2021年8月31日火曜日

佐藤 昌明 さんと、20数年前の話から・・・

 佐藤昌明さんとは20数年前に宮城県美術館のロビーや廊下で立ち話したり、何度か、お会いしていました。当時は河北新報文化部の記者でパソコンを使わないと言う話が印象に残って居ましたが、昨年、10月21日の河北新報、持論・時論の欄に私の文章?を載せて頂いた時、その担当の方が佐藤昌明さんでした。先日、高橋直子さんと仙台アート・ジェオ・コンストウルイ研究会展の会場で待ち合わせ、展覧会を見て頂き、彼の本を頂き、その日の内に読ませて頂きました。今日は久しぶりに県美のテラスでコーヒーを飲みながら楽しい時間を、それが証拠に2時間近くお喋り。次回は彼が学生時代、インド周辺を旅した時の写真を見せて下さると言うので楽しみにしている所です。宮城県美術館は生き残ったが、美術館の玄関先に設置されているダニ・カラヴァンの作品、頭部の汚れも気になります。



2021年8月29日日曜日

Inauguration de l’exposition collective « Carrés / autour de Guy de Lussigny » à la Galerie Wagner

 パリのギャラリー・ワグナーでの展覧会のお知らせです。Satoru Sato Art Museumに収蔵されている4人の画家 (Horacio Garcia-Rossi, Guy de Lussigny, Aurelie Nemours, Satoru) も出品されています。


 








CARRES, autour de Guy de Lussigny
 
 

Il y a 20 ans disparaissait l’artiste Guy de Lussigny. Né en 1929 à Cambrai, cet artiste a développé une œuvre singulière, raffinée, explorant pendant plus de 30 ans les propriétés du carré. La Galerie Wagner lui rend hommage à travers une exposition collective sur le carré. 
 
Inauguration JEUDI 2 SEPTEMBRE à partir de 18h
 
Artistes présentés :
 
Jeremi Ca
Ueli Gantner 
Horacio Garcia-Rossi 
Gerhard Hotter 
Renaud Jacquier Stajnowicz 
Alain-Jacques Levrier-Mussat 
Guy de Lussigny 
Carlos Medina 
Aurelie Nemours 
Satoru Sato 
Hilde Van Impe

Exposition du 2 septembre au 9 octobre 2021
 
________________________________________________________________
 
 
L'hommage rendu à Guy de Lussigny par la Galerie Wagner 
se poursuit sur Art Paris Art Fair* avec un solo show de l’artiste 

仙台アート・ジェオ・コンストウルイ研究会の東京展に向かって・・・

 仙台アート・ジェオ・コンストウルイ研究会展に興味が在るので、東京の、とある美術館で展覧会をする希望が在りましたら、資料を送って下さいと、K氏から連絡を頂き、確定では無いにしろ、東京展に関して、代表者と連絡係を兼ねた適任者は居ないかと、これまでの安部ちゃんに相談した所、これが現状が限界状態ですから、もう他に手が回らないと言う事で、さて、こちら勝手の候補者の男澤さんは既に会社とコーラスの代表で時間が取れない。早坂さんは最近、体調がいまいちと言うことで、9月に先ず、資料作りなどなど、白羽の矢は佐藤朱理ちゃんに、今日、引き受けて頂きました。待ち合わせは宮城県美術館のテラスで打ち合わせが出来ました。

2021年8月28日土曜日

岡島 レポート・2019 W杯・備忘録 92

                                    2019 W杯・備忘録 92

1回大会準決勝 FRA/AUS


 1987617日、シドニー・コンコードオーバルスタジアム(定員:25千人)に17,768人の観客を集めて、第1回大会準決勝 FRA/AUS戦が行われた。映像で見返すと、空席が目立つ。

 この大会の優勝候補筆頭はAUSだった。W杯が始まるまでは、北半球と南半球の強豪国のテストマッチが個別に春と秋に行われるだけで、一同に会して大会が開かれることはなかった。もちろん現在のような「ランキング」も存在していなかった。そんな状況下、AUSの独自の・革新的な(≒ボールを積極的に動かし、かつ、選手のポジショニングを計画的に事前に組み立てる)戦術が人びとの関心を引いていた。


 試合経過は次の通り。FRAの得点は「○」、失点は「」、FRAが得点を逃したのは「×」、AUSが得点を逃したのは「*」。


得点

種類

起点となった(リ)スタート


×



 5

 8

14

25


30

37

39


 0 – 3

 0- 6




 0- 9


 6- 9


DG

PG

PG

DG


PG

PG

TG

FRAのキックオフで試合開始。

FRA陣内AUSラインアウトから910DG

FRAP(モール・コラプシング)。AUS10PG

AUSP(オブストラクション)。FRA14PGを外す。

FRA陣内AUSラインアウトからモール・910DG、チャージされる。

FRAP(スクラムでの9・オフサイド)。AUS10PG

FRAP(オブストラクション)。AUS10PGを外す。

AUSゴール前のAUSラインアウト。AUSがキャッチしモールになりかかるがFRA4がもぎ取りAUS9を跳ね飛ばしタッチライン傍にトライ。14G












×









51





53


57


58


60




67

70


72



74



77





79

12- 9





12-15






18-15




21-15

21-21





21-24



24-24





30-24

T+G





T+G


DG


PG


T+G




PG

T+G


DG



PG



PG





TG

FRAラインアウト。5人並んで最後尾の6がキャッチ→9101212AUS10にパスしてしまうもラックに。FRA4がピックして9が縦をついてラック。再び4がピック&ゴーしてラック。9101313が内に切れ込んでトライ。14G

AUSラインアウト。タップして91017(ラック)910が縦をついて20mラン→1415・トライ。10G

FRAラインアウトをAUSスチールし910DGをチャージ。

FRAP(ラックでのハンド)。22mライン上ポスト正面のPG10がポストに当てて外す。

FRA22m内のFRAスクラム915ハイパント・AUSキャッチしてハイパント・FRAキャッチするもモール~ラックへ。AUS910がつかまりラック。FRA912(ラン)→15(ラン)→11・トライ。14G

AUSP(ラインオフサイド)。FRA14PG

FRAゴール前1mAUSラインアウト。タップしラックに。AUS18ラックサイドをついてトライ。10G

FRAキックオフ・AUSインゴールへ。AUSタッチダウンしAUSドロップアウト。短いキックでFRAラックから9→10DGを外す。

FRAPAUSPKFRA22m内ライン際に蹴る。FRA15カウンターを狙い→1114がつかまりラックでFRAPAUS10PG

FRAのキックオフ・AUSインゴールへ。AUSタッチダウンしAUSドロップアウト。これがタッチに出てFRAラインアウト。7人並んで最後尾の6がキャッチし→210(ラック)9131414がライン際でハイパント。これにレイトチャージに入りAUSPFRA14PG

FRA陣内AUSラインアウト。AUSタップし910DGをできずに)→1718(ラック)FRAボールになり91511・ハイパント。FRA4がよく追いかけラック。FRA7がピックし61(タックルにあうも)→3812(つかまり)→911(つかまり)8が拾って15へ。15がゴール隅にトライ。14G

(注)「→」は順目のパス。「←」は内返しのパス。


 五転した試合、しかも、後半の40分の間に。得点経過だけを見ても面白い。両チーム合わせて、前半20分までに6点、前半の後半に9点、後半の前半に18点、後半の後半に21点が入れられた。

戦術的入れ替えによる選手交替は認められておらず、負傷交替だけが認められていた時代。この試合では前半8分、21分にAUSFWが負傷交替している。両チームの先発メンバーが格闘し、お互いの体力を削っていく。最後は「意地の張り合い」の様相に


 得点シーンを中心としたダイジェストで見ると実に面白い。ところが80分を通して見てみると、この試合も「ぶつ切り」の試合であった。 この試合では、S21回、L52回、P18回であった。これにリスタートのキックオフ:12回、フリーキック:2回、ドロップアウト:8回を加えると、レフリーの笛が吹かれて、試合が止められたのは、116回。ほぼ40秒に1回は試合が止まっている。これは、前回の備忘録で取り上げた決勝の数字とほぼ同じである。ラグビーの面白さとは何か? あらためて考えさせられる。近未来に、今よりもプレーが継続され・インプレーの時間が長くなれば、現在のラグビーも過去のものとなり、つまらない「代物」と化すのだろうか


 後半70分に21-21の同点に、77分に24-24の同点になっている。この時代はトライ=4点だった。仮に今と同じようにトライ=5点とすると、21-2124-23FRAリードに、24-2427-26FRAリードに、最終結果30-24(=1トライ・1ゴール差)は34-26(=1トライ・1ゴールでは追い付かない差)となる。トライの重みは「4点」より「5点」の方が適している気がする。


FRAチームの11人がボールに触れたと語り継がれている試合を決めた最後のトライ、痛快なシーンである。今回、じっくり見ていて、AUSボールがラックでFRAボールになる起点、どうもFRA13の倒れ込みによるボール獲得だ、という気がした。当時のラックの裁き方がどうだったか定かでないが、かなりグレーなプレーだと思われる。そうでありながら、試合後、AUSHCは「ラグビーの栄光(the glory for the rugby)」とFRAを讃えた。古き良き時代の最良質な試合だった。


*****************


 アマチュアの時代。FRAの選手たちはエコノミークラスでの、役員はファーストクラスでの移動だった。選手たちはアマチュア、もちろん「職に就いていて」「休暇を取って」の大会参加。だから、選手たちには「休業補償」として金銭が支払われていた。

 この試合で爆発したFRA4・ロリオー。必ずと言っていいぐらい「消防士・ロリオー」として書かれている。


 手探りで始まったW杯。フランス選手団・選手は26人で構成されていて、NZに到着し直後の練習は、ホテル傍のグランドで。対面をつけた試合形式の練習を行うために、近所の公園にいたNZ人を練習に参加させる。そして、この「素人」のNZ人のタックルで正ウィングがケガをして、追加の選手を本国から呼び寄せることに。今では考えられないようなことが起きていた。


令和3828

2021年8月27日金曜日

佐藤正其さんとの再会は、宮城県美術館のテラスで・・・

佐藤正其さんご夫妻は、先日、仙台フォーラスでの仙台アート・ジェオ・コンストウルイ研究会展に観に来て頂きましたが、会場でお会いする事が出来ず、失礼して居ました。電話で会いましょうと。のんびりソシアル・デイスタンスを保てる場所は宮城県美術館のテラスが一番安心と言う事で正其さんとお会いできました。正其さんと初めてお会いしたのは、2017年11月25日、夜のパリ郊外でした。日本とフランスのラグビーのテストマッチ、既に私のブログで紹介していますが、正其夫妻はラグビーキチの代表的な方 🤩、お会いすれば、ラグビーの話から始まる御仁。2年後のフランス開催を観戦しようと、行動開始している方も在ります。今日は緊急の用事が在りと言っても、それでも1時間近くお喋りしてお別れしました。佐藤昌明さん、長谷川博章さん、岡島正明さんの話も、楽しいひと時でした。仕事部屋から美術館まで徒歩、2.3Km 、23分で着き、今日の散歩は5Km行きました。パリでの散歩距離とは何故か大違いです。

2021年8月26日木曜日

Satoru Sato Art Museumは、明日から9月12日迄、休館と成ります。

 今日は、宮城県の緊急事態宣言を受け、登米市でも明日から9月12日(日)まで施設の貸館とミュージアムは休館と成りましたのでお知らせ致します。最近は、登米市も感染者が増えています。先生もワクチン接種したとはいえ、気をつけてください。  粕谷



2021年8月24日火曜日

玄関ホール奥の制作完了の写真が届きました。

 先生、先日は模型のご指導ありがとうございました。
 今日は、2チームに分かれて前庭と玄関ホール奥の制作に取り掛かりました。
 前庭の作品を組み立てる角材に穴をあけるチームは、蛇好所長、秋山副館長、石田さん。
 玄関ホール奥の竹を組み立てるチームは、友の会の野家事務局長を中心に、菅原佳代子さんと私のそれぞれ3人で作業開始となりました。
 前庭チームは、48本の角材に穴をあけたところで本日の作業は終了になりました。
 組み立ては、来週以降に職員と友の会の会長、事務局長にお手伝いいただくことになっていますので完成しましたら写真を送らせていただきます。
 今日は、玄関ホールチームの竹の作品が完成しましたので写真を送ります。   粕谷

😊 登米市中田生涯学習センター(Satoru Sato Art Museum )玄関ホール奥の新しい作品の素材は竹と泥被りの石、四角錐と円型の組み合わせ、皆さんの共同制作、見事に完成しました。✌️コロナ禍の中、感染に気をつけながら、ソシアル・デイスタンスを守りながらの作業、ご苦労様でした。来館され鑑賞される皆様も、アートの力で心体が癒される事でしょう。私も来月はミュージアムにお邪魔したいと思います。👍



2021年8月21日土曜日

岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 91

2019 W杯・備忘録 91
 1回大会決勝 

 1987522日、RUGBY WORLD CUP by KDDが始まった。あのバブルの直前、世界経済の機関車と持て囃されていた。KDDが付されていたことを記憶している人はどれぐらいいるのだろうか? グランドの周りの「立て看」にも日本企業が並んでいる。そういう時代にW杯は始まった。
29日後の620日、NZ・イーデンパークに48,035人の観客を集めて決勝が行われた。試合中に、カモメたちがグランドの芝を啄んでいる。そんな「牧歌的」な光景が映像に残されている。

 決勝は、本命:NZ対もう一つの本命AUSを準決勝で破った北半球の雄:FRA。この当時、選手交替は、負傷によるもののみで2名まで。試合前のNZ・ハカは15人で行われた。センター・ポイントから5mほどNZ陣に入ったところで先導者(NZ・8)がリードし、残りの14人は半円で取り囲んでいる。

 試合経過は次の通り。NZの得点は「○」、失点は「」、得点を逃したのは「×」。

得点
種類
起点となった(リ)スタート







×

×

13



16



25

30

 3- 0

 



 9- 0

DG



TG



(T)

(PG)
NZのキックオフで試合開始。
FRAゴール前でのFRAボール・ラインアウトでFRAの並び方が不正常でNZにフリーキックが与えられる⇒NZ:ポイントを20m後方に下げ、9がタップキックして10にパス・10がドロップゴール。
FRA22m内のFRAボール・ラインアウト。NZがスチールして91010がドロップゴールを狙うもFRA10がチャージ⇒ボールがFRAゴール前に転がり、FRA11が拾えず、NZ7がトライ。10G
NZゴール前でのFRAボール・スクラム。スクラムが崩れるもノーホイッスルでFRA展開しタッチに押し出される。
FRA22m内のラックでラッキング。FRAPNZ10PGを外す。





43
45
53

62


65


68
76
82
 9- 3
12- 3
15- 3

19- 3


23- 3


26- 3
29- 3
29- 9
PG
PG
PG

T


T


PG
PG
TG
ラックでNZPFRA14PG
FRAがラインオフサイドのPNZ10PG
FRA2がタッチジャッジの目の前で倒れているNZの選手を蹴ってPNZ10PG
FRA陣内NZボール・ラインアウトから9101213(ラック)91079NZ9が走り込んでトライ。NZ10Gを外す。
FRAのキックオフをNZキャッチしモール。NZ9がモールサイドを駆け抜け大幅ゲイン→814NZ14のトライ。NZ10Gを外す。
FRAP(オフサイド)。NZ10PG
FRAP(オフサイド)。NZ10PG
NZゴール前のFRAボール・スクラムから896(ラック)93(ラック)910(ラック)9がインゴールに飛び込みトライ。14G
(注)「→」は順目のパス。「←」は内返しのパス。

 この決勝、NZの「完勝」と書かれてきたし、そう記憶していた。今回、あらためて見直してみると、もちろんFRA贔屓なのは自覚しつつも、けっこう拮抗した試合をしていたのだな、という印象を持った。少なくとも、前半の前半はNZFRA陣内に居続けながらも得点には結びつかないシーンの連続、FRA15・ブランコがタッチキックを蹴り続けてピンチを凌いでいる。そこでFRAの体力を削られて、後の大差になったのだろうが。
何が記憶に残るのか、何が語られ続けるのか、興味深いテーマである。

 そして、まるで「時代劇」を見るような感覚にも陥る。
何といっても、ジャージに「襟」がついている。
キックオフは、プレースキックで、しかも「土を盛って」ボールを立てている。
スクラムは、レフリーのコールなしに組まれる。
ラインアウトは、リフティング禁止なので無秩序状態の中、スロアーが投げ入れる。FRAのスロアーは9番。オールメンだけでなく、二人・四人・五人のラインアウトもある。
ラックは、「団子状態」。これまた無秩序にうつる。
 この試合の最初の得点は、①フリーキックを ②ポイントを下げて ③タップ(NZ9)してパスし ④ドロップゴール(NZ10)を決めたもの。

 ともかく、「フェーズを重ねる」なんていう概念が発生する以前の試合、すぐに笛が吹かれて試合が止まる。今から思うと、何故こんなものが面白いと感じられたのか、不思議な気分にさえなる。

 かつて備忘録49SLP比」で次の数字を書いた。
2019W杯の1試合平均スクラム、ラインアウト、ペナルティ数

       S
      L
       P
決勝ラウンド
     11.9
    21.7
     16.4
予選Pool
     14.2
    25.4
     16.8

 第1回大会決勝では、S38回、L44回、P17回であった。これにリスタートのキックオフ:10回、フリーキック:1回、ドロップアウト:5回を加えると、レフリーの笛が吹かれて、試合が止められたのは、115回。ほぼ40秒に1回は試合が止まっている。
 笛が吹かれて、すぐ次のリスタートが始まるわけではない。「ブツ切り」状態のプレーの連続だっただけに、たまにボールが繋がっていくと大歓声が起こる。観客は、それを渇望していた。商業主義が忍び込んでくると、観客の欲望が、ラグビーのルールに反映される。ことの是非はともかくとして

 ラグビー史上初めての強豪チームが一堂に会しての大会。この大会を起点として、ラグビーが大きく変質していくことになった。

***************

 2006年にフランスで出版された当時のMidolの編集長:ジャック・ベルディエ著『ラグビー年代記』(以下、「JV本」)は、1985年~2005年までのフランスラグビー界の出来事を克明に記している。

 1987522日、次のように記載されている。
『第1W杯の偉大なる船出だ。そして、待ち望んだこのW杯が、ラグビーをどのように変えていくのか、本当のところ、誰もわからない。(中略)
 技術的には、おそらく全面的な退廃が進むだろう。W杯の下で技術の進化・深化は加速化するだろう。他国のいい技術をすぐにも取り入れていくだろう。だけれども、それは危険だ、ある日みんなが同じようなラグビーをすることになるだろう。各国が隔世遺伝的に進化・深化させてきたそれぞれ固有のラグビーが消えていくだろう。
 ところで、どのチームを見たいか一つ上げろと言われれば、やはりNZのオールブラックスだ。ダイナミックでスピーディで技巧にも長けている、まるで子供向けのメカ・ロボットのようだ。ブラックスに幸あれ!だけども、ブラックスを愛する、なんて陳腐なんだ!』

 同年620日には、次のように記載されている。
『  フランスの夢は、25分、潰えた。NZゴール前のFRAボール・スクラム。フールーHCが鍛えに鍛え上げたスクラムの威力が爆発し、スクラムを押し込む。NZは、少しの間抵抗するもすぐに押され出し、レフリーの目の前で崩れ落ちるもレフリーは笛を吹かない。仕方なく、FRA9がバックスに展開する。NZの明らかにオフサイドの選手にタックルされても、この試合のレフリー:フィッツジェラルド(AUS)は何も取らない。ペナルティ・トライにもなりえた、少なくともペナルティは課されるべきだった、しかしFRA1点も奪えずに過ぎていった。終わった! 疑う余地もない初代王者・オールブラックスがエリスカップを掲げた。』

 フランスのどの本を見ても、①25分は、ペナルティ・トライでしかるべきだった ②でも、NZが初代チャンピオンになったのはよかった と必ず書かれている=語り継がれている=記憶されている。

 AFPのラグビー担当だったアラン・ジェックス著『ラグビー喜劇』(以下、「AG本」)に、この決勝戦のFRA3番・ガリュエが20年後に次のように語ったと書かれている。
『オールブラックスはFRAのスクラムを恐れていた。FRAのスクラムのプッシュを避けるための戦術を考えていた。それが、前五人、フロントとロックが瞬時に膝をつき倒れることだった。それだと、レフリーはペナルティを取りにくい。対面のNZ1番・マクドウェルのペナルティとはならない。』

****************

 第1回大会は、32試合・604,500人の観客を集めた。1試合平均18,891人になる。テレビの放映契約が結ばれたのは、開幕戦のキックオフ直前。
 19853月に第1回大会を開くと決めたにもかかわらず、あるいは、初めてのことで、かつ、アマチュアリズムが充満していた中での準備だったからなのか、さほど盛り上がった大会ではなかった。
 だからなのか、第2回大会が決まったのは、次の年19883月であった。

令和3821