2021年7月27日火曜日

河北新報の夕刊に・・・

ターンアラウンドの安部ちゃんから河北新報の夕刊に幾何学構成アートのグループ展の紹介記事が掲載されて居ますと連絡が入りました。

今日は展示の日、関本&安部ちゃん、頑張って下さいました。

 仙台幾何学構成アート研究会展の展示作品は29点、レーザー墨出し器を使っての作品展示完了出来ました。出品者は、安部朝美、上原啓五、大平啓太、男澤享、黒田清志、小松達雄、佐藤朱理、関本欣哉、高山圭子、高山聖子、早坂照夫、村上ヒロユキ、三上秀夫、/ 市川和英、市野泰通、北川順一郎、中川猛、沼田直英、前田一澄、吉本直貴、SATORU、(故)関本陽子。

関本君、安部ちゃんの展示作業は手早く完璧、照明作業もお見事!でした。




2021年7月25日日曜日

搬入日・2年ぶりの再会は・・・

 今日は仙台アート・ジェオ・コンストウルイ研究会展(仙台・幾何学構成アート研究会展)の作品搬入日、造形作家の吉本さんとギャラリー・ターンアラウンドで17時に待ち合わせ、時間丁度に行ってみると、既に、吉本さんが作品を持ってギャラリーに来て居ました。2年ぶりの再会、高山聖子さん、圭子さんは作品とおやつを持参して下さり、早速、皆さんで頂きました。既に、東京の作家、市川、市野、北川、中川、前田さんの作品も届いて居て安心しました。ギャラリーの壁には安部ちゃんのおかげで、1988年の季刊誌・版画芸術に付録されて居る私の版画が額装されて展示されて居ました。

2021年7月24日土曜日

岡島レポート・2019W杯・備忘録 87

         2019W杯・備忘録 87

 海外遠征 

 エレロ『ラグビー愛好辞典』「海外遠征(Tournee)」の項は、こうはじまる。
1958年、10歳の時、近所の家でテレビを見ていた。ニュースで、フランス代表のRSA遠征が報じられた。ちょうど、RSAという国が遠くに存在することを知ったばかりだった。短時間、試合の映像が流れ、その後、サファリ服の選手たちがKruger国立公園でガゼルに囲まれたり、Zoulou族の人びとと踊ったり、シマウマのステーキを食べているシーンが流された。アナウンサーが代表の出来を誉めそやしていた。後に伝説となった「半神たち」との戦いが語られていた。楕円球界の叙事詩イリアスが誕生した。
 海外遠征は、長い間、アマチュアラガーの夢であり、勇壮で稀な出来事だった。フランス代表が南半球の栄光につつまれたラグビーの地に数か月滞在する。数日遅れで快挙が報じられる。いくつかの偉業はフランスラグビー界の記憶として語り継がれている。1958年のRSA遠征、714日というフランス革命の日に初めてオールブラックスに勝利したNZ遠征! 常識外れ・想定外の海外遠征は、北半球と南半球の代表チームが対戦する唯一の機会だった、1987W杯が創設されるまでは。「友愛」と「平等」を重んじ、コンペティションやそれに類すること・ヒエラルキー化を忌み嫌ったラグビー精神に海外遠征はぴったり適うものだった。
 2年か3年おきにNZRSAAUSがヨーロッパにやってきた、そして数か月後にFRAENGの選手たちが大きな旅行鞄を持って数週間の冒険に彼の地に旅立った。誰もいつ行われるかわからなかった、行事表もなければ、南北のホーム&アウェーを統括する機関も存在しなかった。思わぬ時に海外遠征が発表された。突然、オールブラックスとかスプリングボックスがフランスにやってくることを知らされる!
 第1W杯以降、世界のラグビーシーンは激変した。新たな時代に入った。メディアは新たなコンペティション・刺激の強いイベント・ヒエラルキーを求めた。かつて海外遠征が齎してた豊饒な物語が、あっという間に、W杯・ヨーロッパカップ・スーパーラグビー・トライネーションズに置き換わっていった。幻想的なものから定期的なシステムに移行した。北半球と南半球のチームが、春と秋、それぞれのラグビーシーズンの終わりに遠征し、23試合のテストマッチを行う。人びとはスタジアムでオールブラックスを定期的に観戦できるようになった。かつての神秘性が消滅した。空想の世界で描いていた南半球の勇者たちを、今では、日々、テレビで見ることができる。情報が溢れている時代になった。』

 実況中継なんて夢のまた夢だった。中継録画なんていうのが出現したのはいつの頃だったのか? 日進月歩のITにスポーツはどう適応していくのか。TMOの次に出現するのは、どんなアイテムなのか、それによって、ラグビーはさらに変質していくのか、気になっている。グローバル化がいくら進展しても、「時差」と「季節」はおそらく無くならないのだろう。ラグビーに相応しい季節、時間は変わらないのだろうか。

 同書「オリンピック」の項は、こう書いている。
『「えっ、この秋だって? ヴァンセンヌ(パリ郊外)の競技場でオリンピックのラグビーが行われるんだ!」と、1900年、ジャーナリスト・ベルリオーが誇らしげに書いた。
 1870年普仏戦争の敗北の記憶が生々しい中、第3共和政が発足し、決勝は、フランス対ドイツの試合となった。内務大臣は、プロシア人との抗争を恐れ、逐一、試合経過の報告を大臣室で受けていた。試合は、テクニックと経験の差で、25-16でフランスが勝利した。大臣は安堵し、スタジアムでは熱狂した観客がピッチに溢れた。
 ラグビーは、その後、1920年アントワープ大会・1924年パリ大会と2回、オリンピックで競われた。クーベルタン男爵の強い影響力で! 英国は参加しなかった。この2回の大会では、カリフォルニアの学生たちのアメリカが決勝で2度ともフランスに完勝した。
 1924年大会決勝が、オリンピックにおけるラグビーの最後の試合となった。荒れた試合に、「交流と友愛の価値の体現」というクーベルタン精神の守護者たるオリンピック運営者たちは驚愕した。その後、当時のIRB(疑似ラグビー国際統括機関)は短いオリンピック期間ではラグビーの大会は行えない、という名目でオリンピック競技から離脱した。オリンピックにラグビーは馴染まない、と信じて

 クーベルタン男爵は、普仏戦争で敗北したフランスを立て直すためには、当時隆盛を誇った英国の諸制度・慣習を導入すべきだとして英国視察を行い、アマチュア学生スポーツの価値を高く評価した。そして、帰国後、1892年の第1回ラグビー・フランス選手権決勝の主審を務めている。

 『ラグビーの世界史 楕円球をめぐる二百年』(トニー・コリンズ 北代美和子訳 白水社 2019年)では、1900年パリ大会については、こう書かれている。
『クーベルタンのラグビー愛を考えれば、1900年にパリがオリンピックを主催したとき、ラグビーがプログラムの一部となるのはごく自然な流れだった。初期のオリンピックは節操がなく、パリ大会は1900年の万国博覧会の一部として開催された。ラグビーに出場したのは三か国のみで、代表チーム選抜を試みたのはフランスだけだった。ドイツ代表は実質的にはフランクフルト1880FCで、英国はほとんどがバーミンガムに本拠地をおく選手によるにわか仕立てのチームだった。』(p100
 また、1924年パリ大会については、こう書かれている。
『「アメリカ人のファンは死んだと思った」と、フランス人の観衆に襲われたアメリカ人のファンについて、アメリカ人スリークォーターのノーム・クリーヴランドは語った。「フランス人観衆がぼくらに襲いかかってくるのは時間の問題だと確信した」。ラグビーのチームが脅えるとは尋常ではない。しかも観戦者を恐がるというのはもっとめずらしい。オリンピックの決勝戦では前例がない。
 しかし、これが1924年のオリンピック・パリ大会、ラグビー決勝戦後半でアメリカ合衆国チームが直面した状況だった。アメリカが対戦相手のフランスを圧倒し、前半のリード3-0を広げつつあるとき、4万人の群衆は金メダルが大西洋を渡るという予測にしだいに腹を立てていった。コロンブ競技場のスタンドではフランスとアメリカのサポーターどうしで乱闘が勃発した。グランド上では選手どうしが拳をやりとりした。負傷した観客はグランドを取り巻くトラックにおろされた。アメリカ人は応急処置のために、アメリカ代表のロッカールームに運ばれた。  アメリカはフランスに17-3で予想外の勝利をおさめた。』(p147

 長期間・アウェーの国の中を旅し試合を重ねていく「海外遠征」、短期間・一都市で集中開催されるオリンピック、違いはあれどもアマチュアリズムという基盤の上に成立していた。

 時代とともに理念・精神は変わっていく。クーベルタンが珍重したアマチュアリズムは、オリンピックからもラグビー界からも霧消した。
 古き良き伝統は、どこへいったのだろうか? 「参加することに意義がある」などという発言をとんと聞かなくなった気がする。

 来週、東京五輪・7人制ラグビーが行われる予定だ。クーベルタンは、どう思っているのだろうか。

                                                令和3724

2021年7月19日月曜日

河北新報社の取材は・・・

 ギャラリー・ターンアラウンドの安部ちゃんから、月曜日の午前10時半に、7月29日から始まる仙台・幾何学構成アート研究会展についての取材が在りますのでフォーラス7階のターンアナザーラウンド迄来て頂けますかと言われていたので、会場に行ってみると、時間丁度に河北新報社編集局生活文化部の記者、長門さんが現れました。長門さんは私が以前 Satoru Sato Art Museumのサイトの幾何学構成アートに関した文章をコピーして予備知識としてある程度きちんと目を通してからいらっして下さいました。さすが河北新報の記者、感心しました。20世紀と共に北ヨーロッパで始まった抽象絵画は特にソ連のマレーヴィッチによるシュプレマチズム、ロシア構成主義、オランダのデ・ステール、ドイツのバウハウス系の抽象絵画運動、第一次対戦後、パリで開催されたセルクル・カレ展やアブストラクション・クレアッション展、レアリテー・ヌーヴェル展など幾何学構成アートの流れが現代にも活かされて居るヨーロッパの幾何学構成アートに触れながら、仙台での研究会の10年の歴史をお喋り終えた時に、安部ちゃんが、元々、Satoru Sato Art Museum の幾何学構成アート、大人の絵画教室に仙台から参加した仲間やワークショップに参加した仲間が仙台でも研究会をと、開催されたのが始まりですねと言われて、そうか!そうそう、と、satoru sato art museum のオープンと共に、仙台の仲間たちが応援に来て下さったのが事の始まり、関本チームが登米アート・トリエンナーレに応援に駆けつけてくれた事も在りました。これまでの仙台での研究会の場所を提供して下さった白松がモナカ本舗ビル4階の白松ロフトホールでの集会は今回だけ中止して、各自は自宅での制作に成り、どんな作品が展示されるか楽しみです(男澤さんはオンラインで20点近くのデッサンを送って来て、その中から最終的に2点を選んだ様です。朱理ちゃんは8点のデッサンから、安部ちゃんのデッサンも決まり、これから追い込み・期待しています)。私の説明が終えて一段落、今度は安部ちゃんがアンデパンダン展の取材に追われていて、楽しいひとときでした。どんな紹介になるのか楽しみです。

2021年7月17日土曜日

岡島レポート・ 2019W杯・備忘録 86

                                   2019W杯・備忘録 86

 ライオンズ(5) 

 2017ライオンズNZツアーは111分けの「引き分け」と言われている。

 ガットランド、ライオンズ第3章は次のようにはじまる。
『この写真は、ラグビー史上最も偉大な瞬間として語る継がれていくことだろう。あの1995W杯でネルソン・マンデラ大統領からフランソワ・ピナール主将にカップが授与されている写真とともに。負けることなど考えてもいないライオンズとオールブラックスが激突したテストシリーズ、2017年ライオンズツアー:オークランドにおけるドローでの幕切れ:両チームの讃え合い。
 フランス人レフリー・ロマン・ポワトがノーサイドの笛を吹いたとき、茫然としていた。NZハンセンHCがピッチを横切り近づいてきて、気分はどう?と聞いてきた。’It’s a bit like kissing your sister, isn’t it?’ そう答えた。延長戦を行うべきだ、あるいは、PK戦で決着をつけるべきだ、という考えもあろう。換言すれば、アメリカ方式(The American solution)。ドローはアメリカ・スポーツには存在しない。たぶんそれだからクリケットがアメリカに根付かなかったのだろう。5日間戦って勝者がいない?彼らにはホワイトハウスにコミュニストがいる方が想像できるのだろう。
 But when I look at that photograph now, I feel nothing but pride and positivity.』(p295

 引き分けを認める文化と認めない文化、いろいろな観点から論ずることができそうなテーマである。かつてのイングランド・アマチュア・ラグビーは勝敗にこだわらないことを旨としていた。だから、選手権なんて認めない。W杯なんて、「以ての外」だった。
 2019W杯では、予選プールで勝ち点が同じ場合、①当該チーム対戦で勝った方 ②総得失点差 ③総得トライ数と総失トライ数の差 ④総得点 ⑤総トライ数 ⑥WRランキングの高い方 で順位を決定することになっていた。
 これに倣って 2017ライオンズNZ遠征のテストマッチ三連戦を見返してみると、第1戦:30-15NZの勝利、第2戦:24-21でライオンズの勝利、第3戦:15-15の引き分けであった。
 総得点は、NZ66、ライオンズ:54
 総トライは、NZ5、ライオンズ:4
 3試合すべてで、NZが先制点をあげている。3試合・240の時間の中で、ライオンズが勝ち越していた時間帯は、第2戦:76分の勝ち越しPGからノーサイドまでの4分余だけ。
 試合は0-0ではじまる。同点の時間帯は、第1戦:12分間、第2戦:43分間、第3戦:26分間。どういうことかと言うと、3戦合計:240分のうち、過半の155分間はNZがリードしている。
 それでも、人々は引き分けのシリーズであったと記憶している。
 先制点がNZなら、試合の最後に得点したのは3試合ともライオンズ。ライオンズの執念のなせるわざなのか


 レフリーは「中立の立場」であることが望まれる。フランス人ラガーはライオンズ遠征にお呼びでないが、フランス人レフリーはライオンズ遠征の重要人物となる。
 2019W杯でも笛を吹いたロマン・ポワト(FRA)は、大会前「国際主審:2度のW杯(20112015)と2度のライオンズ遠征(20132017)で主審を務めている」と紹介されていた。
 そのポワトが主審を務めた2017ライオンズNZ遠征・テストシリーズ第3戦、今に語り継がれる「事件」が起きた。
後半残り2分でのレフリーの笛の変更。ある意味、TMOが導入されたことで起きた「事件」でもある。TMO導入前であれば、こんなことは起きなかった。
ガットランドも、NZ主将:リードも、ライオンズ主将:ウォーバートンも自伝の中で長々と感情を込めて書いているシーン(興味のある方は、(参考)をお読みください)。

 今回のライオンズRSA遠征は、コロナ禍ということで、中立の立場のレフリーを連れてくることが叶わないのであろう。ここまでの試合を見る限り、ペイパー(RSA)・バーンズ(ENG)の2019W杯でも吹いた二人が軸になり、TMOはユンカー(RSA:元トップレフリー)が務めそうだ。水曜日(2021714日)のライオンズvs南アフリカAの試合は、主審:ペイパー、副審:バーンズ、TMO:ユンカー(RSA)だった。見ていると、微妙に自国に味方している気がしてくる。ヨーロッパの笛とRSAの笛の違いに由来するのかもしれないが
 今回のライオンズRSA遠征、どの協会所属の誰がどんな笛を吹くのかも興味深い。

 コロナの影響で、各国代表の強化プランが大きく狂ってきているだろう。それとともに、良質なレフリーを育てる最良の機会である緊張感のあるテストマッチで、新しい人材が笛を吹く機会が奪われている。次回W杯にどんな影響が出るのか心配である。


( 参考 )

 2017ライオンズNZツアー第3戦は15-15でノーサイド。残り4分で起死回生のPGをファレルが決め、同点となり、次のリスタート・NZキックオフをライオンズ・15番がノックオンしたところで「事件」は起きた。最近、J-sportで再放送された試合を見ていると、解説・大西がレフリーの笛が吹かれる前に「ノックオン・オフサイド!」と叫んでいる。

1 この場面をNZ・キャプテン・リードは自伝の中でこう回想している。
『ファレルがPGを狙っているときに、ゴールポストの後ろでバレットに「(次のキックオフは)俺に蹴ってくれ」と言っていた。キックオフ・ボールをすぐにでも取り戻す必要がある。俺たちは、こういうリスタートをしばしば使っていた。俺のやることは、キックオフ・ボールをチェイスして全力で走るだけ。なんとか残っているエネルギーで、ジャンプし、相手15番・ウィリアムスのキャッチにプレッシャーをかけるのがやっとだった。ウィリアムスはキャッチし損ないボールを前に落とした交替で入っていたフッカー・オーウェンスの腕の中に。レフリー・ポワトはペナルティの笛を吹いた。This was the moment! And then, it wasn’t. 突然、ライオンズの選手たちがポワトに別の角度からも見るように哀願し、大混乱になった(there was just absolute confusion)。ポワトは時計を止め、TMOを指示した。何が起きているかまったくわからなかった(I had absolutely no idea what was happening)。何をチェックするというのだ? 俺たちはビッグスクリーンの映像を見ながら、その後にバレットがPGを決め勝利することを想像しながら、苦痛な時を過ごした。TMOオフィシャルと何を話しているか聞けなかった。そしてポワトがアシスタントレフリーと何故協議しているのか訝しく思った。俺が聞き取れたのは「アクシデンタル」という単語だけ、それを聞けば十分だった。「レフリー」俺は言った「あれはいつでもペナルティだ(that is a penalty every day of the week)。」
 レフリーがゲームを再開し、ペナルティではなくNZボール・スクラムを指示した。信じられなかった(I was in disbelief)。試合後のインタビューの時も、なぜ常にペナルティとなっていた違反(an infringement)が、突然アクシデンタルとされ、単なるスクラム相当になったのか、考え続けていた。あの瞬間、冷静さを保つことにベストを尽くした、しかし、スクラムでの再開を見過ごせなかった。たしかに、それまでに何度も得点する機会を逃していた、とか、いくつかのペナルティを犯しPGを決められていたーその中には自分の愚かなのも(a very dumb one from me)あって、デイリーにハーフウェイからPGを決められたーでも、重大なレフリングについては、誰だって正しく吹いてほしいと思うだろう。レフリー陣は混乱していて、何が正しいかわからなくなっていたのだろう。規則ははっきりしていて、みんなが知っている。ライオンズの選手たちもそうだろう。だからと言って、ライオンズの選手たちがレフリーの判断を覆そうとしたことを責めることはできない。俺たちだって、同じことをしただろう。 
 ノーサイドの笛が吹かれた。傷ついていた(I was just deflated)。唖然として立ちすくみ、レフリーの判定へのフラストレーションが込み上げてきた。疑問というより確信をもってチームメートに言った。’Mate, that was just a ridiculous call.’ 』(p256258

2 同じ場面をライオンズ・キャプテン・ウォーバートンは自伝の中でこう書いている。
『ファレルのPG15-15の同点に追いついた。残り2分。Titanic match. Titanic series. Not over yet. バレットのキックオフ。ウイリアムス(以下「LW」)とリード(以下「KR」)がジャンプする。ボールがLWからオーウェンス(以下「KO」)へ。KOLWよりもわずかに前にいた。本能的にKOがボールをキャッチするーすぐに反応しー両腕を拡げボールを落とす、オフサイド・ポジションにいることを知っていたから。
遅かった(Too late)。ポワトが笛を吹く。NZボール・ペナルティ。信じられなかった。これが典型的なNZの戦い方だ。 ペナルティのクイックリスタートに注意するよう叫んだ。彼らがPGを狙うのならばなすすべもない。だけれども、クイックに対しては防ぎようがある。
 ポワトがTMOに聞こうか思案しているように見えた。傍に寄っていって、KRのLWに対するチャージをチェックするよう頼んだ。空砲だろうが、失うものはない(It’s an air shot at this stage, but I’ve got nothing to lose)。If you don’t spend your chips with two minutes to go and the series in the balance, when do you spend them? 
 I take a mouthful of this liquid we have to stop cramp, as I’ve been cramping like crazy these last few minutes. We’re not supposed to swallow the liquid, but just squirt it in, slosh it around inside our mouths and spit it out again: it works on the receptors inside the mouth.
 KRが近寄ってきた。肘と肘がぶつかるぐらいに。お互いに特別な判断だとわかっている。
 ‘Wow,’ he says. ’This is rugby.’
 ビックスクリーンにリプレーが映し出されている。瞬間ごとを徹底的に調べるかのように。キックオフの瞬間、キッカー・バレット(以下「BB」)の前にKRがいなかったか? KRの空中でのLWへのチャージは正当か? すなわち、KRはボールを獲得しようとしていたのか? KRの手がボールに触れていれば、KRのノックオンではないのか? LWからのボールは前ではなく、横ではないのか?
 4ないし5の選択肢があった。そのうちのいくつかはNZに不利になるものだった。たとえば、KRがオフサイドであれば、ライオンズボールのセンタースクラムにある。彼らがそのスクラムを崩したとしよう、そうすれば、PGを決めて勝利する。
 ただ一つ確かなことは、KOLWの前にいてボールをプレーしたことだ。だから、KOはオフサイド・ポジションにいた。では、それは故意なのか、アクシデンタルなのか?ポワトは、それを他のレフリーと協議していた。この判断にすべてがかかっていた。 
 All this, I think – I hope – is playing in the minds of the officials. No one wants any series settled on such a contentious decision, let alone a series which has been as momentous as this one has.
 There’s about half a minute of Poite discussing things with the TMO before he comes over to Read and me.
 ‘We have a deal,’ he says. ‘We have a deal about the offside 16.’ It’s maybe not the best word to use, ‘deal’ – it implies some sort of agreement cooked up – but I think he means ‘decision’ and, in the heat of the moment speaking in a language that’s not his own, he picked slightly the wrong word. ‘He did not deliberately play the ball, OK? It was an accidental offside.’
 Read’s not happy. ‘No,no,no.’
 ‘It was an accidental offside,’ Poite repeats. ‘So scrum for black.’
 ‘Romain,’ Read says. ‘Romain.’
 But Poite’s made his mind up. I intertwine my fingers together so the boys can see. Scrum. Get in position and pack down before he can change his mind again.
 Just over a minute to hold them out. 』(p328332


3 ガットランドはこう書いている。残り2分で1515に追いついたシーン。
It was a zero-sum game now: every tiny mistake was a massive advantage to the opposition. And I have to admit that for a moment, I feared we had made the mistake that would really matter. The restart from Owen’s last penalty a little over two minutes from time went high on Liam Williams, who spilled the ball in aerial contact into Kieran Read, the New Zealand captain. The ricochet fell to Ken Owens, on the field as substitute hooker, and at first glance it looked as though Ken had held the ball for a split-second before dropping it. The Kiwis, players and crowd together, appealed for offside and Romain Poite duly awarded them the shot at goal they craved.
 I was in quite a state up there in the coaches’ box. ‘Please God, don’t let us lose it like this,’ I said, to everyone in general and no one in particular. At this point, Sam Warburton played a blinder, asking ever-so-politely if it might be worth checking upstairs as to the exact chain of events. There was plenty of check, in fairness: for example, it is clear now that Read was offside from the kick-off, and not so clear that he was ever in a position to catch the ball despite his head start. It is equally clear that Ken Owens thought on his feet by unplaying the ball immediately he had played it. The upshot was that Poite changed his mind on advice from his colleagues and awarded the All Blacks a scrum for an ‘accidental offside’. This was his ‘deal’ as he interestingly put it. The All Blacks were flabbergasted – I don’t think I’ve ever seen Kieran Read, a gentleman of the game, so unhappy at a decision – but for us, it was a result. They’re still talking about it in New Zealand now and I can see their point: we were lucky to survive intact. There again, Aaron Paterson, a Kiwi friend of mine who does a lot of Television Match Official work, felt the ball had gone lateral off Liam Williams, not forwards. That was his take. I’m in no hurry to argue with him.』(P325326

令和3717

第9回<Association Recherche Art Géo Construit à Sendai>展のご案内です。

本来、10年目を迎える仙台・アート・ジェオ・コンストウルイ研究会展、昨年、コロナ禍の影響で中止しましたが、今回は、皆様の要望に答えて開催する運びと成りましたのでお知らせさせて頂きます。展示会場はこれまでの大手町のギャラリー・ターンアラウンドと異なり、仙台フォーラス7階 ・EVEN のTURN ANOTHER ROUND です。勿論、同列・ギャラリーです。マスク着用でお越し下さい。