2023年6月25日日曜日

上原さんと黒田さんの絶好調コンビに再会出来ました。

 6月20日、15時に上原さんと黒田さんに久しぶりに再会、と言っても上原さんとは偶然、仕事場の前で荷物を移動中にバッタリお会いして挨拶のみ。彼はメデイアテークへ行く途中で急足、挨拶のみで失礼して居ましたが。今日はゆっくり、お茶に誘われて、お喋り出来ました。コーヒーをご一緒にと誘われて、コーヒーが出るのかと思いきや🙏🤩 フランス式と言うか、歓迎に🥂 シャンペーンを、その後、黒田さんのペースで🍺ビール、🍶日本酒とツマミも最高、好物のホヤまで、饅頭も出て。私はコーヒーを2杯頂きました。7月1日、調布に在る 東京アートミュージアムに作品を出品する二人、オープニングに参加すると言う話で盛り上がり、黒田さん大張り切りでした🎉

3回目の Satoru Sato Art Museum への訪問は、6月15日、夏川芸術橋・清掃の日 🙏 でした🤩

6月15日は夏川芸術橋・清掃の日です。いつもの様に、仙台フォーラス前を8時15分に出発。9時45分に登米市役所前で下車。その後、いつもの様に中田生涯学習センターに着き。早速、3階の Museum に新しく展示された1室、2室、3室と作品を拝見。 前回の打ち合わせ通り、微調整の必要も無い見事な展示でした(後日、詳しく説明いたしますが、今回の第一室はミュージアムでの初公開・版画中心の展示ですが。特に、ジョセフ・アルバーズ = Josef Albers  1888〜1976年のシルク版画4点が目玉です)。その後、収蔵庫の中を点検。以前と異なり、年々、作品はキチンと傷まない様に整理され見やすい様に大切に管理されています。🙏 所長と野外作品の打ち合わせも済んでから職員の皆さんで一緒にランチを頂きました。午後に、待望の夏川芸術橋(Natsukawa Ponet des Arts )の清掃の日。登米市サトル・アート・ミュージアム友の会の皆様も現地に集合、小雨が霧の様に晴れそうで晴れない中、皆さんで掃除出来ました。地面が濡れて実は埃が立たず雑草の根も簡単に取り除く事が出来ました。前の日、何と、野家事務局長が事前に一部、既に掃除していたので今日は助かりました。綺麗に掃除を終えて皆さんでいつもの様に写真を撮り。帰り際、会長の作ったもぎたてのキュリや、事務局長のケーキ、参加予定の菅原さんから急に用事が出来て参加出来ないのでとドリンク類を皆さんで飲んで下さいと頂き、皆さんでお裾分けして頂きました。写真は前列左からミュージアムの粕谷さん、佐藤顧問、菅原副会長、後列、左から野家事務局長、及川会長、秋山副館長の皆様です。明日は足、腰、肩が痛く成るのではと粕谷さんが言ったので。明日!私の方は大丈夫ですと言ったら皆さん大笑い。真面目な話。最近、体を動かすと、疲れは次の日に出ないので〜す。但し、但し、3日後辺りに疲れが痛さが出ま〜す  😱😵‍💫 と言ったら納得いただきました。 帰りはセンターに戻り、頂いた美味しいケーキとコーヒーを頂き、疲れも取れて😵😋 いつもの時間帯より一つ遅い17時30分の高速バス で、無事、仙台に戻れました。仙台に戻ると、私のカバンにはケーキが1個、入って居まして。勿論、ケーキ屋さんを経営して居る野家事務局長の作った 2個目のケーキを頂きました。今日も仲間達に囲まれて楽しい1日を過ごす事が出来ました。

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 184

 昨日 長野県立大学で 6時間続けて 話して 咽喉が枯れました

カラオケで喉を鍛える重要性を 再認識しました

 
2019 W杯・備忘録 184
~  M4 ~
 
2019W杯第4試合、NZ 23-13 RSAという結果が残されている。
 
試合前のコイントス、RSAコリシが投げて・NZがキックオフを取り・RSAが陣地を決める。
 
以下、大文字はNZ、小文字はRSAのリスタート
 
K¹ P¹-pg¹(10)                            0-3 (1分)
 
K² p¹-L¹ f¹ L² s¹ l¹ S¹ p²-L³ S² l² s² P²-pg* l³ p³-PG¹(10) 3-321分)
 
k¹ T¹(11)G¹(10)                        10-3 (23分)
 
k² T²(5)G²(10)                         17-3 (26分)
 
k³ l⁴ l⁵ S³ p-PG* d¹ s³ l⁶ 
 
RSA7フェーズを重ねNZ22m内に入るも7番ノックオンでハーフタイム
 
k⁴ S-F¹-S-p-L⁴ L⁵ L⁶ t¹(7)g¹(10)             17-10 (47分)
 
K³ s⁴ S⁶ p-L-P³-l⁷ dg¹(10)                  17-13 (58分)
 
K⁴ s-p-PG²(10)                        20-13 (65分)
 
k⁵ l⁸ p-L⁸ L⁹ p-PG³(15)                   23-13 (71分)
 
k⁶ S⁷ S⁸ s-P⁴(銅鑼の音)-l
 
RSAバックスに回すも15番ノックオン⇒ノーサイド
 
TMOとの会話はあるもののレフリーが映像を見る機会はゼロ
 
それにしても「他の試合結果が同じだと仮定して」この試合でNZが負けていれば、
①準々決勝:JPN、準決勝:WALと対戦したことになり、かなりの確率で決勝に進んでいた… 
②予選プール第4戦:NZ/ITAは、第3戦を終えて両チーム同勝点となり、台風⇒試合中止⇒引分扱いとはならなかった可能性が高いのでは…
 
RSA、この試合の学び・教訓は大きかったのでは、という意味で将に「負けるが勝ち」
①この試合、負けたのは23分・26分と立て続けにマイボール・キックオフからトライ・ゴールを取られたこと。弱小チームでも滅多にない連続ノーホイッスル失トライ。原因は、伝統的強みである「守りから入る」という殻を破ろうとして前半から攻撃のギアを上げ過ぎたこと。これで原点回帰できたのではないだろうか。「たられば」であるが、この時間帯にRSAが得点していれば、その後のRSAの戦略が変わったかもしれない…
②スクラムで苦しんだ!? 象徴的なのが後半開始早々の「S-F¹-S-p-L⁴」。S⁴では落ちて組み直しの後、「RSAがスクラムを安定させていない」としてNZFKが与えられ・NZがスクラムを選択して「S⁵」に。このスクラムも落ちて⇒RSAのコラプシング「p⁵」と判定された。60分にも「s⁵」RSAボールスクラムで二度組み直しの後RSAのコラプシング「p⁷」と判定された。どちらとも言えない微妙な判定。それでも、終了間際「s⁶」ではNZのコラプシング「P⁴」で留飲を下げた…
③最大の収穫は、レフリーがガルセス(FRA)だったこと。準決勝・決勝のレフリーにこの段階で遭遇し・微妙な判定に苦しめられ・でも素直に従っていたことが後に実を結んだ。
 
RSA2015に続いて2大会連続予選プール初戦敗北、しかもレフリーは2試合ともガルセス(FRA)。それ以前、予選プールで負けたのは、2003ENG戦のみ。
 
NZは予選プールで負け知らず。この試合までに10点差以内の勝利は、199118-12ENG31-21ITA201526-16ARG3試合のみ。予選プールの王者であることは間違いない。2023開幕戦、NZの不敗神話が終わるのか…
 
令和5625

10年ぶりの再会・安保淳一税理士

6月21日、安保税理士さんと久しぶりに再会出来ました。約 10年前、春日の勝ちゃんの紹介で、第2回仙台アートジェオコンストウルイ研究会展の最終日(2013年9月22日)、会場の仙建ギャラリーに訪ねて下さったのが勝ちゃんと同期の税理士・安保先生(当時の私のブログに顔写真が載って居ます)。今年の1月26日、私の日本での税理を担当して居た勝ちゃんは、夏に仙台に行ったら必ず会う様にとメールが届いて居て。そこには彼の同僚の安保税理士さんと、後輩の及川税理士さんの名前と住所、電話番号が記されて居ました。勝ちゃんとはその後、電話で夏のサトルを囲む、ミニクラス会の事をお喋りしたり、奥様の事、お互いに体調には気をつける様にと話し合って居ましたが。その後、抗癌剤はきついんだよと。他人事の様に言って居ましたが。4月に勝ちゃんが他界したと息子さんから連絡が在り驚きました。今回、仙台メトロポリタンホテルの1階ロビーで安保先生と再会は、勝ちゃんの思い出話で時間が過ぎてしまいました。当時、新宿区若松町の税理大学校に何度か遊びに行った事も、懐かしい60年前の話にも、安保さんから、勝ちゃんは現場に春日会が在る様に、同僚、部下に慕われて居た存在とも伺い、流石と納得した所でした。合掌

2023年6月21日水曜日

牛タンと言えば仙台 🤑、喜助の牛タンを・・・

 6月9日の夕食は、喜助の牛タンを昨年の夏以来。久しぶりに階段を降りてお店に入ったら、いつもと同じ様にいつもの席で。私は1、5人分の牛タンを、松ちゃんは1人前を、美味しく楽しく頂きました。


2023年6月20日火曜日

今日は2回目の訪問・・・

 6月8日、高速道路から県道に入ると綺麗な若々しいと言うより、田植えが終えたばかりの瑞々しい田園風景が眼に入ってきました。今日は菊池所長のお迎えで 10時過ぎに、Satoru Sato Art Museum に着くと、既に粕谷さんの作成した次回の展示計画図面が私専用のテーブルの上に置いて在り、前回の打ち合わせに添った図面にいつもの様に作品写真が載せて見やすく成っていました。展示計画は変更無しで、粕谷さんは明日から展示作業に取りかかれると思います。今日は粕谷さんはお休みでした。12時丁度にランチを頂き、午後は南方の小野寺さんと会い、彼の車に荷物を運んで頂き。菊池所長と別れて石森の安永寺に小野寺とご一緒に訪ねました。仙台から戻られた清野和尚ご夫妻と打ち合わせも終えて、時計を見ると既に16時20分過ぎ。10分では登米市役所迄行けないので(登米市役所前、仙台行き高速バス出発時刻が16時30分)、安永寺から若柳総合支所迄送って頂き、高速バスに乗れて仙台に戻れました。小野寺さんは小野寺重機の会長、安永寺に設置した御影石の作品の基礎工事を担当して下さった友人でも在ります。

2023年6月17日土曜日

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 183 ~M 3~

                                             2019 W杯・備忘録 183

~  M 3 ~
 
2019W杯第3試合、FRA 23-21 ARGという結果が残されている。
 
試合前のコイントス、FRAギラドが投げて・FRAがキックオフを取り・ARGが陣地を決める。
 
以下、大文字はFRA、小文字はARGのリスタート
 
K¹ l¹ s¹-P¹-l² L¹ l³ s² s³-P²-pg*(10) D¹ P³-pg¹(10)     0- 3 (14分)
 
K² d¹ T¹(12)・G¹(10)                      7- 3 (17分)
 
k¹ T²(9)G²(10)                         14- 3 (21分)
 
k² s-f¹ S¹ p¹-PG¹(10)                     17- 3 (29分)
 
k³ P-l⁴ P-l⁵ s⁵ P-s-p² L² p³-L³ p-PG²(10)        20- 3 (40分)
 
38分、ARGゴール前でのFRAノックオン⇒ARGスクラムの笛のあと、TMOからのレポート(レフリーは映像確認せず)でARG・ハイタックル=「p⁴」と判定が変わり、FRA10番がボールをセットしている間に銅鑼の音、PGが決まって・ハーフタイム
 
k⁴ P-l⁶ t¹(4)g¹(10)                       20-10 (42分)
 
K³ S²-P-l⁷ l⁸ S³ l-P-l¹⁰ P¹⁰-l¹¹ t²(16)            20-15  (53分)
 
K⁴ L⁴ P¹¹-pg²(22)                        20-18  (60分)
 
K⁵ s⁷ TMO¹ P¹²-pg³(22)                     20-21  (67分)
 
K⁶ DG¹(22)                           23-21  (69分)
 
K⁵ l¹² l¹³ L⁵ L-p-PG*10) d² P¹³-pg*(15) D²
 
7814秒:FRA12番・危険なタックルの「P¹³」⇒7934秒:ARG15PGを狙うもわずかに外れる⇒7943秒:FRA23番インゴールでタッチダウン⇒8025秒:FRA22番ドロップアウトを蹴る→ARG22番自陣でキャッチし・センターラインを越えて・掴まり・ラック→ARGFRA10mライン付近で7フェーズ→7回目のラックでFRA21番・ターンオーバー→8120秒:FRA22番蹴りだしノーサイド
 
TMOでの映像確認は一回、レフリーが映像を見て・問題なしとした。
 
両チームの初戦、ENGと同組で決勝ラウンドに進むためには、勝たねばならない・負けてはならない試合だった。
ARG、勝てた試合であり、勝っていたはずの試合だった。
試合内容を見ると、「P」の数は、FRA13ARG5。しかも、FRAは「P¹⁰」の後と「P¹¹」の後の二回、レフリーから警告を受けていた。そして、「P¹²」後に相手選手を衝いて10mポイントを下げられてもいる。FRAの伝統的素行の悪さ⇔ARGの想定外のディシプリンが際立っていた。
前半の大きな山場・分岐点の一つが、FRAゴール前5mでの「P⁶」でスクラムを選択したこと。結果論だが、タッチに蹴りだしてラインアウトからの再開(後半の2トライはこのパターン)か、PG3点を入れていれば、試合展開は変わっていた。しかし、試合の流れから見れば、それ以前にARGのスクラム機会は4回あって、1回目と3回目はFRAのコラプシングのP4回目はFRAのアーリーエンゲージでFKとスクラムで圧倒出来ていた。だから、スクラム選択は当然・必然でもあった。が、ARGにとって最大の誤算はレフリー(ガードナー(AUS)はJPN/IREの主審でもあった)がスクラムをコントロールできていなかったことかもしれない。このスクラム、まずARGがつっかけて(≒おそらく、多くのレフリーは、ARGのアーリーエンゲージ=FRAFKを与えたと思われる)、レフリー・両チーム一列目に話すも馬耳東風(FRAARG、英語で話されても…)、組み直し、二度目のスクラムはボールインの後、両チーム一列目が持ち上げられてしまい、組み直し、三度目のスクラム、両チーム一列目が落ちて、組み直し、四度目のスクラム、ボールインの後FRA・3番が押し勝って・ARGのコラプシング「p²」。チャンスを逃した。
それにしても、その直前の「P⁴」からのARG・タッチキックでFRAゴール前5mに迫り、「l⁴ P-l⁵」で取り切れれば、とか、その直後の「s⁵」、レフリーはARGのノックオンで、FRAのスクラムと判定したが、TMOからのレポートでFRA12番のノックオン(これは、あの大会以降であれば、半数のレフリーは故意のノックオンで「P」と判定するだろうと思われる。さらにその半数はペナルティトライ・イエローカードを出すだろう。)でARG・スクラムに差し替え。その直後の「P⁶」なので、FRAは連続3回の「P」、なんらかの「お咎め」があってしかるべきな気もする、などなど、突っ込みどころ満載のプレーの連続。
同様のFRAの「P」の連鎖(この時は、レフリーが二度、FRAキャプテンに警告)が後半の50分頃から。この流れで、1トライ・2PG20-21と逆転した。その直後のFRA・キックオフをキャッチしたもののターンオーバーされ、FRA3フェーズつなぎ、結果的に決勝のドロップゴールを決められる。このターンオーバー、FRAの「技あり」でもあるが、ARGからすれば、防げた・防がなければならなかったもの。まぁ、敗北したチームからは、さまざまな「たら・れば」が出てくるのだが…
 
ARGが勝っていたはずの試合だった」と未だに鮮明な記憶が残っているのは、72分:l¹³からの流れの中でARGが回している時にインターセプトしたFRA20番は明らかにオフサイド、なぜあのプレーを見落としたのか、スタジアムから見ていて驚いてしまった。そして、ラスト・ワンプレーでのFRA21番のターンオーバー、観戦していて「よくぞ、飛び込んでターンオーバーした!」と感動したが、後日、録画を見返すと、どう見ても、FRA6番のノットロールアウェー。この2つのプレーについては、試合直後のインタビューでARGHCが指摘していたが、まさしくその通り、実に気の毒だと感じている。
 
ともかく、ARGが「勝てる内容の試合」をし「勝っていたはずの試合」だったにもかかわらず、負けた。その結果、救われたのが大会全体だった。というのも、もし、ARGが勝っていたとすると、あの台風によって中止となったM34ENG/FRAの扱いが変わっていただろう。同日中止になったM35NZ/ITAITA・パリセが抗議したように、「仮に、主要国強豪国が台風のため試合ができず・予選リーグ敗退になれば、黙っておらず(現に、SCOはそういう圧力をかけた。)、WRは試合をなんとしてでも試合を行うだろう」という事態になっていた。そうなれば、より大会が盛り上がったかもしれないが、いろいろな不具合が生じた可能性も高い。その意味で、ARGがこの試合で負けていたことで大会は救われた(でも、試合をできずに大会を去っていった選手・チーム(ITACANNAM)は気の毒だった)。
 
AUS/FIJ、ほぼ100%、レフリーの誤審でFIJは負けた。
FRA/ARG20%ぐらいは、レフリーの誤審でARGは負けた…
 
令和5617