2021年10月24日日曜日

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 100

                                        2019 W杯・備忘録 100

 6回大会・準々決勝 FRA/NZ 

 万年優勝候補のNZ、第1回優勝して以降、第2回:準決勝敗退、第3回:決勝敗北、第4回:準決勝敗退、第5回:準決勝敗退と、負け続けてきた。
 「負けに不思議の負けなし」、毎回の敗北には、それなりの理由がある(のだろう)。NZ10番・ダン・カーターの自伝では「(第5回大会までの)僕たちの問題は、ワールドカップが特別な大会であるにもかかわらず、特別な準備をしていないことだった。他のチームのこの大会にかける意気込みは違った。そしてオールブラックスは、第1回大会で優勝したのを最後に、他国のチームに惜しいところで負け続けていた。改革が必要だった。  僕はこの2004年の北半球ツアーこそが、現在のオールブラックスが成し遂げてきた進化においてもっとも重要な期間だったと記憶している。」(ダン・カーター/ダンカン・グレイブ 児島修訳『ダン・カーター自伝 オールブラックス伝説の10番』東洋館出版社 2016年 p150

 改革が実を結んだかに見えていた第6回大会、予選プールは、いつも同様、危なげなく1位で突破した。そして迎えた準々決勝、またも負けた。しかも初めてベスト4にも進めずに。

 80分間の密度の濃い試合。しかも「たった」2点差。勝因も敗因もワンプレー・ワンプレーに宿っている。敗因を一言で言い表すのはナンセンスだけれど、見出し的には「誤審が勝敗を分けた」。

 試合経過は次の通り。FRAの得点は「○」、失点は「」、FRAが得点を逃したのは「×」、NZが得点を逃したのは「*」。

得点
種類
起点となった(リ)スタート




×






×
×

 3


 6


12
15



16

23
29
36
39







 0- 3




 0-10


 0-13

 3-13

ケガ


DG


PG
T



TG

PG
PG
PG
PG
FRAのキックオフで試合開始。
FRA6が味方選手とぶつかり倒れて試合が止められる。この当時はHIAが存在しなかった。ドクターも入り、18が交替で入る。
NZP(ノット・ロールアウェイ):FRAPKをタッチに蹴り出す。⇒FRA・ラインアウト・18がキャッチしモールで前進91012縦(ラック)915・中央30mDGを外す
FRAP(ノット・ロールアウェイ)NZ・⑩・PG
FRAラインアウトをスチール⑨→⑩→⑫ラン→⑨(ラック)⑥→⑪→⑧→⑤・トライ!?TMOで足がタッチに出ていたとしてノートライ⇒
FRAゴール前のFRA・ラインアウト910タッチキック⇒NZ・クイック・⑪→⑮ラン(ラック)⑨→⑦→⑩→⑫ラン←⑧→⑫トライ・⑩・G
NZP(ノット・ロールアウェイ)FRA10PG外す
FRAP(オフサイド)NZ・⑩・PG
NZP(オフサイド)FRA9PG外す
NZP(モール・サイドエントリー)FRA10PG












45



51


52



62



67

72
 6-13






13-13



13-18



20-18
PG



DG


TG



T



TG
NZ22m内のFRAラインアウト・モールでNZゴール前に迫る(NZP・レフリー「アドバンテージ」)910・インゴールへチップキック。NZ⑫オブストラクション・イエロー
FRA10PG
NZスクラムを押し⑧サイド(ラック)⑨→⑱(ラック)⑨(ラック)⑦(ラック)⑱→⑭(ラック)⑦(ラック)⑨→⑩・DG外す ⇒
FRA・リスタートのDO。クイックで18が自ら取り912ラン→13(ラック)912511(ラック)912141518(ラック)911縦(ラック)9125(ラック)1216(ラック)912147トライ・10G
NZ陣内FRAラインアウトをスチール⑳→㉑→⑫→⑦(ラック)⑳→⑦→⑪→⑥(ラック)⑳→⑪→㉑→⑧(ラック)⑦(ラック)⑳縦(ラック)⑤縦(ラック)⑯縦(ラック)⑱縦(ラック)⑳→⑧トライ・⑫・Gを外す
FRA陣内FRAスクラム18152040mラン→12トライ・9G
NZDOを近くに蹴り一旦FRAボールになるもターンオーバー・27フェーズを重ねFRAゴール前に・ターンオーバー・915タッチではなく反対方向に蹴る・⑱キャッチしてラン(ラック)⑧→⑮→⑬(ラック)⑧→⑫→⑬(ラック)⑱→⑫→①(ラック)⑧(ラック・ターンオーバー)9タッチキック
NZラインアウト・モール⑳→⑪(ラック)⑦(ラック)⑳→⑫・FRA選手がノックオン(レフリー・手を挙げて「アドバンテージ」を取りながら流す)(ラック)⑳→⑫・DG外す。何故か、アドバンテージは解消されていて、FRADOでリスタート。
(注)「→」は順目のパス。「←」は内返しのパス。
   ○に入った数字はNZ選手の背番号。

 伏線はいろいろあった。キャプテン・マコウの自伝にはこうある。『僕は縁起や迷信を気にするほうじゃないけど、予兆は一つではなかった。  僕らは、ロッカールームの選択に負け、カーディフでの定宿に泊まることもできず、さらにはいつもの黒衣も着ることも叶わず、結局キックオフのコイントスも負けてしまった。』(リッチー・マコウ/グレッグ・マクギー 斎藤健仁/野辺優子訳『突破!リッチー・マコウ自伝』東邦出版株式会社 2016年 p28) このうち、ジャージの色については、FRAが(決勝でNZと闘うことを想定して)前年新しいジャージの色を従来のブルーからより濃い目のブルーに変えたことからNZはいつものブラックではなくグレーのジャージを着ることになった。

 試合を支配していたのは圧倒的にNZ。ボール・ポセッシオンはNZ71%FRA29%。タックル数は、NZ36FRA178。相手陣22m内でプレーした時間、NZ810秒、FRA27秒。ラインアウトの相手ボールスチール、NZ5FRA0… どの数字を見ても、NZが一方的に攻め続けている。

 さまざまなプレーについていろいろな視点から語られてきたこの試合。興味深いことの一つがDGに関すること。
 FRA7・デゥザトワールは、ラスト10分「NZDGが怖かった」と回想している。
これに対して、マコウは次のように書いている。『(67分同点トライを決められて)僕らはポストの下に並んで立っていた。 僕の目の前にだれかが立っていた。トレーナーのビート・ギャラハーだ。彼はコーチのメッセージを伝えてくれた。「まだ時間はある」わかった。「ポゼッションをキープしろ」わかった。「敵陣でプレーしろ」わかった。「ドロップキックのオプションを忘れるな」なんだって? ドロップキックは僕らのプランにはない。そのセットアップを練習したことがない。だからその言葉は僕をパニックに陥れた。 ⑩のドロップキックがなくても、7点取ることができた。僕らは26フェーズを重ね、⑧がトライしてコンバージョンも決まった。だけど僕らの今のプランにドロップキックはない。⑨と⑩が練習で話し合っていたのはもちろん知っているが、もう二人ともいない。(交替で入った)㉑もいない。ドロップキックは僕らのプランにない。そのセットアップを練習したことがない。だからその言葉は僕をパニックに陥れた。』(p46)  『残り2分。マイボールラインアウト。最後の賭けだ。なにが起ころうとしているのか。僕はこんなになにも生み出さない、長い一連のプレーを知らない。通常ならトライかペナルティ、それもたいていは攻撃側にだ。しかし試合が膠着して、レフリーのバーンズはモールとラックの鬼軍曹ではなくなってしまった。彼は間違いを恐れているのだと、あとになってわかった。気づいたときには遅すぎた。彼は大きなジャッジはしなかった。バーンズにとっての初めてのビッグゲーム。僕らと同じようにワールドカップの準々決勝というプレッシャーが彼に大きくのしかかっていたのだ。ラインアウトで集まったとき、⑯が僕の心を読み取って、ドロップゴールを提案した。僕はまだその判断をしたくなかった。だがそうするべきだった。もうラストプレー。僕は納得して、そのチャンスが来たらそうするようにと⑫に言った。それが僕にできるすべてだった。残り90秒。ラインアウトからボールは投げられ④がキャッチ。⑪が敵陣22mに切れ込み、⑧が突進して、僕が突破する。ゴールまで20m。しかしボールがリサイクルされたときに立っていたのはプロップの③だけで、バックスはフラットに立っていた。③は重い足取りで進み、バックスを待ったがFRAのディフェンスにふさがれる。僕らは10mまで下げられた。ブレイクダウンでFRAがノックオンし、バーンズはアドバンテージを見ていたので、僕らはスクラムしかなかった。⑫は仕方なくドロップキックを選択した。だが彼はハーフウェイに立っていたので、ボールがゴールラインに届くまでに2回バウンドした。アドバンテージは解消された。』(p48
後日、この試合に関するNZ協会のチェック・報告(翌年4月)の中に、キャプテンシーに関することもあり、「67分時点、キャプテンは、ベンチの指示を守ったか」が問題視された。これに関して、マコウは『417日木曜日、報告をリリースする記者会見で、HCは僕のキャプテンシーに対して熱っぽく弁護してくれた。そのことはとても感謝しているのだけれど、調査側にはそうした質問がなかったのはいささか不思議だった。たしかにそのメッセージは伝えられたが、今までのプランのなかにドロップキックはあったか? 練習したことはあったか?』(p140

 もう一つ興味深いのは「誤審」について。
 FRAが同点に追いついた67分のトライ。15から20へのパスは明らかにスローフォワード、しかしレフリーは笛を吹かなかった。試合後、数日たってIRBのレフリー委員長が公式に「あれはスローフォワードだった」と声明を出した。覆水盆に返らず
 あのワンプレーの判断だけが間違っていたのか。この試合、FRAP2回、しかも前半12分:ノット・ロールアウェイ、29分:オフサイドのみ。いずれもNZPGを決めている。後半はゼロ! NZPは前半6回、後半2回。
 マコウはこう回想している。『僕はバーンズを責めるつもりはない。ただワールドカップで開催国と優勝候補の準々決勝での対戦に、最も経験のないレフリーを指名した人間に憤りを感じるだけだ。両チームには経験のあるレフリーがふさわしい。僕の不満はバーンズの経験のなさではない。この試合はバーンズにとって今までで最もビッグゲームだ。大舞台で経験のないレフリーはミスを過剰に恐れ、すべての判断を止めてしまう。僕はバーンズが恐怖のあまり積極的なジャッジができなくなっていたんじゃないかと思っている。』(p60

 28歳・経験値の低かったバーンズ(ENG)、この試合後にはネット上で「殺害予告」まで出された。その後成長し、現時点では世界最高のレフリーになっている。2019大会:準々決勝:RSA/JPNの主審も務めた。
                             令和31023

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