2012年11月18日日曜日

モロッコからのメールが届きました。


達さん、

ご無沙汰していますが、お変わりありませんか。
今年帰国した時には、お目に掛かれずとても残念でした。
1028日から119日までモロッコ13日間のツアーに参加し、モロッコ旅行を楽しんで来ました。
途中、カサブランカ〔旅程の最後でした〕から電話してみましたが、残念ながらお留守のようで、
恒例となった「旅の速報」の実現は叶いませんでした。
フェズで半日雨降りでしたが、あとは天候に恵まれ楽しい旅となりました。サハラ砂漠の日の出は
素晴らしく、感動致しました。
とても親日的な国で、人と人の日々の関わり合いは、とても楽しいものでしたので、旅行者にとっ
ては旅を満喫することが出来ました。
しかしながら、道路沿いにある多くの喫茶店には、男の人ばかりが座っていて、仲間どおしで話し
ながら外で起こる出来事を眺めている光景に出合いました。女性が社会の表面に現れないと言う、
イスラム教国の文化の特徴を、垣間見た気がしました。でも、そうした違いを体感することが出来、
とても楽しめました。
帰国したとたん、秋というよりも冬の気配の天候で、気温がとても低いと感じ、二人とも風邪をひ
いてしまいました。パリも秋から冬に向かうと思われます。どうぞご自愛ください。
澄子・章

2012年11月14日水曜日

勝ちゃんからのメール。

サトル君 誕生日おめでとう。

めんこい孫姫とのお祝いのケーキは甘党のムッシュ・サトルには最高の味でしょう。今後とも健康にご留意され、世界的規模での益々のご活躍をお祈りいたします。
日本は猛暑からいきなり晩秋、そして天気予報も雪マークが表れ、温度も一桁台で冬入りですよ。
9月に坐骨神経痛?発症で右脚しびれ、毎日治療院通い、ようやく痛みが消えたもののしびれ解消はまだです。10月の術後10年経過のCT、血液検査はOKでしたので、安心、慢心! 事務所隣りの居酒屋の常連さんとの酒がすすみます。
夕方になると事務所は仲間たちで「サロン・ド・かすが」という感じで、第二の青春?を謳歌しています。週末は我が孫姫二人のバスケットボールの応援、チームの中心的活躍ぶりに夫婦で興奮気味です。もっとも妻は口だけ元気という感じですが、何とか歩けるまでになり満足です。やはり健康一番ですね。
畑仕事はバスケなどで怠け気味ですが、キャベツ、白菜などは順調に育っています。
以上、近況報告です・・・お元気でね。  

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  春日税理士事務所
 税理士  春 日 勝 三

2012年11月13日火曜日

北の古狸氏よりメールが届きました。

お久しぶり、9月に会ってから早いもので、2ヶ月過ぎました、そろそろサトル君の誕生日かな。どう、フランスの生活は、社会党政権に成って半年近く、学校教育から生活状況、又、経済、政治、更にEU共同体との関わりに変化は在りますか、アメリカではオバマ大統領が再選、興味が在るのがフランスと同じアメリカでも富裕層減税が注目されています、フランスの富裕族の一部が税金逃れに国外に移動していると聞きましたが、なかなか俺の周りにはそういう偉い金持ちも居ないというか、土着民の日本人では考えられない事です。サトル君の知っている様に我が日本は、何も変わらず、東日本大震災の影響と福島原発事故の影響とは言えないが、一時の経済大国から既に経済小国に、更に、中国に振り回され、ロシア、韓国、北朝鮮にも押されっぱなしで、いったいどうなる事でしょうか、我が日本は、更にわびしく成りますぞ。中国税関総署が11月10日発表した貿易統計によると日本からの輸入額は10月は約1兆1000億円と、前年度月比で10.2%減とか、サトル君も知っていると思うが、沖縄県の尖閣諸島をめぐる激しい反日デモや暴動などを受け、中国では日本車の新車販売台数が大幅に減少。小売りでは「日本製の日用品や食品の販売額は前年に比べて3~5割減っている」との事、益々、低下する事でしょう、中国政府の国益を考えれば当然の揺さぶり、これ迄の歴史を紐解けば、そう言う事態が起きる事は予想されていたはず、まあー、日本が一時の経済大国の時にキチンとした気締めをつけて置かなかった付けが、今、凄い勢いで日本経済はじめ、日本人の世界に対する考えた方も、展望も開けず、先が見えない空気に包まれているからかなりヤバイと言う所。農業物も含めた中国輸出業の世界は真っ暗。日本の国益を、我々が考えて行かなくては、もはや、政治家に任せられない時代なのかもしれないんだな、自分の利益を考えて、周りの国民の利益など無視する政治家が多く成って来た日本では政治家革命を起こす以外になさそうだよと言っても、年金生活者の68歳の俺には無理、若い人に期待するしか無いのだが、若者が居ないのも、もはや、手遅れなのかも。経済力を持った中国が益々、経済力と軍事力を露骨に出して世界制覇を目指して行くはず、これが今の日本を取り巻く現状です、平和ボケと良く言われていますが、何も平和を付けなくても、ボケなら俺と同じで良いのですが、ボケではなく無知なのですぞ、その辺を、サトル君に厳しく書いて欲しいですね。最近、静かに成っていますが、如何為されたかな!又、メールを書かせてもらいます、秋も深まり、パリでも日本でもそろそろボジョレー・ヌーボーとか、俺にはワインよりやはり日本酒が身に応えます、澤の泉は最高ですよ。来年の夏、又、一緒に唄いましょう。

甘口&辛口の北の古狸より

2012年11月10日土曜日

沼ちゃんからの久々のメールです。


SATORU--Sato 大先輩

すっかりご無沙汰してしまい申し訳ございませんでした。

仙台のギャラリー・ターンアラウンドでの幾何学構成アートの展覧会では大変お世話になりました。
アブストのメンバー達も一同宜しくと申しておりました。
先輩は、パリに戻ったそうそうに大変忙しく活動されていますがお身体の方は好調の様子で何よりです。散歩を計画通り続けられた証拠でしょう。それよりも多忙なのが好かったのではないでしょうか?

時々ブログを見せて頂いておりますが
ルクセンブルグの 200メーター平米の展示空間と庭のある Galerie Schlassgoart での 2013年5月3日から6月9日までの個展開催決定、おめでとうございます。(まだオープンされておりませんが) 楽しみですね
その後、北フランスの Valenciennes 市の Galerie L'Aquarium で マリ・テレズ・ヴァコサンの呪文と言う個展、タイトルに相応しく真っ白な高い天井の空間が神聖で厳粛な緊張感がタイトルの呪文の意義を感じさせてくれます。図書館と美術館でのLIGNE・RYTHMES・COULEURS(線・律動・色)の Andre  Schweize 氏の寄贈したセレモニーのメイン作品が凛とした空間で雰囲気を引立ってました。(特に色がヴィヴィットでした)それぞれ素晴らしいオープニングですね(先輩も堂々としていて素敵です)
続いて、建築家・Pierre Parat氏の展覧会も素晴らしいオープニングの雰囲気は熱気と共に先輩のきちんと作品を観る姿勢が伺えてさすがだと感心いたしました。(カメラを忘れたのが残念でした。)

近況のお知らせに有りました、先輩の作品が立体含め7点もギャラリーが一括購入された事は本当におめでとうございます。また、大作の野外立体造型作品も依頼されて順風満帆ですね。

最後に、小生も国際野外の表現展の中でサイトスペシフィックアートと地域創造と言うタイトルでワークショップを行っています。
11月30日まで公開制作で12月1日から1年間開催されます、次回写真を送ります。 

これから寒くなりますのでお身体をご自愛ください、                            奥様はじめご家族の皆様に宜しくお伝えください。
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沼田 直英

▶ 沼ちゃんからの久々のメール、東洋美術学校の後輩で1981年頃パリ留学生として滞在、当時、いろんなパリ在住の作家を紹介し、ヨーロッパの空気を吸って頂き、既に、芯の在る作家として活躍中です ◀

2012年11月9日金曜日

新宿のアキラちゃんと我が家で再会!

私の高校時代、夏や冬休みに当時の水道橋美術研究所や阿佐ヶ谷美術研究所に通い始めた頃から知っている新宿駅前に近い喜楽寿司、お兄さんが長男の征一さん、二番目が長女のカコちゃん(私の従姉の光ちゃんとは同級生で大の仲良し)、三番目が次男の陽ちゃん、年齢が一番近い方が、3歳年上のカコちゃん、弟さんの陽ちゃんは4つ下です、お兄さんは写真が好きでSL(蒸気機関車)の写真に関してはプロ並み、日本ではあき足らず、ヨーロッパ迄足を伸ばして撮っていた方、蒸気機関車のSteam Locomotive の頭文字からSLと呼ばれている事とか、耐用寿命が長く通常30年程度では在るが、修繕、部品交換で延命が出来、100年近く使用されている機関車も在るとか、ガソリンではなく石炭が主役だが、可燃物なら何でも、薪をたいて動かす事も可能で、又、過負荷での故障が無いので、戦場における軍用鉄道など重要な運送の主役を演じていたと写真と同様 SL の内容迄詳しく、そのSLの魅力に取り付かれて、スイス、イギリスなどヨーロッパの田舎町を旅してSLの写真を撮って居た方、又、私が初めてパイプ・タバコを覚えたのはお兄さんのお陰、パイプの楽しみ方を第一歩から教わって、彼の大切なパイプコレクションから1個プレゼントして頂いてパリ迄持って来て吸っていました。一番、お会いしていたのはカコちゃん、私が伯母の所に5年間住んで居たので、光ちゃんとカコちゃんは姉妹の様に毎日の様に会った居た仲間、お店に行けば、お兄さんとカコちゃんに会えて、寿司はその時から御馳走に成っていました、たまに、アキラちゃんに会う感じで、時が経って、アキラちゃんは新婚旅行にパリに立ち寄って下さり(お兄さんもカコちゃんも皆さんパリへは何度か来てお会いしていました)、いつだったか、アキラちゃんから経済学入門と言う分厚い石森章太郎さんの漫画の本が届いた事が在りました、この本を学生達と読んでいますと、さすが学生の目線でモノを考える事も重要と言われ出す直前の頃でした、彼の肩書きは埼玉大学経済学部教授、1986年、公企業論(共著)、1990年、JRグループ<民営化に活路を求めた基幹鉄道>(共著)、1997年に西武鉄道/近畿日本鉄道(共著)、1992年、交通政策と公共性(共著)、1994年,現代交通論(共著)など、パリの本棚には彼の書いた本が在ります。そんな彼が11月4日から9日迄、10名のグループでパリの交通事情調査、フランスのエコロジー・エネルギー国土整備関係の方々とお会いしたり、アンジェ市迄足を延ばし、路面電車の調査も、今日は旅の最終日、自由行動なので一人で午前中はマルモッタン美術館に行き、サンラザールの駅を描いたモネの日の出などの作品を一杯鑑賞して(さすが、鉄道から入っていますね)、その後、地下鉄で Balard 駅迄来て、そこから路面電車に乗って Jean-Moulin で下車、そして徒歩で 2、3分の所、予定通り我が家に来てくれました、土地勘が良く、迷いもせずに、ニコニコ顔で久しぶりの再会、甘党の私の為にと、懐かしい新宿の花園万頭の<ぬれ甘なつと>が届きました、娘には伊勢丹で購入したスカーフのプレゼント、丁度、孫のKaori が幼稚園のヴァカンスで遊びに来て居て初めてのご対面、アキラちゃん曰く<サトルさんまさか二人目のお子さんでは無いですよね>と冗談が飛び出し大笑い、新宿のお兄さん夫妻も、カコちゃん夫妻も、母上様は90歳過ぎて益々元気と伺い、安藤家の近況を聞けて楽しい時を過ごす事が出来ました。アキラちゃんは交通関係、特に鉄道に関連する研究が多く、やはり、知らず知らずに、お兄さんの SL機関車の趣味の影響を受けた様です。

2012年11月8日木曜日

田村真穂ピアノミニコンサート&仲間達の忘年会


今年も残すところ2ヶ月弱、光陰矢のごとし、時間は容赦なく過ぎてまいります。昨年の 東北大震災、そして、今年は隣国との大きな軋轢があり、日本全国にどよんだ空気が流れました。日本国民の安心と安全を守るべき政府も支持率18%という低さ、これでは国民の信頼からは程遠い状態です。この暗い状態を少しでも明るく、また、気持ちも新たに、明日に希望を抱き活動し、少しでもみなが元気で、明るく過ごせるようにしたいものです。
さて、今年も恒例の「仲間達の忘年会」を魅惑のピアニスト田村真穂さんをゲストに迎え、大人の街、神楽坂の“もりのいえ“で「田村真穂ピアノミニコンサート&仲間達の忘年会」と  名うって、激動の平成24年を〆たいと思います。
      みなさまの参加を心からお待ちしております。

「田村真穂ピアノミニコンサート&仲間達の忘年会」

1.日時 2012年12月03日(月)18:00〜21:00(開場17:30)
2.会場 神楽坂“もりのいえ”
  (電車)JR飯田橋(西口)、東京メトロ有楽町線・南北線飯田橋駅(B3出口)、                  東西線神楽坂(神楽坂口)
  (住所)新宿区神楽坂3−6−72
  (道順)(1) 東京メトロ有楽町線・南北線飯田橋駅(B3出口)、(2)B3出口を    右折れ、(3)毘沙門天(善国寺)手前を左折れ、(4)道なりに行き、突き当たり    左の角っこがお店(HP)http://mori-no-ie.info/top
3.参加費 男性6000円、女性5000円(食べ・飲み放題) 
4.持参品物 宴席にかかる経費を捻出する為、皆様から品物の寄附を戴きたくお願いします。
5.参加者 30名(男女半々)
6.プログラム
(1)       開宴(6:00〜)
(2)       田村真穂ピアノミニコンサート ステージ1(7:20〜)
(3)       田村真穂ピアノミニコンサート ステージ2(8:20〜)
(4)       オークション(8:30〜)
(5)       その他お楽しみサプライズを計画しております。
7.問い合わせ先  外村孝史 「090−5207−6098」、
          中島幸雄 「090−2312−9202」

(*参加希望の方には改めて詳細をご案内いたします。)

            幹事 外村孝史、中島幸雄

▶ 外村さんから「田村真穂ピアノミニコンサート&仲間達の忘年会」の知らせが届きました、真穂ちゃんとは、故人に成られた佐沼高等学校の大先輩、遊佐会長や城市会長とご一緒に食事をしたり、早稲田のSFM研究会の祝いの席で、又、城市会長音楽葬の時でも中心になってピアノを弾いて下さった方、外村さんとは、私のブログで既に紹介している城市会長とは友人&仲間の間柄、皆さんとどこかで繋がりが在って親しくさせて頂いています。私の方、現在、パリから北北東200キロm、北フランスの高速から街に入るロータリー広場(直径30m)に高さ10m近くの野外立体造型アート作品を設置する計画でパリのアトリエで先ずデッサン、模型の制作開始で、当分、フランスを離れる事が出来ず、真穂ちゃんのミニコンサートに出席出来ませんが、時間のある方、是非、ご参加して頂ければとブログに掲載させて頂きました。

2012年11月2日金曜日

Petit Rappel Soirée

左がPierre 真ん中が Valérie



10月1日、20時から、ジャズ喫茶の Pub / Le Bab'llo で Buffet musique et convivialité 、家族つき合いしている Pierre Mavropoulos とValérie Gualtieri の結婚披露宴に出席して来ました。1階は喫茶店に成って居て、地下にジャズ演奏出来るステージが在る、古いパリ時代をかもし出している Le Bab'llo でのパーテイーでした、ワインで乾杯、簡単な夕食とは言え、なかなかの食事、鳥肉も美味しく最後はフロマージュ(チーズ)と、仲間とおしゃべりしながら楽しく一杯頂きました、Pierre の母親、妹、家族が駆けつけて久しぶりの再会、画家仲間、音楽仲間、小説家から建築家、写真家等等、楽しい夕べでした、その後、ステージのある地下へ、私はおしゃべりをして居て最後の方で階段を下りて行きましたが、人が入りきれない状態の中で、コンサートが始まり素晴らしかったです。Concert は、歌手:SylviaHoward 、ピアノ:Alain Jean-Marie、ベース:AdamOver 、ドラム:Jeff Bourdreaux と記されていましたが、当日ドラムの方が変更で日本人の方でした。昔、アメリカン・センターでのジャズを聴きに行った雰囲気で楽しかったです。Pierre は10代から、クラッシクジャズを学び、今でも、ギターを演奏する腕前です、勿論、専門的には、ドイツのSarrlouis 市からの依頼で、野外の作品制作に追われている造型作家、画家として立体造型作家として活躍しています。
40年近く前、パリの個展会場に大先輩の画家、イタリア人の Bozzolini 氏が自分のコレクターを連れて来て、若い日本人の作家だが良い絵を描いているので先が楽しみと薦めてくれて、そのコレクターは私の作品をその場で1点購入してくれましたが、そのコレクター御夫妻に連れられて一緒について来たのが10歳の息子、 Pierre でした。

2012年11月1日木曜日

京の宿洛兆友の会 の報告

佐藤 達 様へ

ブログを拝見させていただきました。
随分多くの方々にお声賭けいただき、本当に有難うございました。私の知らないところで色んな方が、様々にお働きいただき感謝いたします。どうか、その方々に宜しくお礼申し伝へいただきますよう宜しくお願い申し上げます。

先日、佐藤さんのブログにアップされた、私のメールにあった、京都の食事会で塩釜さくら回廊の事を御知らせする件ですが、私が20年以上お世話になっている、京都の旅館「洛兆」の協力業者の友の会の秋のお食事会でした。突然の申し出にもかかわらず、洛兆の社長相談役はじめ旅館の従業員の方々が資料のコピー、座席に配布、募金箱の製作など、テキパキと体制を整えていただき、協力していただきました。
又、洛兆友の会会長及び世話役の方々は、当日のゴルフの賞金を支援にまわしてくださりました。宴会でのゲームを私に勝たせてくださったり、心憎い配慮で応援してくださいました。さすが、京都の旦那衆は、伊達に遊んでおられないなあと関心いたしました。
聞くに堪えないような、私の下手な話でしたが、世話役の方のサポートで助けられ、皆さんにご協力いただけました。なにより、皆さんの暖かい思いやりあふれるお心に、私が一番いい思いをさせていただき、幸せを感じました。

早速、塩釜さくらの会にお振込みさせていただきました。古都から杜の都に、ささやかですが、京の宿 洛兆友の会 有志一同より篤い心をお届け出来ました。
岩井絹子さんの、美しい心のご縁は、又、新たな美しい心の出会いへとつなげてくれました。佐藤さんありがとうございました。
応援する方も感謝の気持ちでいっぱいです。皆様に心からありがとうと、叫びたいです。

松井 千佳子

2012年10月29日月曜日

春日の勝ちゃんからの近況報告です。


PARISのサトル殿

メール拝読、奥様の来日の件、了解しました。日本も一段と冷え込みが強くなり、冬が確実に近くまで来ています。
自宅前の水路には10月半ばに、シベリア?から鴨が、印旛沼近くの田んぼには白鳥もやってきました。
9月初旬、坐骨神経痛発症、最近やっと回復したもののイマいちですが、妻の体調が落ち着いているのが何よりです。

 畑仕事は、事務所隣りの居酒屋の常連さんに手伝ってもらい、夏野菜の残骸片づけ、草取り、耕作、野菜植え付けに種まき終了、一安心と思いきや6月に続き台風襲来でまたまたダメージを受けていささかがっかりするも一念発起です。
5年生と3年生の孫姫達は、ミニバスケに夢中で畑は手伝いなしです。試合では姉妹とも中心的な活躍ぶりで、
そんな姿がじじ・ババの日々の元気の素になっています。医者の薬より効能ありという感じです。

 大震災や原発事故の被災者は、2度目の厳しい冬を目前に頑張っていますが、頼りないのが政治家です。
国内では政治が混乱、やっと野田三次内閣での臨時国会が今日29日に開会したものの、スタートから大波乱です。
そんな折、東京都知事の石原慎太郎氏は任期途中にして辞職、80歳にして新党を立ち上げで国政に再登場とか。 政治はますますダッチロール状態で、混迷を深めるばかりではないかと危惧の念が増すばかりです。

 今年は日中国交正常化40周年ですが、東シナ海の尖閣諸島の件で、連日中国から挑発され続けています。
中国進出の日本企業への破壊工作、日本製品ボイコットなどなどで、40周年記念行事も吹っ飛んでしまいました。 韓国との関係も離島問題でぎくしゃく・・・。どうなる日本、日本人・・・という思いです。

 今、野田総理大臣の所信表明演説を聞きながらこのメールを打っています。10分ほどで終わりましたが、
感想は「巧言令色は鮮ないかな仁」というところです。有言実行、目に見える実践が望まれところですが・・・。

 こんな暗い世情では政治家に失望するも、健康と家族、仲間は大切にしましょうね。
サトルの独り言を読んでいると「やる気、元気、本気」という原点があるよね。感謝!!!
風邪などに気をつけましょう。お孫さんうんとめんこくなったでしょう。

 以上、近況報告、中途半端で御免。

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 春日税理士事務所
     税理士  春 日 勝 三
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2012年10月28日日曜日

塩釜の桜回廊支援に、


佐藤達様へ

メールで今日も少し書きましたが、もう少し塩釜の桜回廊の事を、私の身近な人に知っていただきたいと思いました。そして10月29日に京都で30名ほどの食事会があるので、そこで話をさせていただくつもりです。
少しでもリアリティーが欲しいので、強引かと思いましたが、大江さんに、ロータリークラブの塩釜さくら回廊の計画図もしくは構想地図(佐藤さんが送って下さった資料に入っていたもの)を30枚、30日の午前中着で送って欲しいと、お願いいたしました。

何故桜の咲く頃に石山寺かと申しますと、岩井絹子さんは、自分の骨は桜の木の根元に埋めて欲しいと希望されておられるほど、桜が大好きな方ですが、あの日航ジャンボ機墜落事故で22歳の若さで亡くなられた、能仁千延子さんの母親が千延子さんの姉の嫁ぎ先である大津の石山寺に、事故の翌何から、三年がかりで、犠牲者と同じ数520本の桜の苗木を植えられました。

数年前から美しい花を咲かせるようになり、その桜に心を癒されるようになられたそうです。やり場の無い深い悲しみから立ち直れずにおられたお母様は、散っては咲く桜に「永遠」を感じ桜の植樹を思い立たれたそうです。
桜の会の会長坂井盾二さんも、「桜の生命力には驚かされ、励まされる。」と、言っておられ、そのお言葉に共感されておられます。
そこで、岩井絹子さんは、昨年の東日本大震災・大津波のニュースが放映されるたびに、被災地の方々の一生懸命に前を向いて頑張っておられる姿に涙され、現地に行く事も出来ず、何かお役に立たせていただきたいと思っておられました。

一本残った松ノ木、必死に生きようとして力尽き、桜も流されてしまい、せめて一本でも、二本でも、桜の木が根付いて花をさかせ、被災地の方を勇気付けてくれたら、見る人の心に何か華やかな気持ちを与えてくれたらと、願っておられます。

又、岩井絹子さんのご主人は、14年間で6回の手術のたびに「絵を描ける様になりたい。」と頑張って耐えてこられれました。 それで、奥様の絹子さんが、今年の春に、大津プリンスホテルで、ご主人の岩井晟(あきら)さんの絵画の展覧会『喜寿展}を企画されました。多くの方のが展覧会に来られ岩井晟さんの作品を買われました。岩井さん御夫婦は皆さんにとても感謝され、買ってくださった方のお気持ちも一緒に今回の桜の支援金に託されました。

岩井絹子さんから、ご丁寧なお手紙をいただき、桜の会の坂井さんには、この手紙のコピーを送らせていただきました。

佐藤さんには、手紙の内容をかいつまんだ程度のメールになりましたので岩井絹子さんのお気持ちを、じゅうぶんには伝えられませんが、私は、感動いたしました。

また寒い冬が来ます。心は温かく、お互い励んで行きましょう。

     松井千佳子

▶京都の松井さんからメールです。3ヶ月前に成りますか7月末に東日本大震災の復興を願い、友人の岩井様から桜の苗木の贈り物を届けたいと、松井さんからお話を伺い、それは素晴らしい話と早速、仙台の方々に受け取り先を探して頂く事に、白松社長、大江社長、閖上に是非と言う佐藤陽子さん、Be Iの関口先生、仙台青い鳥プロジェクトの新井さん&早坂さん、NHKラジオ番組のゴジダッチャの志津ちゃんに声をかけましたが、いざ、受け取り先となると、苗木を植える場所と作業等等に時間がかかる様で、皆さん、それぞれ動いて頂きました。運良く私が羽田国際空港を出発する前に大江さんの方から、是非、塩釜の桜回廊計画の桜の会の方に贈って欲しいと連絡が在り(受け取り先を探して下さっている皆様には申し訳ございません)、一件落着と言う事に、岩井さん、松井さん、大江の勝ちゃん、そして、桜の会の坂井会長と、輪が出来た様です、来年、塩竈に行く楽しみが一つ増えました。◀

2012年10月23日火曜日

建築家・Pierre Parat の展覧会

数々の建築物を造って居る 1928年生まれのフランス人、 Pierre Parat 氏の建築展示会が地下鉄6番線の Torocadéro 駅の前、 シャヨウ宮の  L'Architecture à Grands Traits で10月24日から2013年の1月7日迄開催、今日はその Vernissage ・オープニングに招待されて時間丁度に出かけて来ました、18時30分丁度に行きましたが、20分後に生バンが入り音楽の曲と大勢の出席者の会話は、騒音に近く、文化大臣のスピーチが終わる迄は、コクテル用のワインやジュース、簡単な食べ物もお預け、大きな天井の高い会場でも大勢の人で熱気がこもり、上着を脱いで待ちました。フランスに居ると待つ事の忍耐力はつきますが、今日は50分遅れで、Parat とAurelie Filipetti 文化大臣とその取り巻きが現れて、それに若い建築家の Les Albums des Leunes Architectes & des Paysagistes 参加のメンバーも、展覧会の部屋は違いますが、同時開催と在って、若い建築家の方々も大勢の中、やっと熱い会場での長い文化大臣のスピーチが終わり、用意されて居るコクテル用テーブルの方に全体が動く中、飲み物は後にして私の方は、先ず、Parat の展示会場に行って来ました、彼のパリのプール付きのアトリエで見た模型の一部が展示され、彼のパース、デッサン、図面、写真、映像も、彼の建築家としての仕事を一堂に観る事が出来ました。展示の見せ方も、素晴らしいモノ、カメラを持参しなかったので会場写真等、撮れなかったのが残念でした。日本では丹下健三氏等と親しくしていた方、彼が東京に旅した時、新宿京王プラザホテルで会い、東京案内をフランス語の出来る姪の百合ちゃんと、スペイン語の出来る友人のナオキ君にお願いした事も、恰幅が良い Parat 先生は元気一杯でした。

2012年10月20日土曜日

LIGNE - RYTHMES - COULEURS / De Fanal à La donation André Schweize


10月19日、パリより200Km 北北東に位置するValenciennes の街にTGVで出かけて来ました、18時より Galerie L'Aquarium にて Incantation de Marie-Thérèse Vacossin のタイトルで展覧会が、新しい天井の高い真っ白い空間に、作家のマリ・テレズ・ヴァコサンの呪文と言うタイトルでの大きな新作が寄贈作品として展示され、静かな空間が漂っている中でのオープニング、その後、歩いて1、2分の所に在る隣の建物の Valenciennes 市のBibliothéque (図書館)と、 Musée(美術館)で、 LIGNE・RYTHMES・COULEURS (線・律動・色)、De Fanal à La Donation André Schweize のタイトルでの展覧会のオープニング、Bibliothéque では18時30分からオープン、古い書物が一杯の図書館で現代版画の作品が



古い書物と共存する様な、憎い程の展示方法に感心、感激、又、この建物は3世紀に渡って作られ、それぞれ違う様式を残しながら異質な建造物を一つの空間にまとめ上げた建物として市民に活かされている貴重な図書館と、前市長(現・EU共同体の議員)の案内で説明して頂き、その後、彼の車に乗せて頂き、19時30分からの 今日の開催のメーン・イヴェントと言うべき Valenciennes市 の Musée des Beaux-Arts でのオープニングに参加、新市長、前市長、図書館館長、美術館館長、学芸員、その他、市の議長さんはじめ市の関係者、又、Fanal 出版社兼ギャラリーはチューリッヒに在り、その André  Schweize 氏のコレクション500点の中から200点を選んで寄贈したセレモニーに パリ在住の在仏スイス大使ご夫妻も出席、華を添えていました。

André  Schweize 氏への勲章の授賞式後、立食のパーテイー、その後、皆さんが帰った後、関係者は美術館の中で夕食に、 André  Schweize 氏と Marie-Thérèse Vacossin の家族やお友達、スイス大使ご夫妻、館長、前市長はじめ市の関係者と宵は遅く迄、料理とワインの楽しい一時を過ごさせて頂きました。この展示は、Patric Roussiés(副市長兼文化・遺産・観光兼任)とコレクターの André Le Bozec の連係で企画された様です。
20日の朝食は9時に André  Schweize や Marie-Thérèse Vacossin ファミリーと友人達は同じ、Mercure ホテルに泊まっているので、朝食時間も皆さんと楽しい会話、その後、ヴァレンシエンヌカンブレの途中にあるマチス美術館で企画されているヘルバンの展覧会を観に行くグループとホテルに残るグループと別れ、午後、Vacossan の講演が在るのでそれまでに戻る人、そのままパリに帰る人と、次回の再会を約束して別れました。私の方は、来月、ヴァレンシエンヌに、再度、行く用事が在り、その時、ヘルバンの展覧会をみる計画で、12時20分のTGVで Valenciennesを定刻通り発ち14時11分にパリ
に到着、その日はすぐ帰宅せず、久しぶりにグアドウルップからパリに来ている Michel Rovelas に電話すると丁度、、土曜日の昼は、 Gerard Xuriguera 氏が中心に集まっているジャコブ通りのレストランに居ると言うので15時に顔を出して再会、彼は パリのグランパレで開催中のFIAC でのカリブ海地区の現代アートと自分の作品についての講演に招待されて4、5日間の短い滞在、時間が無くゆっくり会えないので、いつものマザリンの喫茶店迄皆さんと一緒に行っておしゃべり、Gerard とハバナの葉巻を吹かしながら、Michel は来年、大きな展覧会(絵画と立体作品)を控えその準備、来年は大好きな日本にも行けないけど、2014年は必ず行くので友人に宜しくと、日本文化を愛し、空手黒帯のロヴァラスは元気そのものでした。

 

2012年10月17日水曜日

後始末も、きちんと、


丸太を抜いている野家副所長と木村さん
登米市中田生涯学習センターの前庭に 2年前に制作された親子ワークシショップの作品は、昨年、センターの職員さん達で、傾いた丸太を真直ぐに打ち直し、たるんだロープを張り直し、総てお色直しして再生して頂きましたが、長く設置する為の作品作りではなかったので、今年、作品の撤去作業をお願いして来ました、後始末となると、なかなか、忙しさの中で忘れがちに成りますが、さすが、奇麗に撤去して頂き、丸太は再利用と言う事でキチンと保管していると連絡が入りました。来年は計画を練って、◯▲▢と直線を活かした遊びの作品作りを、子供達と野外で、アートと共に遊びたいと思っています。センターの職員さんの協力ぶりは眼を見張るものが在り、既に、このブログで紹介しています登米市の学校訪問の<アート出前講座>、各学校で描いた子供達の作品をミュージアムの廊下や市民ギャラリーで展示、又、ミュージアム・コレクションの展示など、時には、額装のマット切り迄、一団結して進
丸太を抜いた穴を修正する中塩さんと石川さん
められて居る事に感謝しています、今回の作品撤去作業の報告と写真も担当の岩井さんから、きちんと送って頂きました。                                                                                                    

小山 律子 様よりメールを頂きました。

私たち文化振興班で行っている活動の中のひとつを、お知らせし致します。

登米市 Satoru Sato Art Museum にもご協力いただいている「東北文化の日」に関して、平成22年度から、東北6県と仙台市とで毎年10月の最終土日を「東北文化の日」と定め、各県の施設で無料開放や関連イベントなどを実施する企画です。
昨年は震災の影響でほとんど進められなかったのですが今年はガイドブックも作成して広くお知らせしています。
東北6県が力を合わせて文化芸術を推進していこうという思いです。ぜひこの季節に東北に足を運んでいただき、文化に触れていただきたいと思っています。
ホームページはこちらです。

宮城県消費生活・文化課 小山

▶ 宮城県芸術選奨受賞作品展が来月11月、宮城県民会館で開催される計画で、その担当者が小山さんです、         
    小山さんは個人的に職場を離れた所での民間ボランテア活動も為さっている様ですが、自分たちの仕事、「東北  文化の日」企画の情報を知らせて頂きました。宮城県が東北が日本が元気に成る様に、宮城県の文化振興班、頑  張って居ます。

2012年10月14日日曜日

Saarlouis にて、楽しい一時を過ごして来ました。

12日9時10分、Paris の Gare de L'Est からドイツの Saarbrücken 迄、直通のTGV で出発、車内に座って、Impressions of Theophrastus (テオフラストス・サッチの印象)と言うタイトルの本を読み始めて30分過ぎた頃、睡魔に襲われ爆睡した様子、乗車券コントロールの車掌さんに起こされて眼が覚めました、何となく一人旅、リラックスしてと言う訳では在りませんが、私の場合、電車や飛行機に乗って体を横たえると嘘の様に睡魔に襲われ爆睡、これが健康法の一つ、ストレス(ほとんど在りませんが)、疲れ、寝不足解消です、目が覚めて視線の先に見える小さな電子掲示板には終着駅迄の停車駅と到着時間、速度も秒ごとに記され、時速316キロ出ているのに気がつきました、注意してみると300キロ代をコンスタントに出している感じ、最初の停車駅  Saarbrücken 迄、パリから394Km 、東京・仙台間より26Km 長い距離(乗車&指定券の値段は日本の約半額近い値段、片道で53、20ユロー日本円にして約5500円)、外を眺めるとフランスの広大な田園風景が、時には小さな村の教会が、時には牛の群れが牧草の中で休んでいる様子、秋深まる風景は人の心を優しく包んでくれる様です。急に風景が変わると隣の
ドイツの国に入った事が解ります、電車も徐々に速度を落とし緩やかに 4ヶ月ぶりの Saarbrücken 駅に10時50分に到着、ホームに居りて、駅の切符売り場で改たに Saarlouis 迄の電車の切符を購入、駅の喫茶店で珈琲を飲んでからローカル線に乗車、20分近くで目的の駅に着きました、既に Bernhard が迎えに来ていて、彼の自宅に直行、12時に Bernhard の家でルクセンブルグの画家 Nico と打ち合わせ、時間があるのでレストランで予約を済ませて彼の家に着くと、Nico が既に12時5分前には着いて居た様子で玄関先で待機していました。今年の5月にと1年前から依頼されていたルクセンブルグでの個展、私の都合で延ばして頂き、今回、来年の5月に、2013年5月3日から6月9日迄の期間で個展開催が決まり、作品運搬、カタログ制作、オープニング・パーテイー、作品の保険も、総て画廊持ちと前から電話で話を聞いて居ましたが、小さな条件の確認と言う事でお話が出来ました。今日の重要な打ち合わせの一つが終わり、昼食は Bernhard の好きな店に3人で、レストランの女性オーナーもスタッフも顔なじみ、Berhard と Nico 二人はアペリテイーフはビールを飲んで、私は水で、小さなピザを食べてから、おしゃべり、サラダが一杯の前菜が終えると、いつもの特注の大判牛(南米産)を薦められましたが、連日、パリでは外食のフランス料理が続いて、牛、羊、鴨、鳥の料理は抑えて胃を休ませる為にも今日は魚を、私とNico ヒラメを、Bernhard は肉を煮込んだ野菜とパセリと、パスタも一緒で、美味しい料理、結構、ボリュウムがありました、普段、アルコールを飲ま
ない私ですが食事の時はワインを少々、デザートはイタリアンのお菓子を薦められましたが、お腹に入る余地がないので珍しくアイスクリーム(美味しく量も多いのです)、それから、珈琲を皆さんで頂き、口直しにコニャックを、既に15時近くに成り、Nico は車でルクセンブルグに帰ると言うので、そこで彼と別れて、私は Bernhard 宅に、2人でキューバ産(ハバナ)のUpmann と Montecristo の葉巻を吹かしながら、来年度の計画等聞いて、先週終えたばかりの展覧会の話(写真を見ながら)、オープニングのDVDも頂き、Pierre の作品購入の話、等等、それが終わってから、古い写真を頂いて、その中にたまたま、Elke Scheiner (判事)女史の写真が在りました、私の作品もコレクションして下さっている方で、私のブログに姿が既に掲載されている方ですが、彼女はカメルーンの田舎で孤児の支援をして居ると聞いていましたが、判事の仕事を辞めてからは、集中的に支援活動が中心で、ドイツで資金を集め物資買い求めカメルーンの田舎に支援活動の行動はルフトハンザから物資輸送料の支援を頂いたり、Bernhard も仲間に声かけて応援、コレクターで大

きな薬局を経営している友達 Frit&Sabine(私の絵画作品、御影石の大きな野外立体作品迄コレクションしているご夫妻)は薬を、特に目薬が必要とされているとか、いろんな方々の支援を頂き、行動出来る事は素晴らしい事です、又、語学を話せない人が多いと聞いて居ましたが、子供の教育をと孤児院を作り、現地で語学を教えていると聞いて、再度、吃驚と同時に感激しました。下から二番目の写真はカメルーンの田舎の孤児達に囲まれての Elke Scheiner 女史、一番下の写真は、Nico の紹介する Patrick Seyler 氏の Galerie Schlassoart  の外景です。最後に最後に、12日の夜、スタッドウ・ドウ・フランスでは日本対フランスのサッカー国際親善試合が開催されましたね、11年前、応援に駆けつけた時、当時の私の予想は0対3の覚悟をして応援に行ったのですが、予想以上の差がついて0対5で完敗、まだまだ、日本の世界への道のりが厳しいという印象が在りました、今回は、たまたまテレビで後半戦を観戦、試合終了間際、後3分を切った頃でしょうか、ワンゴールを挙げて日本が勝ったのは素晴らしい事です、めちゃめちゃ攻められて、よくぞ0点に抑えられたものだとガンガン攻められて相手は攻める事に集中しすぎて守る事が手薄に成った瞬間に、結果的にブルーに隙を作らせ、逆転とも言えるワンチャンスでゴールでしたね、逆にフランスサッカー界は日本に負けた事に対してはかなりのショックが在った様で今日のテレビのニュースでも流されていました、日本選手の国際試合経験も技術的にも10年前とは比較に成らない程、進化している証拠だと思いますね。耐える事の素晴らしさ観さして頂きました、勿論、勝負は何が起きるか解らない、やってみないと解らない、だから、面白いのですね、1968年のメキシコ・オリンピックでは、準々決勝でフランスに勝ち銅メダルを獲得して居るのですから、本当に解らないモノです。

2012年10月9日火曜日

パリに戻り、10日が過ぎました。

今日は昼食後、我が家から Montparnasse 駅まで、往復 4Km の散歩、  金曜日に Paris Gare Est から TGVでドイツのSaarbruecken に行く切符を予約して、帰りは Alesia のいつもの喫茶店に立ち寄り、ギャルソンとお喋りしながら珈琲と水を飲んで帰宅しました、日本から戻り、体調が5Kg、増えた事も在り、最近、歩く様に心がけて、近くの公園、Parc de Montsouris 迄、往復3、2Kmを、ここ一週間歩く様にしています。普段はアトリエで制作、移動は車でと言う生活パターンなので、この辺で、体を動かしてないと大変と、と言っても無理せずにとゆっくりと歩き始めています、勿論、アキっぽい事で知られるサトル君、何時まで続くか解りませんが、歩く様に心がけています。昨日、フランスのテレビで、今年の Prix Nobel 、le Prix de Médecine décené ノーベル医学整理学賞に日本の Shinya Yamanaka・山中伸弥教授とイギリスの John Gurdon・ジョン・ガードン教授が受賞して話題となって居ました、特に、山中氏の研究は世界中の医学者が待ち望んでいる大きな期待が寄せられている様です。今日は、今年のPrix Nobel 、Le Nobel de Physique Attribué・ノーベル物理学賞受賞発表で、フランスのSerge Haroche・セルジュ・アロシュ氏と米国の David Wineland・デビット・ワインランド氏が受賞したと、世界中の方々がノーベル賞の発表を楽しみにしている様で、夢が持てる研究者に対して、心から乾杯です。健全な発想は健全な肉体から、夢を追い続け、何かを構築して行く世界は、いろんな所に在る、そんな気がするこの頃です、勿論、病と戦いながら、限界に挑戦しながら研究して居る方々も、まさに、人の為、社会の為に、研究奉仕する姿は、モノ創りの原点でしょうか。
夕方、19時には、ミッキー・マスの画家と言われる、Bernard Rancillac の個展が画廊街から外れた9区にある Galerie Detais にて開催され、地下鉄で行って来ました、Rancillac とは、2010年にスペインのバルセロナ郊外の Sitges 市に作られた財団法人、ピター・スタンフリ美術館・Fundacio Stampfli のオープニングに招待され、夜中まで、関係者と食べて飲んで、おしゃべりした Stamfli の仲間の一人、美術評論家のXurigurra、画家のJacques Monory、造型作家の Guy de Rougemont らも同様に、又、出版社FVW社長のFrancも、いろんな方々が会場に来ていました。画廊の担当者が来年、サトルの個展をやりましょうと言う話まで出てたり、楽しいオープニングでした。今日は歩きすぎ、疲れが貯まらない様に、パーテイー後の食事は遠慮して早めに失礼して来ましたが、やっとパリの生活に慣れ、私にとっては楽しいパリ生活が始まった様です。

2012年9月30日日曜日

無事、パリに着きました。

 JL041便の機内では座席に座ると同時に睡魔に襲われて爆睡、眼が覚めた時には既には6時間が過ぎていました、搭乗時間11時間40分、到着時間より20分早くパリ、シャルルデウゴール国際空港に到着、外の気温は8度、東京とパリの温度差がかなり在るのでセーターを持って来て正解、早速、セーターと上着を着て、早々、我が家に帰れるかと思いきや、入国手続きの所で凄い人、丁度、アフリカから特別機で入った方々と到着時間が重なったとか、中国人の団体の方々も多く、なんと1時間半も待たされました、それでも、フランスに入国するとホットするもの、トランクを捜し見つけて外に出ると肌寒い空気が頬に触れ、20度近い気温差に体が驚いていました。友人の Pierre が電気自動車で迎えに来てくれていました。パリ市が自転車と同じ様に路上の駐車場で充電出来て、乗り捨て出来るシステムの小型電気自動車に乗るのは初めて、100キロまで簡単に出せる車で、パリ市内郊外は充分使えます、完全に電気で、ガソリンのエンジンの音がないのですから、プリュスよりも音がないのです。

2012年9月29日土曜日

パリに戻る日が近く成ると移動が激しく。


9月23日は、迫町の森田先輩のお店、開業100周年記念式典が登米祝祭劇場で行われ仙台から高速バスで駆けつけました、四代目社長・カズの挨拶も素晴らしかったです。24日は幹男ちゃんと東京に、エコ電力の代表取締役、神山秀幸さんはじめ、スタッフの方々とお会いして、日本橋から四谷三丁目に近い大京町に、取締役の十亀 允さんの運転で、UN Women(国連女性機関)さくら の会長、大槻明子様の所にお邪魔しました、NPO法人・一冊の会の理事長・小山 志賀子様、そして、尾崎行雄記念財団の事務局長・石田尊昭さんと、エコ電力の方々とご一緒
に、国連を通して外灯をアフリカに贈ると言う話や、東日本大震災の被災地に外灯を贈る話まで、今回の震災から、直ぐに行動を開始した、大槻会長と小山理事長、運転は大槻会長、東京から宮城まで毎日往復、45日間、日帰りで連日支援物資を届けたと伺って感激しました、特に女性の立場からみた支援物資を行ったと伺って、確か、大江の勝ちゃんは女性用トイレを80個、2ヶ所の被災地に届けたと聞いて驚きましたが、普段、男性中心の社会、支援物資も女性や子供達の事を考える支援が必要と思いました、そして、被災地では今でも、外灯が無く、子供や女性が真っ暗な道を歩く事は困難な状態ですが、エコ電力が開発した太陽熱の蓄電技術を活かせば、電線のない所にでも簡単に設置出来る外灯を世界の闇の中に灯したいと素晴らしいお話を伺い、その、太陽熱を利用した外灯のアート的デザインの依頼の話を伺いました、話に花が咲き、長居した様子、慌てて、彼岸の日、近くの笹寺に寄って頂き、伯母さんの墓参りを済まして、先ず、幹男ちゃんの乗る新幹線にと東京駅に向いましたが、車が渋滞で途中で四谷で電車
に乗り快速で東京駅に、私はそのまま銀座七丁目迄送って頂き、森さんのギャラリーで、最近の銀座のアート状況を教えて頂き、彼のコレクションを2点、御借りして、仙台の展覧会に出品させて頂いているので、作家の話からギャラリー、コレクターの話まで聞かせて頂きました。やる気充分の森さんです。25日は大江の勝ちゃんと小野田町へ、夕食は久しぶりに一生君と一緒に、26日は早朝、高速バスで登米市に、ミュージアムの打ち合わせ、来年度の基本計画、センターの熊谷所長、ミュージアム担当の岩井君、Satoru Sato Art Museum 友の会・会長の佐藤幸一さんを交えて、行政サイドと民間サイドの話し合いの中で、日本でも稀な、幾何学構成アートのミュージアムのコレクションを活かした企画を基本に、先ず、市民、子供達と
の交流を大切に輪を広げて行こうと確認を取り合い、いろんな方々と情報交換も必要と、その後、石森の街並を視察して仙台に戻り、夕方、ギャラリーで待ち合わせ、27日は、先ず、白松がモナカ本舗にご挨拶、その後、藤崎(デパート)で個展初日の渡辺雄彦先生の作品を観に、丁度、渡辺先生ご夫妻が会場にいらっしててお会い出来ました。午後、羽田国際空港へ送るトランク2個を引き取りに来て頂き、何となくホット一安心、ギャラリー・ターンアラウンドの展覧会に顔を出して、隣のカフェで、安部ちゃんの作るパスタを頂き、のんびりおしゃべり出来ました。28日は、在仙佐高会に出席、親しくさせて頂いている 丸森忠吾大先輩、佐藤裕也大先輩と同席、又、後輩とも、おしゃべり出来て、楽しかったです。2次会は副会長のタミオちゃんと中村ミステイへ、民雄ちゃんの感情豊かなカラオケを聴いて、仙台の夜は最高潮、なんと、偶然にもカラオケ仲間の須藤さんもクラス会の2次会でバッタリ、当然の様に午前様でした。29日、目覚ましにシャワーを浴びて、のんびり仙台から東京に、昼食は税理士の勝ちゃんと一緒におしゃべり、御馳走なりました、夕方、羽田空港に、いつものなら、日本滞在・出発前一週間は、東京に滞在、東京の友人、仲間の皆さんと、のんびりおしゃべりする時期ですが、今回は一週間、動き回った感じです、普段は、秋を感じさせる季節ですが、暑いまま、日本の夏の楽しいヴァカンスも終わり、明日から、パリでの生活が始まります、今度は、パリより楽しいニュースをお知らせ致します。

2012年9月23日日曜日

北京から西川さんのメール!


現在、北京におります。中止、延期となりました 日中国交回復40周年記念友好親善演奏会の収拾、

現地スタッフへの説明、精算、関係者との今後の協 議にきました。北京日本商会(商工会議所)、日本人会、大使館が一緒に、現 在、最良の対処を考え、共同で作業にあたっておりま す。せめて小さくとも親睦の夕べをとの地元関係者の声 から、商工会の交渉のおかげで用意できた会場に て、現在、日中の小演奏会も合わせて復活準備されています。日本大使館様の後援はそのまま継続で、館員の方も 参加されます。タイトルは周囲を刺激しないよう、形式上、変更さ れました。事故を避けるため、会場、内容は26日当日終了する まで一般に公開されません。
安全のため会場からの大切な要請です。私自身は、21世紀飯店(「中日青年交流 中心」と併設の日中資本合弁による施設)におりま す。以下が大使館周辺のここ数日の写真(ダウンロー ド)です。http://firestorage.jp/groups/5de69471f47c5ddc246400484c5c4f0fdc059dbepass:senkaku

■状況について
上海や広州等南部では暴力事件、襲撃、破壊などい ろいろ大変な状況がありますが、北京は柳条湖81周 年の18日をピークとして、翌日からは普通です。つまり大使館前のデモはあり ません。当局からの通達、中国版ツイッター(ウェ イポ)公安当局公式アカウントでのデモ禁止通告以後、全くデモは見られなくなりまし た。報道の車、夥しい公安車両、周りに延々と続く 鉄柵、警備陣は日本大使館前に集結し、大使館には一般人は一切入れない状態ではありま す。それでも18日までとは全く状況違い、デモが当 局によって統制、用意されたものであったことがよく分かります。日本のテレビなどでは時間差もあり、とても緊張し た雰囲気で伝えているようですが、北京の全ての他 の地域の街の中はきわめて普通です。しかし普通のところは報道されません。大使館の近 所の飲食街、特にいくつもある日本食店などは被害 避けるために大きな五星紅旗や「釣魚島は中国のもの」などの横断幕をかけている のは事実です。が、「この短期間で旗屋は相当儲 かったよな」と歩きながら笑って言っている人々がいるのも事実です。10月には中国も政権移譲があり、非常に複雑な背景があります。表面上のナショ ナリズムの噴出だけで判断することはできません。中国の数か月前までの情勢を新聞やネットなどで見 てきた方々は、「太子党」、失脚した重慶の実力者 などのことについてご存知と思います。こうした関係は、今も大変な力、資金力 を全国で発揮しているようです。島に目を取られて いるばかりでは本質は分からないというのが私の感想です。多くのデモ隊の前面が復 古の象徴である毛沢東の写真を掲げていたことの意 味は、中国の人にとっては自明です。重慶から中国全体に向けてで強力な復古政策の呼び かけが行わていたことは事実。このこと、10月の党大会での習近平氏への政権移譲 をめぐる様々な動きこそが事態を動かしている本質です。習氏は二週間も公の場に姿見せず、事故による重体 説や死亡説まで出ていました。水泳中の事故や、軍 車両まで詳述して事故を解説、収容された市内の軍の病院名まで報道されました。逮捕され収監されている薄氏派の強烈な巻き返しと 政権への揺さぶりが、ちょうどよいタイミングで島 の問題にありついたという状態かと私には思われます。日本のテレビなどの紹介では、 まるで中国共産党政権中枢が一枚岩であるかのよう な印象を受けますが、実際はそうではありません。日本料理店のほとんどは中国人経営、あふれる新品 の日本車に乗るのもほとんど中国人。まったく迷惑 だといっている少なくない庶民もいます。理性的で知識、経験、知的嗜好、思慮のあ る中国の人々は静かに事態を見守っています。煽り に乗せられることなく、利権派閥にコントロールされず、両国民が歩み寄れ納得できる 双方の本当のの国益と安全を考える必要があると思 います。歴史は偶然で大きく動くものでしょうから、一瞬も 目の離せない状態であることは確かです。日本政府は、穏便に済ませるつもりで都の購入より 国有化を選びましたが、日本の常識は外国の非常識 という結果になりました。読めていない流れになってしまっています。煽る政 治家もきわめて無責任ですが。アメリカでもドイツでも、「日本の右傾化に危惧」 と報道されています。日本は今後どういう方向に向かうのか非常に心配 で、懸念しています。

西川浩樹

2012年9月21日金曜日

9月21日、ミュージアムにて、

20日、岩井君から、昨日の展示指示に従って今日、展示を終える計画で明日、先生に展示の最終チェックを頂きたいと言う電話を頂きました、私の展示作品リストと展示内容の説明を聞くと、ピーンと理解して頂き、問題の在る時はすぐ電話かメールで質問して来て、速やかに解決して来た彼らの展示作業は安心です。今回は、もう診る必要も無いと思っていましたが、そろそろパリに戻る時期、丁度、ご挨拶も兼ねてと、ミュージアムに行って来ました。おもっていたとおり、一部のあやまちもなく、展示は完成して居ました、まさに BRAVO! 、安心して展示会場写真を撮って来ました。
今回、版画の展示室を Garicia-Rossi の特別展と言う訳では在りませんが、彼を中心にした視覚芸術のパリの仲間達の版画展示を所長に説明して、特別 GARCIA-ROSSI の版画4点と彼のキャンバスに描いた作品を1点、合計5点を展示して頂く事に、ガルシア・ロッシ氏は9月5日、83歳、奥様や一人娘一家に見守られてパリで他界しました。12日の葬儀には家内が代理で出席、家族つき合いさせて頂いていた、後輩思いの大先輩で仲間の一人でも在ります、既に彼らのグループは歴史に残る実験的な制作をしています。                      丁度、センターの事務所に、ミュージアム友の会の千葉さんと中嶋さんが居て、久々にちょいとおしゃべり出来ました、NUWSLETTER アートミュージアム友の会Vo1. 3 (2012.8 )を手渡されて拝見、良く出来たパンフです、登米市のミュージアム友の会は子供達や大人の皆さんがアートをとうして、多くの方々と楽しい交流が出来る企画をパリから期待しています。一緒に写真を撮ろうと展示会場の撮影を終えて事務所に戻ったら、二人は既にお出かけ、中嶋
一家から好物のお餅をみやげに頂いて感謝で〜す。

左の写真はガルシア・ロッシ氏の作品です、下の人物写真は中田教育事務所のフタッフの皆様、皆さんで撮る事は珍しい事で、彼らはほとんど、仕事で分散していますから、展示の合間でも用事が入ると飛んで行く事、在りデスから皆さん頑張っています。迫庁舎の前で、左から、中ちゃん、さとる君、サトル、野家副所長、担当の岩井君の5人です。そうです、石川君がさとる君、熊谷所長曰く、さとると呼びつけに言うと、サトル先生と一緒に成り、呼べないんですよと聞いた事が在りました、勿論、皆さん爆笑でしたが、下右の写真は、今回、最後のお別れ、皆さんに快く送って頂きました。バスの中から撮った写真は窓が曇っていて、今一でしたが、副所長のVサイン、最高でした。皆さんに感謝です。