2020年2月6日木曜日

坂田さんからの報告・・・

おはようございます。
先日、「温暖化で八戸は雪が降りませんでした。」と連絡いたしましたが、その報いがやって来ました。
朝起きて外を見たら積雪が一晩で24cmになっていました。驚きです。真冬になってしまいました。
八戸は太平洋岸なので冬は晴れ、雪は3月に春告げ雪として積もるのが通例となっています。
今朝は最低気温が−7.8度です。最高気温はー2度の予報です。とても寒いです。家の軒下に棒ダラを干しています。天日で乾燥させておつまみとして食べます。とても美味しいです。
寒い折ですが、体調に留意され風邪などひかずにお過ごしください。      坂 田   進

 
     今年初めての雪の報告(写真)が坂田さんより届きました、鱈(タラ)が一段と美味しそうです。

2020年2月4日火曜日

眞板充江さんと中山正樹さんから、連絡を頂きました。

今日は珍しく、充江さんと中山さんから同時に個展を観に来てくれて有難うと連絡を頂きました。1月25日、パリのギャラリーで、眞板雅文さんと中山正樹さんの個展が同時に開催され、共に1970年代の作品を懐かしく拝見出来ました、眞板夫妻は我が家に泊まった事も在り、逆に私も日本で眞板宅に泊めて頂いたり、当時から、充江さんは美術家の妻の鏡と言われる程の方、昔も今も眞ちゃんの為に頑張って居ます。中山さんも昔、我が家に来た事も、勿論、銀座では時々会って居る仲間、今回は奥様同伴で素敵な方を紹介させて頂きました。

2020年2月3日月曜日

如月のご挨拶が届きました

 今日は節分、今年の恵方は、西南西、願いを込めて食べなくっちゃ、博多の守護神 櫛田神社のおたふくです、一年健康で頑張って過ごせます様にね!と、博多のマコちゃんから元気の出るメールを頂きました、楠田神社は博多祇園山笠が奉納される神社で、飾り山笠が一年中展示され、博多っ子からは「お櫛田さん」の愛称で親しまれているそうです、博多の総鎮守、祭神は正殿に大幡主命(櫛田宮)・左殿に天照皇大神(大神宮)・右殿に素戔鳴尊(祇園宮)の三神で拝殿には3つの鈴が並んでいるそうです、次回、博多に行けたら立ち寄ってみたいと思います。もう一枚の写真は出雲大社の屋根の上に掛かる雲は鳳凰の形に見えて縁起がヨカでしょうと、確かに偶然とは言えない壮大な雲が鳳凰が飛んでいる様に見えます、今年もこれから全快です。



               

2020年2月2日日曜日

佐藤 正其さんからの連絡・・・

岡島さんのラグビー・2019W杯  備忘録を、いつも読んで居て下さる佐藤正其さんから素敵な連絡を頂きました。佐藤正其さんは私のブルグに既に登場して居る私の尊敬する元・ラグビー選手、仙台のラグビー・キチで、パリや東京の試合会場で、又、仙台でもお会いしている素敵な仲間です。

⭕️何時も岡島さんのコメントには感服させられます。私も「ノーサイド•ゲーム」には毎回泣かされました。一昨年の「不惑のスクラム」も良かった。このドラマでラグビースピリッツを演じた萩原健一が3月に亡くなり、ノーサイド•ゲームに繋がって、ワールドカップで最高潮に達したという流れを感じたものです。
ノーサイド•ゲームでは協会がドンの独裁でアマチュア的な経営感覚であり、社会人チームは年間維持費が14億円も掛かかる企業チームの実態を赤裸々に描いているところも面白かったです。日本のラグビーもプロ化は必然の流れかと思いますが、岡島さんの言う不毛な二項対立ではない、日本独特の大学ラグビー、社会人ラグビーの良さを活かしながら、プロ化を進めてもらいたい。スーパーラグビーも今年で日本は終わりですが、ワールドカップには無い、トライを取りに行くラグビーは見ていて楽しいし、プロの選手はギャラを上げるため?キャリアアップしていく為?激しいプレーでアピールしている所は日本の社員選手とは全く違うなと思います。五郎丸がレッズに行った時も、ブリスベーンで見ましたが、言葉の問題もあったようですが、五郎丸にはパスせずガンガン突っ込んでいきます。この時五郎丸はプロになったと思いますが、モチベーションが全く違うと思いました。これから日本の選手も多くがプロ化すると思いますが、選手側の自覚も大切になって来るでしょうし、他の競技と違い怪我が付き物なので、セカンドキャリアも何か考る必要があると思います。
イングランドは他を見下すような態度があまり好きでは無く、ウェールズやアイルランド、スコットランドが好きなので、シックスネイションについても岡島さんの話を聞きたいです。出来れば生で。⭕️





岡島さんの 2019W杯・備忘録 11

2019W杯・備忘録 11
~ プロ・アマ ~
 
今大会、国内での盛り上がりの機運を作ったのが、ベストセラー作家・池井戸潤の小説『ノーサイド・ゲーム』。テレビドラマ化され、最終回の視聴率は13,8%。ご覧になられた方も多いと思う。『出世の道を閉ざされたサラリーマン、君嶋隼人が異動で会社のお荷物といわれるラグビーチーム「アストルズ」のGMを任され、自らの再起を懸けて戦う物語だ。』(週刊ダイヤモンド・8月31日号「熱狂!ラグビー」p34(経済誌が大会前にラグビー特集を組んだのも盛り上がりの一要因))
   テレビドラマ、さすがTBS日曜劇場、よく出来てる、感動の連続だった。元日本代表をはじめラグビー経験者を多用したラグビーシーンは迫真もの。見返してみると、スクラムとジャッカルのシーンが少ないのがご愛敬。
 
ところで、大泉洋が演じた君嶋GMって、プロ? それとも、アマ? どっちなのだろう。
テレビドラマ『ノーサイド・ゲーム』はアストルズが優勝し、社長(西郷輝彦が演じた)は大喜び、君嶋は本社・経営戦略室長に栄転、君嶋の後任は浜畑(元日本代表キャプテン・廣瀬が演じた)。そうだよな、君嶋がラグビー界に「骨を埋める」気なんて、これっぽっちもないよな…。小説『ノーサイド・ゲーム』は経営戦略室長になった君嶋が日本蹴球協会専務理事と和解し「経営のプロ」として協会理事に就任する。一方、現実の日本ラグビー協会では「革命」が起こり、企業経営に関係していた専務理事は解任され、企業経営に無縁の人々を中心に「プロ化」の議論が進められれている。事実は小説よりも奇なり…
 
プロとアマの違いは何なのだろうか? 選手・指導者・レフリーが、プロかアマかは、ある意味わかりやすい。では、「運営」がプロになるとは、どういうことなのだろうか?
 
「商業主義」を貫徹するWRが主催した今大会、多くの献身的な「ボランティア」という名のアマチュア、開催地方自治体の絶大な支援なくして、あの盛り上がりそして満足感は得られなかった。
 
大西鐵之祐『闘争の倫理 スポーツの本源を問う』(株式会社鉄筆 2015年、原本は1987年刊)には、次の一節がある。
… プロはプロらしくアマはアマらしくあれと呼びかけたい。プロは最高の技術と最高の勝負と最高のアピール(大衆への魅力)を目標として、自らの全力を大衆に捧げ尽してほしい。何となれば大衆こそプロスポーツの支援者なのだから。そうして世界の一流プロたちを相手に堂々と戦い勝ったとき、日本のプロもやっと一人前だということができるであろう。それがためには、アマにプロの卵をつくらせることをやめて、自らプロをつくる制度を確立することであろう。(p85)
… アマはアマで画然とプロから離れてシャマーチュア(注:shamateurエセアマ《金銭的報酬を得ているアマチュア、セミプロ選手》)を除名し、人間の平和を目標として自らの修行と闘争の倫理の体得を目指してアマスポーツに精進するとき、わが国のスポーツ界はすっきりとしたすがすがしいものになるであろう。(p86)
 
エレロ『ラグビー辞典』「プロフェッショナル」の項に次の一節がある。
… 1987年第一回W杯が舞踏会の始まりだった、それは同時に経済界に門戸を開くことでもあった。1991年第二回大会では真のビジネスマンである選手の代理人を見かけるようになり、1995年第三回大会で最終的に「現代」に突入した。我々の父たちや祖父たちが麗しい価値によって厳格に排除してきた世界に。
 1995年、ラグビーの所有者が変わった:テレビ、スポーツ用品企業、スポンサーは、物乞いが子羊肉の上に涎を垂らすように、このスポーツの魅力の虜になった。彼らは、新しい選手権やイベントを求めた。「スーパー12(現在はスーパー・ラグビー。サンウルヴズが参戦)」「トライネーション(現在は南半球4カ国対抗)」「トップ○○」「○○カップ」といったものが、キノコが生えるようにあれこれ出てきた。
… フランスラグビー界に始めて(選手を)「買う」という言葉が出現した。いまや、同じチームで選手生活を全うするものはいない。選手は移籍を繰り返し、チーム編成は毎年変わる。選手も指導者も入れ替わり、情報もふんだんに流れ、チームの個性は薄れてゆく。
… かつての名選手は、月に4回スタジアムに足を運んだ。いまや毎日だ。かつての名選手が行ったことのない筋トレに励む。選手の体格・筋力は見違えるもとなった。「デブ(これは80年代にみられなくなった)」や「チビ」は見かけなくなった。
… ラグビーは神秘性を失いつつある。
 
   プロ化することによって「柔能く剛を制す」シーンが少なくなった。
グランドの広さが同じままで、一人一人の体格・運動能力が向上し、ディフェンス理論が整備され、スペースがどんどん無くなってくる。小回りの利く選手がスルスル抜ける、なんて滅多に見られなくなってきた。
 
 その点、7人制ラグビーはスペースだらけだ。
2016年リオ五輪ラグビー三位決定戦は、日本vs南ア。ここまで大健闘のニッポンは54-14と力尽きる。南ア・最後のトライは途中出場したコルビ(170cm・80kg)、五輪後フランス・トゥールーズで15人制に適応し、今大会で大活躍したのは記憶に新しい。三決に先発出場していたのが、クワッガ・スミス(180cm・80kg)。コルビ同様、フィジカルで劣ることから南アでは使ってもらえないと判断し国外へ。選んだのがヤマハ。ここでのラグビー経験が生き今大会のスコッドに入り、ナミビア戦、カナダ戦に先発出場した。スミスは、ミディ―オリンピックのインタビュー記事で「ヤマハで成長出来て、代表入りが叶った」と感謝している。なんとなく、嬉しい気分になる…
 
    7人制と15人制、似て非なるラグビー、これからそれぞれがどうなっていくのか、これはこれで興味深い。多くの協会は、7人制が「オリンピック種目」になったことをラグビー普及の好機会ととらえ、協会主導で強化してきた。それとともに、7人制を15人制へのステップとしてとらえ、2016年五輪で活躍した選手が、南アのコルビ、スミス、仏のバカタワのように15人制に移行したケースも散見される。
 日本は、2016年五輪で初戦NZを破るという衝撃を世界中に与え、準々決勝でも仏をラスト・ワン・プレーで破るという快挙を成し遂げた。東京五輪、活躍してほしいものだ。
 フランスでは、2月1日、初めての7人制のプロ大会が開催された。7人制もプロ化するのか、これもまた興味深い。
 
    日本サッカー界は、W杯出場など夢のまた夢、五輪アジア予選で敗退し危機感を持った人々が「代表強化」の切り札として始めたのが、プロ化したJリーグ。サッカー界の大成功に学ぶべき点は多い。しかし、代表合宿に240日も選手を出す寛容なトップ・リーグの存在が日本代表のW杯での躍動をもたらしてくれた事実は重い。今、問われるべきは、トップ・リーグのプロ化か否かではありえない。徐々に示される「案」は、サッカー界・バスケット界の二番煎じ・三番煎じに過ぎない。日本ラグビーの長所・短所を分析して、プロ・アマの不毛な二項対立ではない課題設定をすべき時である。

岡島さんの 2019W杯・備忘録 10

2019W杯・備忘録 10
~ 選手権・対抗戦 ~

 今大会、南アは勝者として、日本を去った。イングランドは、敗者として。NZもウェールズも敗者として。

 「一」の勝者と「他・多」の敗者。これが大会を盛り上げる。優勝チームによる「栄誉」の総取りが起こる。それが人々を魅了する。「他」が多ければ多いほど熱狂を生む。
 選手権の魔力がそこに潜む。

 かつて、Rugby Football Union は、選手権を蛇蝎のごとく嫌っていた。
 RFU あるいは RU と言えば ラグビーの家元 イングランド・ラグビー協会を指す。
 「神宮」が伊勢神宮を指すが如く。(神社本庁のホームページには『現在、単に「神宮」と言えば、伊勢の神宮を示す正式名称として用いられています。』とある。)

 そのRFUは、彼らの信じた「ラグビーの本質」を貫徹するため、対抗戦形式での試合とアマチュアリズムを金科玉条の如く墨守してきた。当時の五か国対抗は、二チーム間の対抗戦の集合体に過ぎず、順位は公式には付けられず、優勝トロフィーなど存在しなかった。
対抗戦においては、勝者と敗者の数は同数。片方が勝ち、片方が負ける。それだけ。等量の「歓喜」と「失望」。

RFUと考えを異にするフランスは、戦間期、当時の五か国対抗から破門される憂き目にあった。①選手権を行なっていること ②似非アマチュアが蔓延っていることを理由に。
その根源には、人々の「過熱化」が存在した。

 今日、「過熱化」をみんなが当たり前のように求めている。誰が? 人々なのか、マネーなのか?

 ともかく、今大会、大成功だったと素朴に実感している。では、失われたものはなかったのだろうか。

 いまや時代錯誤の感があるかつてのRFUの思想であるが、そこにある「ある種の純粋性」に惹かれることもある。

 「公平性」を追求するのであれば、すべてのチームが等間隔で試合できるマッチメークを目指さなければならない。
 「公正性」を追求するのであれば、レフリーの数を多くするか、TMOをより充実させる必要があるだろう。
 「プレーヤーズ・ファースト」を単なる呪文ではなく、真に意味あるものにする必要はないのか?

 これらの「公平性」「公正性」「プレイヤーズ・ファースト」を実現するためには、おカネが必要だ。
たかがおカネ、されどおカネ。

おカネは、人々を巻き込むことを目指す。出来るだけ多くの人々を巻き込むことを目指す。観客数であり、視聴者数であり、物品購買者数であったり。その数が多ければ多いほど、「成功」とされる。一方で、ピッチに立つ人数は、常に15+15人にレフリーの3(4)人。勿論、チーム関係者を含めれば、かなりの人数になる。しかし、圧倒的大多数は、それ以外の人々である。
おカネを優先すると、どこかで「公平性」も「公正性」も「プレーヤー」も置きざれにされる。金は天下の回り物だけど…

 今大会、台風で3試合が中止・引き分け試合となった。
 ① ニュージーランド・イタリア(12日13:45 豊田)
 ② フランス・イングランド  (12日17:15 横浜)
 ③ ナミビア・カナダ     (13日12:15 釜石)

中止決定後の11日のイタリア・チーム・キャプテンのパリセの発言は耳に痛い。(ミディオリンピックから)
・ もし、NZに5ポイント必要な状況であれば、組織委はどんな手段を講じてでも試合をしただろう。
・ 組織委は、ラグビーやスポーツが、リスペクトとパッションで成り立っていることを忘れている。
・ 私たちには、この試合を戦う権利がある。
・ このような決定をすることはできない。これは公正ではない。
・ (大会期間中に)台風が来ることはわかっていた。なぜ、プランBを立てていなかったのか。
(さらに かつて イタリアでは 地中海の嵐が来たとき 対アルゼンティン戦を 前倒しで 行ったことがある。)
(注)パリセ:W杯大会5大会連続出場(今大会では、ただ一人)

そして、WRのあまりの「官僚的」な対応に呆れ返った。
組織委からの公式声明は、パリセの発言の前と後とでまったく異なった理屈づけになった。
(1) 12日の場合(10日に事前声明)
■ ワールドラグビーCOO兼ラグビーワールドカップ総括責任者 アラン・ギルピン コメント
「私たちは、今週末に行われる全ての試合を開催できるように、可能な限りの対策を検討してまいりましたが、チーム、観客、ボランティア、その他の関係者の安全を脅かす可能性のある判断をすることはできません。そのためにいくつかの試合を中止する決定を下しました。この判断は、チームを含むすべてのステークホルダーの皆様に御支持いただけることを確信しています。
また、イングランド、フランス、ニュージーランド、イタリアのファンの皆様が残念な思いをされることと思いますが、皆様の安全を第一に考えての判断であることに理解をいただけるものと信じています。」

(2) 13日(ナミビア・カナダ戦の場合、同日6時間前の声明)
■ワールドラグビーCEO ブレッド・ゴスパー コメント
「我々は、この24時間にわたり、開催自治体と緊密に連絡を取り合ってまいりました。試合時間の変更や無観客での開催の可能性についても検討しましたが、開催自治体からの強い勧告も頂き、安全性を優先する観点から、試合中止の判断を行いました。難しい決断ですが正しい判断であると信じています。…」

 では、ほかにやりようがあったのだろうか?
過熱化を求めて袋小路に入った感がある。
私たちは ウェーバーの暗い予言どおり「鉄の檻」に棲んでいるのであろうか?
そもそも「ラグビーの本質」なるものが存在するのだろうか?

岡島さんの 2019W杯・備忘録 9

2019W杯・備忘録 9
~ ワリス ~

 「ワリス」という地名を聞いたことがありますか?

 フランスの不動の5番(だった)「ヴァーマイナ」の英語版ウィキの項は、次のようにはじまる。
『Sebastien Vahaamahina(born 21 october 1991 in New Caledonia) is a French rugby union player of Wallisian origin from the French administered South Pacific overseas collectivity of New Caledonia.』

 南太平洋にあるワリス島。その200カイリ内で日本のマグロ船が操業していることから、日仏漁業協定が締結されている。かつて、その協定改定交渉に参加して、ワリスの議員と歓談したことを思い出す。

 この大会、ヴァーマイナは、あのおバカな肘打ちで世界中に顔と名を売ったのだろう。そして、その記憶は、(おそらく)しばしば流される映像とともに上書きされ、人々の心に残ってゆくのであろう。

 フランスの初戦、対アルゼンチン戦。「ロペスのドロップ・ゴールで再逆転」と記憶している人々も多いであろう。繰り返し何度も見ているうちに、あることに気付く。
 前半を予想外の20-3と大量リードで終えたFRA。後半、2本トライを取られて差を詰められ(20-15)、29分のARG・PGで20-21と逆転されてしまう。
 このPGの前の連続プレーの中で負傷したFRA・14番プノーに変わってピッチに入ったのが22番・ロペス。ロペスのキック・オフで再開された試合は、2フェーズでロペスの再逆転ドロップ・ゴールにつながる。

 ロペスのドロップ・ゴールはなぜ生まれたのか?

通常、キック・オフでは蹴ったチームが相手チームにボール支配権を渡すことになる。
①それを所与のものとして、地域を獲得する観点から、相手陣22mライン後方へ深く蹴り込むのが主流である。
②支配権を相手に渡すのを避けるためには、10mライン近傍に蹴ることがたまに見かけられる(たとえば、JAP・SCO戦の開始時の田村のキック・オフ)。
 FRA・ARG戦のロペスのキック・オフは、このどちらでもない。ARG22mラインのほんの少し前に蹴り込んだ。もちろん、ARGの選手がキャッチする。そのキャッチした選手を瞬時にボールごと抱え込み・味方陣の方向に倒してマイ・ボール・ラックとする。たまに見かけるキック・オフ。これによって、ロペスのキック・オフしたボールはFRA支配下に戻り、2フェーズでロペスのドロップ・ゴールが生まれる。
 キック・オフのボールを愚直に追いかけ、ARG選手を仰向けに倒したのが、ヴァーマイナ。ロペスと同じクレルモン所属。息の合った至芸。
先発出場で疲れが極限に達する後半30分。それでも体を張り続けた5番は、全速力で駆け、ARG・ボールキャッチャーを絶妙な技でFRA側に倒す。ロペスのドロップ・ゴールの「お膳立て」をしたのがヴァーマイナ。彼なくして、FRAの勝利はなかった。

 もし、この試合、ARGが勝っていたら、FRAの決勝ラウンド進出はなかったであろう。仮にそうなれば、ヴァーマイナのおバカなプレーは出現しなかった!?
(台風で、M35 FRA・ENG戦は中止となったが、仮に、M3でARGが勝っていたら、WRがM35を中止したか・中止にできたか、疑問である。)
 
   M43 WAL/FRA戦について、2003年W杯優勝HCのウッドワードは、「①ヴァーマイナのようなプレーをする選手は、代表選手の資格がない。 ②この試合で、勝敗を分けたのは、FRA・6点リードで迎えた後半相手ゴール・ライン前のFRAボール・スクラム。あそこは、ロペスがドロップ・ゴールを決めなければいけない場面。ドロップ・ゴール以外の選択肢はなかった。」と断言している。(ちなみに、このインタビュー記事の冒頭、「ボックス・キックほど、つまらないものはない。」と嘆いている。)

M43終了後のDCの報告書にヴァーマイナについて、次のような記述がある。
“He had played rugby for 13 years. He was 28 years of age. This was his first knockout game for French in any World Cup. Ha had 46 caps for French. He had already decided to retire from international rugby after this World Cup.”
“He has a three year old son and he will not be proud of what he had done. The disappointment is terrible.”
“The Player’s conduct before and during the hearing was exemplary. He was honest, candid and did not prevaricate at all relating to his offending.”

寡黙で愚直で不器用なヴァーマイナ、彼がARG戦を救ったと記憶している人はどれぐらいいるのだろうか?

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大学選手権決勝、5万7345人の観客が集まる。あらためて、大学ラグビーの磁力を見た気がした。翌日のトップリーグ第1節の最多観客試合は、神戸製鋼vsキャノンの2万3004人。

年末年始のテレビ視聴率を見ると、箱根駅伝が群を抜いている。(復路 28.6% 往路 27.5%) つくづく日本人は、学生スポーツが好きだな、と思う。学生スポーツは郷愁を呼ぶ。「部活」は、世界遺産に登録してもいいような伝統文化だ。

今回の早明戦、あれだけ「猛々しい」早稲田フォワード・あれだけ「弱々しい」明治フォワードというコントラスト、終ぞ見たことなかった気がする。そして、1年生からレギュラーを張り続けた斉藤・岸岡のハーフ団、その4年間の集大成としての見事なゲーム・コントロール。同年代の選手たちが切磋琢磨しながら共に成長してゆく、青春の1ページ、プロリーグでは見られないのだろう。年齢限定・期間限定で、途中加入なし・「移籍禁止」の学生スポーツ。そして、「アマ」。ともかく、おカネとは縁遠い。

大学ラグビーについて、変えた方がいいな、と感ずる点は多々ある。なぜ、変えた方がいいのか? それが、本来は問われなければならない。たとえば、エディーは、「選手のラグビー的成長」の観点から大学ラグビー(高校ラグビー)の現状を批判している。傾聴に値する。2015年に出版された生島淳著『エディーとの対話』(文藝春秋)の一節「大学ラグビーの問題点」の中で「現状を見てみると残念ながら帝京大学以外のエリートチームは、エリートにふさわしい練習が出来ているとは言いがたい」という発言が紹介されている。

「代表強化」の観点から見た場合、今回の日本代表31名の内、外国生まれの15人の経歴を見ると、①高校入学時に来日し、高校・大学と「部活」を体験したのが、具、ヴァル、リーチ、アタアタの4人 ②大学入学時に来日し、大学で「部活」を体験したのが、中島イシレリ、ウヴェ、ツイ、マフィ、ラファエレの5人、③「部活」体験なくトップリーグチームに加入したのが、トンプソン、ファンデルヴァルト、ムーア、ラブスカフニ、レメキ、トゥポウの6人。これをどう評価したら、いいのだろうか。

「地域密着」であれ、「組織密着」であれ、肝心なのは、人々の心にラグビーが根付くこと。ラグビーの本質を忘れてはならない、と思う。