2019W杯・備忘録 86
~ ライオンズ(5) ~
2017ライオンズNZツアーは1勝1敗1分けの「引き分け」と言われている。
ガットランド、ライオンズ第3章は次のようにはじまる。
『この写真は、ラグビー史上最も偉大な瞬間として語る継がれていくことだろう。あの1995年W杯でネルソン・マンデラ大統領からフランソワ・ピナール主将にカップが授与されている写真とともに。負けることなど考えてもいないライオンズとオールブラックスが激突したテストシリーズ、2017年ライオンズツアー:オークランドにおけるドローでの幕切れ:両チームの讃え合い。
フランス人レフリー・ロマン・ポワトがノーサイドの笛を吹いたとき、茫然としていた。NZハンセンHCがピッチを横切り近づいてきて、気分はどう?と聞いてきた。’It’s a bit like kissing your sister, isn’t it?’ そう答えた。延長戦を行うべきだ、あるいは、PK戦で決着をつけるべきだ、という考えもあろう。換言すれば、アメリカ方式(The American solution)。ドローはアメリカ・スポーツには存在しない。たぶんそれだからクリケットがアメリカに根付かなかったのだろう。5日間戦って勝者がいない?彼らにはホワイトハウスにコミュニストがいる方が想像できるのだろう。
But when I look at that photograph now, I feel nothing but pride and positivity.』(p295)
引き分けを認める文化と認めない文化、いろいろな観点から論ずることができそうなテーマである。かつてのイングランド・アマチュア・ラグビーは勝敗にこだわらないことを旨としていた。だから、選手権なんて認めない。W杯なんて、「以ての外」だった。
2019W杯では、予選プールで勝ち点が同じ場合、①当該チーム対戦で勝った方 ②総得失点差 ③総得トライ数と総失トライ数の差 ④総得点 ⑤総トライ数 ⑥WRランキングの高い方 で順位を決定することになっていた。
これに倣って 2017ライオンズNZ遠征のテストマッチ三連戦を見返してみると、第1戦:30-15でNZの勝利、第2戦:24-21でライオンズの勝利、第3戦:15-15の引き分けであった。
総得点は、NZ:66、ライオンズ:54。
総トライは、NZ:5、ライオンズ:4。
3試合すべてで、NZが先制点をあげている。3試合・240分+αの時間の中で、ライオンズが勝ち越していた時間帯は、第2戦:76分の勝ち越しPGからノーサイドまでの4分余だけ。
試合は0-0ではじまる。同点の時間帯は、第1戦:12分間、第2戦:43分間、第3戦:26分間。どういうことかと言うと、3戦合計:240分のうち、過半の155分間はNZがリードしている。
それでも、人々は引き分けのシリーズであったと記憶している。
先制点がNZなら、試合の最後に得点したのは3試合ともライオンズ。ライオンズの執念のなせるわざなのか…
レフリーは「中立の立場」であることが望まれる。フランス人ラガーはライオンズ遠征にお呼びでないが、フランス人レフリーはライオンズ遠征の重要人物となる。
2019W杯でも笛を吹いたロマン・ポワト(FRA)は、大会前「国際主審:2度のW杯(2011・2015)と2度のライオンズ遠征(2013・2017)で主審を務めている」と紹介されていた。
そのポワトが主審を務めた2017ライオンズNZ遠征・テストシリーズ第3戦、今に語り継がれる「事件」が起きた。
後半残り2分でのレフリーの笛の変更。ある意味、TMOが導入されたことで起きた「事件」でもある。TMO導入前であれば、こんなことは起きなかった。
ガットランドも、NZ主将:リードも、ライオンズ主将:ウォーバートンも自伝の中で長々と感情を込めて書いているシーン(興味のある方は、(参考)をお読みください)。
今回のライオンズRSA遠征は、コロナ禍ということで、中立の立場のレフリーを連れてくることが叶わないのであろう。ここまでの試合を見る限り、ペイパー(RSA)・バーンズ(ENG)の2019W杯でも吹いた二人が軸になり、TMOはユンカー(RSA:元トップレフリー)が務めそうだ。水曜日(2021年7月14日)のライオンズvs南アフリカAの試合は、主審:ペイパー、副審:バーンズ、TMO:ユンカー(RSA)だった。見ていると、微妙に自国に味方している気がしてくる。ヨーロッパの笛とRSAの笛の違いに由来するのかもしれないが…
今回のライオンズRSA遠征、どの協会所属の誰がどんな笛を吹くのかも興味深い。
コロナの影響で、各国代表の強化プランが大きく狂ってきているだろう。それとともに、良質なレフリーを育てる最良の機会である緊張感のあるテストマッチで、新しい人材が笛を吹く機会が奪われている。次回W杯にどんな影響が出るのか心配である。
( 参考 )
2017ライオンズNZツアー第3戦は15-15でノーサイド。残り4分で起死回生のPGをファレルが決め、同点となり、次のリスタート・NZキックオフをライオンズ・15番がノックオンしたところで「事件」は起きた。最近、J-sportで再放送された試合を見ていると、解説・大西がレフリーの笛が吹かれる前に「ノックオン・オフサイド!」と叫んでいる。
*―1 この場面をNZ・キャプテン・リードは自伝の中でこう回想している。
『ファレルがPGを狙っているときに、ゴールポストの後ろでバレットに「(次のキックオフは)俺に蹴ってくれ」と言っていた。キックオフ・ボールをすぐにでも取り戻す必要がある。俺たちは、こういうリスタートをしばしば使っていた。俺のやることは、キックオフ・ボールをチェイスして全力で走るだけ。なんとか残っているエネルギーで、ジャンプし、相手15番・ウィリアムスのキャッチにプレッシャーをかけるのがやっとだった。ウィリアムスはキャッチし損ないボールを前に落とした…交替で入っていたフッカー・オーウェンスの腕の中に。レフリー・ポワトはペナルティの笛を吹いた。This was the moment! And then, it wasn’t. 突然、ライオンズの選手たちがポワトに別の角度からも見るように哀願し、大混乱になった(there was just absolute confusion)。ポワトは時計を止め、TMOを指示した。何が起きているかまったくわからなかった(I had absolutely no idea what was happening)。何をチェックするというのだ? 俺たちはビッグスクリーンの映像を見ながら、その後にバレットがPGを決め勝利することを想像しながら、苦痛な時を過ごした。TMOオフィシャルと何を話しているか聞けなかった。そしてポワトがアシスタントレフリーと何故協議しているのか訝しく思った。俺が聞き取れたのは「アクシデンタル」という単語だけ、それを聞けば十分だった。「レフリー」俺は言った「あれはいつでもペナルティだ(that is a penalty every day of the week)。」
レフリーがゲームを再開し、ペナルティではなくNZボール・スクラムを指示した。信じられなかった(I was in disbelief)。試合後のインタビューの時も、なぜ常にペナルティとなっていた違反(an infringement)が、突然アクシデンタルとされ、単なるスクラム相当になったのか、考え続けていた。あの瞬間、冷静さを保つことにベストを尽くした、しかし、スクラムでの再開を見過ごせなかった。たしかに、それまでに何度も得点する機会を逃していた、とか、いくつかのペナルティを犯しPGを決められていたーその中には自分の愚かなのも(a very dumb one from me)あって、デイリーにハーフウェイからPGを決められたーでも、重大なレフリングについては、誰だって正しく吹いてほしいと思うだろう。レフリー陣は混乱していて、何が正しいかわからなくなっていたのだろう。規則ははっきりしていて、みんなが知っている。ライオンズの選手たちもそうだろう。だからと言って、ライオンズの選手たちがレフリーの判断を覆そうとしたことを責めることはできない。俺たちだって、同じことをしただろう。 …
ノーサイドの笛が吹かれた。傷ついていた(I was just deflated)。唖然として立ちすくみ、レフリーの判定へのフラストレーションが込み上げてきた。疑問というより確信をもってチームメートに言った。’Mate, that was just a ridiculous call.’ 』(p256~258)
*―2 同じ場面をライオンズ・キャプテン・ウォーバートンは自伝の中でこう書いている。
『ファレルのPGで15-15の同点に追いついた。残り2分。Titanic match. Titanic series. Not over yet. バレットのキックオフ。ウイリアムス(以下「LW」)とリード(以下「KR」)がジャンプする。ボールがLWからオーウェンス(以下「KO」)へ。KOはLWよりもわずかに前にいた。本能的にKOがボールをキャッチするーすぐに反応しー両腕を拡げボールを落とす、オフサイド・ポジションにいることを知っていたから。
遅かった(Too late)。ポワトが笛を吹く。NZボール・ペナルティ。信じられなかった。これが典型的なNZの戦い方だ。… ペナルティのクイックリスタートに注意するよう叫んだ。彼らがPGを狙うのならばなすすべもない。だけれども、クイックに対しては防ぎようがある。
ポワトがTMOに聞こうか思案しているように見えた。傍に寄っていって、KRのLWに対するチャージをチェックするよう頼んだ。空砲だろうが、失うものはない(It’s an air shot at this stage, but I’ve got nothing to lose)。If you don’t spend your chips with two minutes to go and the series in the balance, when do you spend them?
I take a mouthful of this liquid we have to stop cramp, as I’ve been cramping like crazy these last few minutes. We’re not supposed to swallow the liquid, but just squirt it in, slosh it around inside our mouths and spit it out again: it works on the receptors inside the mouth.
KRが近寄ってきた。肘と肘がぶつかるぐらいに。お互いに特別な判断だとわかっている。
‘Wow,’ he says. ’This is rugby.’
ビックスクリーンにリプレーが映し出されている。瞬間ごとを徹底的に調べるかのように。キックオフの瞬間、キッカー・バレット(以下「BB」)の前にKRがいなかったか? KRの空中でのLWへのチャージは正当か? すなわち、KRはボールを獲得しようとしていたのか? KRの手がボールに触れていれば、KRのノックオンではないのか? LWからのボールは前ではなく、横ではないのか?
4ないし5の選択肢があった。そのうちのいくつかはNZに不利になるものだった。たとえば、KRがオフサイドであれば、ライオンズボールのセンタースクラムにある。彼らがそのスクラムを崩したとしよう、そうすれば、PGを決めて勝利する。
ただ一つ確かなことは、KOはLWの前にいてボールをプレーしたことだ。だから、KOはオフサイド・ポジションにいた。では、それは故意なのか、アクシデンタルなのか?ポワトは、それを他のレフリーと協議していた。この判断にすべてがかかっていた。 …
All this, I think – I hope – is playing in the minds of the officials. No one wants any series settled on such a contentious decision, let alone a series which has been as momentous as this one has.
There’s about half a minute of Poite discussing things with the TMO before he comes over to Read and me.
‘We have a deal,’ he says. ‘We have a deal about the offside 16.’ It’s maybe not the best word to use, ‘deal’ – it implies some sort of agreement cooked up – but I think he means ‘decision’ and, in the heat of the moment speaking in a language that’s not his own, he picked slightly the wrong word. ‘He did not deliberately play the ball, OK? It was an accidental offside.’
Read’s not happy. ‘No,no,no.’
‘It was an accidental offside,’ Poite repeats. ‘So scrum for black.’
‘Romain,’ Read says. ‘Romain.’
But Poite’s made his mind up. I intertwine my fingers together so the boys can see. Scrum. Get in position and pack down before he can change his mind again.
Just over a minute to hold them out. 』(p328~332)
*―3 ガットランドはこう書いている。残り2分で15-15に追いついたシーン。
『It was a zero-sum game now: every tiny mistake was a massive advantage to the opposition. And I have to admit that for a moment, I feared we had made the mistake that would really matter. The restart from Owen’s last penalty a little over two minutes from time went high on Liam Williams, who spilled the ball in aerial contact into Kieran Read, the New Zealand captain. The ricochet fell to Ken Owens, on the field as substitute hooker, and at first glance it looked as though Ken had held the ball for a split-second before dropping it. The Kiwis, players and crowd together, appealed for offside and Romain Poite duly awarded them the shot at goal they craved.
I was in quite a state up there in the coaches’ box. ‘Please God, don’t let us lose it like this,’ I said, to everyone in general and no one in particular. At this point, Sam Warburton played a blinder, asking ever-so-politely if it might be worth checking upstairs as to the exact chain of events. There was plenty of check, in fairness: for example, it is clear now that Read was offside from the kick-off, and not so clear that he was ever in a position to catch the ball despite his head start. It is equally clear that Ken Owens thought on his feet by unplaying the ball immediately he had played it. The upshot was that Poite changed his mind on advice from his colleagues and awarded the All Blacks a scrum for an ‘accidental offside’. This was his ‘deal’ as he interestingly put it. The All Blacks were flabbergasted – I don’t think I’ve ever seen Kieran Read, a gentleman of the game, so unhappy at a decision – but for us, it was a result. They’re still talking about it in New Zealand now and I can see their point: we were lucky to survive intact. There again, Aaron Paterson, a Kiwi friend of mine who does a lot of Television Match Official work, felt the ball had gone lateral off Liam Williams, not forwards. That was his take. I’m in no hurry to argue with him.』(P325・326)
令和3年7月17日
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