアートと言うテーマで、今年も、Satoru Sato Art Museumn 友の会の会長、副会長、事務局長、執行部の皆様の協力を得て、センターの華・女性群は勿論の事、皆様と一緒に楽しく参加させて頂きます。会場は中田生涯学習センター前庭✌️です。スタッフの竹切り、準備も大変、裏方の皆さんにも、感謝しています。皆様の参加を楽しみにして居ます。 🤩ファミリーアートワークショップ、それは感動体験の一つで在り、時には強く記憶に残り、人生の転機とも成り得る自己超越の領域に辿り着く事が在ります。感動する力は他者の心の波動を受け止め、自己価値観を再構築し、未来を想像し、生きている実感を、その場で触れ合う事でしょう。アートは教育やカウンセリング、子育て支援の場でも重要視される事ですから。先ずは、芝生の上で一緒に戯れる事を期待しています。


岡島レポート・2019 W杯・備忘録 342

       元のさや  リフォームが終わり 2か月間の仮住まいも終了

            荷造り・荷ほどきの日々です

              2019 W杯・備忘録 342

               ~ RGR(2) ~

 

南アフリカのスタジアム全体が 国歌を割れんばかりの大合唱。みんなが ひとつになって 腹の底から声を上げる。選手のなかには 涙するものがいる。キックオフ前の 大切な時。今回のRGR スタジアムの一体感が テレビ画面からも ひしひしと伝わってくる。

 

隔世の感

 

今から30年前 1995年 第3W杯・南アフリカ大会。どうだったのか…

 

名文家・美土路昭一さんが こう振り返っていた。

『国の統合と結束を願ってデザインされた新国旗に混じって、白人政権時代の旧国旗が振られている。抵抗運動の中で黒人が歌った讃美歌『神よ、アフリカに祝福を』を加えた新国歌の斉唱では、コサ語など土着言語による前半を歌える観客はほとんどいない。ざわついていた観客席が一斉に大合唱を始めたのは、オランダ系移民のアフリカーナーが話すアフリカーンス語になってからだ。

 初の全人種参加の総選挙でマンデラ大統領が誕生し、アパルトヘイトが完全撤廃されてから、わずか1年、南アフリカ連邦独立以来84年続いた白人支配から黒人政権へ大転換した新星南アは、不安と混沌に覆われていた。そんな中、「ワンチーム、ワンカントリー」を掲げた南アフリカ代表スプリングボクスは、全員で国歌を最初から最後まで歌い切り、戦いの幕を開けた。

 『インビクタス』ではピナール(注:代表キャプテン)が言い出して選手が個々に新国歌の練習をしたが、実際はボクスの英雄だった団長のモルネ・ドズプレッシーの発案。「黒人に支持されるには、アフリカーンス語と英語だけでなく、コサ語などの前半も歌える必要がある」と考え、選手を集めて大学のコサ語教員の指導を受けさせた。

 元ジャーナリストの南ア協会CEOエドワード・グリフィスは開幕前夜の最終チェックで、ワラビーズ戦で流す南ア国歌が選手が練習したバージョンとは違うことを発見する。「選手が動揺して試合に影響が出てしまう」。そう考えたグリフィスは、午前1時過ぎに女性ボーカルのPJパワーズや少年合唱団をケープタウンのスタジオに集めて録音をやり直させた。彼は「ワンチーム、ワンカントリー」の発案者でもある。』(美土路昭一)

 

あらためて 当時の試合映像 そして 映画『インビクタス』を 見返してみる。

『インビクタス』は 1990211日マンデラが釈放された日 道のこちら側では 白人学生が ラグビーを 反対側では 黒人青少年が サッカーをしている 象徴的なシーンからはじまる。マンデラが 大統領になり 支持者がスプリングボックスの名称変更などを 求めるなどなど 心に響く逸話が 次々に出てくる。

 

国歌。Wikiによれば 正式(法的)には 1997年 大統領令として 現国歌が制定された。「マンデラ大統領は、148秒以内の長さにするよう要請した。これは参考とされた他国の国歌の平均的な長さであった」との解説もある。

1995年決勝戦 合唱隊の歌声しか聞こえてこない。そして 現在歌われているものと比べると スローテンポ。ストップウォッチで測ってみたら 217秒かかっている。ちなみに NZ国歌は 1分弱 + ハカが 30秒弱。 だから どうなのか? 

ハカの始まる前から RSA選手は ハーフラインを越境している。そういや 当時 「コンプライアンス」なんて言葉 存在したのだろうか?

リザーブは 6人登録。延長戦になったこの試合。交代で入ったのは RSA3人(3番⇒16番、8番⇒17番、14番⇒18番) NZ4人(1番⇒19番、6番⇒16番、9番⇒18番、14番⇒17番)。規則性がないような… ちなみに NZ16番は 前JPNHC:ジェーミー・ジョセフ。

 

時が移り 変わるものは変わってゆく…

1995年 阪神淡路大震災があり 地下鉄サリン事件も起きた年。あれから 30年 じゃあ これから30年後 トランプUSAが どういう風に 語られるのか 気にはなる。

 

ところで 第3回W杯は RSANZの両雄が決勝で戦った が その後のW杯は どうだったか。両チームにとっては 決勝進出は「マスト」なんだろうけど 実は 低迷期もあった。W杯の時だけ 不出来になるNZ チーム内の「ごたごた」が絶えないと報じられたRSA。難局を乗り越えた両雄。

 

 

1995

1999

2003

2007

2011

2015

2019

2023

RSA

 ◎

NZ

 ●

SF:AUS

 ●

QF:NZ

 ◎

ENG

 ●

QF:AUS

 ●

SF:NZ

 ◎

ENG

 ◎

NZ

NZ

 ◉

RSA

 ●

SF:FRA

 ●

SF:AUS

 ●

QF:FRA

 ◎

FRA

 ◎

AUS

 ●

SF:ENG

 ◉

RSA

(注: ◎:大会優勝  ◉:大会準優勝  ●:決勝戦前敗退

   下段は 対戦相手

 

こうして見ると 決勝ラウンドで RSANZに勝っているのは AUSENGFRAだけ… 

令和895

2026年8月30日日曜日

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 341

                                               雲の通い路  

                                   雲の道 付け替えや拡張が 進んでるのですかね…

               2019 W杯・備忘録 341

                 〜 RGR 〜

 

「ライバル」と言えば 「柏鵬」だ。 「栃若」でも 「輪湖」でもない。

「巨人・大鵬・卵焼き」と言ったら 「たいほうって 中日の大豊ですか?」と聞かれて 唖然としたことがある…

「ライバル」は 一時代を画す。世代を築く。

で 移ろいゆく 個対個では 枯れてゆく が 集団対集団では…

 

Rugbys Greatest Rivalryシリーズが 始まった。

だれもが 納得する 最上級のライバル関係

でも 10年前だったら どうだったのだろうか?

南アフリカが WRランキング7位まで 墜ちたことがあった。その時期であれば なんと 懐古的な と 感じたのだろうか…

 

ともかく 今年から RGRシリーズが はじまったことは 喜ばしい限り。

RGRシリーズ創設の原動力は なんと言っても RSA協会。各国協会にとって 最大・唯一の「商品」は 代表チーム。その商品価値実現を最大化するための 仕掛けが このRGRシリーズ。お見事!

ラグビー界には ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ・ツアーという 偉大な伝統が継続している。そして その間隙を縫うように W杯が IRB(当時:現在のWR)主導で 開催された。

胴元は 利益最大化のために 知恵を絞る。南ア協会にとって 他の機関に 利益を「かすめとられず」に 独り占めするには どうすればいいのか?その行き着いた先が RGRなのだろう。

一方 「割を食った」のが AUS協会とARG協会。特に ARG協会は 岐路に立たされた(と言って 現時点での 選択肢が見えてこない…)。とすれば 今後 ARGが震源地となって 地殻変動が起きるのかもしれない…

 

資本主義が W杯を生み ラグビー界を プロ化に導いた。

高度資本主義が 今年 NCS と RGRを 現出させた。

その根源は 人びとの 欲望だ。欲望が全開・過熱化して 高度資本主義に行き着いた。いい時代になったのだろうか? ともかく 満足度の高い試合が 続いてほしい…

 

それにしても RGR テストマッチ・4連戦 その最終戦を USAで行う。なんでも 2031W杯:USA大会のプロモーションを狙っているとか とすれば 次回 4年後に予定されている第2回目のRGRは NZ3試合+USA1試合になるのか? その後 第3回以降も 続いていってほしいものだが 第4戦が 存在するのか 仮に 戦うとすれば 決戦の地は どうやって 決められるのだろうか?

 

ノーサイドの笛で 勝敗が決する。勝者に勝因が 敗者に敗因が 生ずる。勝者に敗因は 敗者に勝因は ない。勝因が勝者に 敗因が敗者に 割り当てられる。

 

が シリーズ4戦でみれば 第1戦ノーサイドは 第一クオーターが 終わったに過ぎない!? 勝因も 敗因も まだ 生じていない!??

《 最近気になっているのが 前後半の2分割ではなく 4クオーター=4分割で 分析されること。暑さ対策で ウォーター・ブレイクが導入されたことが大きいのかもしれない。そして どうも気になるのが USAの影響が 陰に陽に あるような… アメリカンフットボール、バスケットなどは 4クオーター制だ。 前回W杯で猛威を振るった RSABomb Squad の投入も 第4クオーターだ… 》

 

ともかく 第1戦のノーサイドの笛は吹かれたが ジ・エンドではない。

Rugbys Greatest Rivalry のサイトに こう出ている。

The All Blacks drew first blood in Rugbys Greatest Rivalry, with a 33-16 victory  taking a 1-0 lead in the four-test series.

 

そして 第1戦を こう要約している。

Five tries to one reflected New Zealands clinical execution, but scoreline somewhat flattered the visitors in a contest the Springboks dominated for long periods without finding a way to convert their superiority into the points.

 

かつて 野村克也監督が プレーボール前に 1試合(=想像試合(予測)) プレーボール直後からの 現実の試合(実践野球) そして ゲームセット後に 反省野球 と 3試合を戦い続けた と いろいろなところで 話している。

 

RSANZ 両チームのHC どんな 想像試合・実践試合・反省試合を 頭の中で 戦っているのやら。そもそも どんなスパンで チームビルディングしているのやら。もちろん 11戦の勝利を目指すのだろうが 究極の目的は W杯での 勝利なのだろう。という意味での 第1戦終了時点の 一里塚 何を 考えているのだろう。そして 第2戦に 何を 変えてくるのだろうか。

 

令和8829

2026年8月28日金曜日

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 340

          お盆あけ それにしても 盛夏が続きますね…

                2019 W杯・備忘録 340

                 〜 徒然に 〜

 

20年ほど前 当時 日本代表HCだったエリサルドが呟いた「ワシントン(当時の日本代表ロック・サントリー所属)は オーストラリア代表になれなくて 日本代表になったんだろ。だったら オーストラリア代表と同じようなラグビーをしていても 勝てるわけがないだろ」。 妙に説得力があるなぁ と ひとり 感じ入っていた。

 

オーストラリア出身・非オーストラリア代表のホッキング、コストリー、コーネルセン、ライリーが主軸のJPN じゃあ どうAUSと戦えばよかったのだろうか?

 

今から振り返ると 「十年一昔」以上の「隔世の感」が強い。牧歌的な時代だった。映像・データが 飛び交う時代ではなかった。フランスのクラブラグビーでは プロ化が進化してきたとはいえ 当時は まだ 選手の移籍が 現代ほど 激烈ではなく アマチュア時代の各チームの特色の残滓も残っていた。そこには いろんなラグビーがあった。多様性に富んでいた。だから(?) 弱小チームが 金満チームに勝利する確率が 多少なりも あった。

ある時 エリサルドが 「ラインアウト・モールにバックスが参加すること」を 当時の日本代表バックスに提案したところ みんな ポカンとしていたことも思い出す。

時代は変わった。奇手・奇策でジャイキリする確率は 確実に急低下したと思われる。じゃあ どうすればいいのか…

 

アマチュア時代を生きた 父・アルノーは 弱小チーム:ラ・ロッシェル一筋 選手としてHCとしてラグビー人生を全うしている。エリサルド本人のラグビー人生も ラロシェルで始まり 選手・HCを務め プロ化に遭遇し(=移籍が選択肢になる) 低迷していた名門・ベジエのHCに招聘される(本人曰く「信じられない金額が提示された」)。そこでも実績を残し「魔術師」と言われた。常に 弱小チームで いかにして ジャイキリするか それに賭けていた。おそらく 現代であれば 選手時代(フランス代表に選ばれている)に 強豪チームに移籍していただろう。現に 彼が ラ・ロッシェルのHCとして 育成した息子:ジャン=バティストは 20歳前に トゥールーズに移籍し(他チームも含めて 「やはり桁違いの金額が提示された」とのこと) 王道を歩み トゥールーズ主将・代表主将・トゥールーズコーチ・代表コーチなどを歩んでいる。今春 ジャン=バティストの子供が ラロシェル1軍デビューした。

 

AUS10番 カーター・ゴードン 輝いていた! 2023W杯直前にAUSHCに就任したエディー・ジョーンズに大抜擢された。前任者:レニー(現NZHC)が 10番に据えていたロレシオを代表スコッドから外しての荒療治だった。 が 結果は出なかった。 2023W杯では 「ドツボに嵌った」。サンテティエンヌのFIJ戦。見るも無残だった(現場で見ていて 気の毒に思えた。)そして リヨンのウェールズ戦 輝くことはなかった。

「前任者を引き継ぐ」。これは いろんなポジションで至る所で生じている。後継者は 大別すれば ㈰前任者を踏襲する ㈪前任者を否定する の どちらか。エディー・ジョーンズは 典型的な 否定者。とにかく 明確なヴィジョンは持っている。そして「目利き」。

JPN10番・伊藤 いつの日か 大輪の花を咲かすのだろうか?

 

エディーに「干された」ロレシオ 2023W杯期間中 トゥーロンに出稼ぎに。当時 トゥーロンの10番だったガルビシは イタリア代表の10番に。昨シーズン トゥーロンの10番は ARGのアルボルノスに。押し出されたガルビシは ペルピニヤンに移籍。ロレシオは リーグワン2部・豊田に所属している。商品と化したラグビープレーヤーは 国境を越えて 瞬時に「取引」される…

 

それにしても エディー・ジャパン⇒ジョセフ・ジャパン⇒エディー・ジャパン 「通奏低音」的に 共通していて・かつ・他の代表チームにないものって あるのだろうか???

 

2023W杯 AUS 主将:スケルトンの怪我がなければ=彼が普通にプレーできていれば おそらく AUSは 8強に進出していただろう。という意味では 「ケガに泣かされた」感が強い。

昔は こんなにケガが多くなかった。

フランスが五か国対抗(当時はイタリアが参加していなかった)で 2度目のグランドスラムを果たした 1978年 4試合すべて同じ15人(当時はリザーブが存在しなかった)で戦っていた。3度目のグランドスラム・1981年も フランカーとスタンドオフが 変わっただけだった。今や 各国主力選手で ケガで離脱したことのない選手って ほとんどいないのでは?

ケガ・休場期間が W杯と重なるか否か こればかりは「神のみぞ知る!?」 トゥーロン・フランス代表で主将を務めるオリヴォン 常にケガをしているような… 2014代表初選出 2015W杯時はケガ 復帰後 2017年からケガで休場(選手生命も危ぶまれる) それが奇跡の回復で 2019W杯は3試合出場(準々決勝:WAL戦でトライ) 2020ガルティエ体制で代表主将に が またも ケガに泣く も なぜか W杯前に復帰し 2023W杯 4試合出場。ケガとW杯というと オリヴォンを 思い出してしまう… 「運」なのだろうか。

2027W杯 誰がケガに泣くのか 気になるところではある。