同級生の富樫昌子(旧姓髙橋昌子)= ヨシコちゃんの企画で。なんと🤩 大場家分家の八郎さんの息子、大場伸一さんと仙台メトロポリタン・ホテル、1F ロビーのシャルールで 3人でお会い出来ました。佐藤家の曽祖父(宇平治)の弟、茂平が、大場家に婿養子に迎えられました(両家は江戸時代、石森城、笠原家の筆頭家老と、米谷城の高泉家の筆頭家老の間柄)。石森生まれの茂平の子供たちが、逆に婿養子とか嫁入りとか米谷から石森に。大場家の親族に当たる伊藤家や麻喜家が新しく親戚関係に。勿論、古くから同じ町内に佐藤家と親戚関係に当たる大石家、小人町の佐藤家なども存在して居ましたが。我が家はなんせ親父が45歳で亡く成った事も在り、親戚付き合いが少なく。特に私はパリ在住でご無沙汰して居ました。1990年代、兄の紹介で気仙沼の谷村さん(大場昇さんの孫)夫妻がパリに来た時にお会いして。後日、谷村さんの紹介で著名な建築家、四谷に大きな共同設計建設事務所を持つ大場則夫さんを訪ね交流させて頂きました。谷村家でも則夫さんの影響か。建築家が 2人居て新宿に事務所を構えて居てお会いした事も、お仕事をご一緒したことも在りました。大場家の本家に当たる米谷の大場勘一、あつ子夫妻宅にお邪魔したのは今年の6月。勘一さん宅には、きちんと大場勘兵衛、茂平、弥一郎、景一夫妻の代々の家長の肖像画が飾られて居て、庭も綺麗に手入れがされて、現在も旧家の面影が在りました。伸チャン曰く、サトルさんの佐藤家が大場家の勘兵衛の娘と結婚して大場家の子供達が活躍する訳で、資料も残って居ますが。我々の親族の最初のページに必ず記されて居る、祖父の茂平さんの事は良く判らないのでと。又、従兄弟に当たる大場則夫さんとどうしてサトルさんが接点を持って居たのか。疑問でしたが、伸一さんの父が石森の本家、佐藤幸衛さん宅に寄って、昼飯をご馳走になって来たと、聞いた事も在りましたと。又、大場勘兵衛さんの娘さんは狩野家、飯塚家に嫁いで居ます。時代を超えた楽しい会話が出来ました。それにしても見事に作成された詳しい資料には驚きました。伸ちゃんは今は退職しましたが相模原市役所に勤務して居て、相模原・芸術の道などの話も、アートに詳しく、安永寺の野外作品、タイトル<無常響>の写真を自分で撮って居たのを見せて頂き驚きました(麻喜先生の墓参りに行った時に撮った写真)。理数科系の伸ちゃん管理能力抜群でした。お姉さんが 91歳で 今別れて来たところです・と。仙台在住でした。今日は北上中学の同級会で、南三陸ホテル観洋に一泊の予定で、松戸に住むヨシコちゃん、相模原に住む伸ちゃん、お二人には途中下車して頂き、お二人に感謝でした。再会を楽しみに仙台駅東口のバスターミナルの観洋行き専用バスの見送りが出来ました。
「シャルール」にしましょうか?メトロポリタンホテル
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