夕食後の19時半過ぎに上原さんから電話が来て、大平さんが屋台を出して居るので、良かったら来て下さいと連絡が在り、ブラリと徒歩で7、8分、場所は知って居るので駆けてみると、見覚えの昭和時代の屋台が置かれ、2台の現代風の小さな出店が在り、木製のテーブルと椅子は備え付けれられて居る見慣れた場所ですがライトアップでなかなかの雰囲気、周りの木々を綺麗に映し出して、小さなポケット・パーク=源兵衛淵・おかけ処は、粋な雰囲気でした。道ゆく人が一瞬立ち止まり、親子ずれの方が立ち寄ったり、蚊に刺されない様に蚊取り線香を燃やして最後の夏を楽しめる空間、私はかき氷を頂きました。企画者は建築家の大平君と仲間達、駐車場だった場所を、源兵衛淵・おかけ処を提案し、設計した方は庭設計の上原さん、広瀬川に掛かる霊屋橋の手前、丁度、仙台リバーサイド・プラザ(下りのバス停が在る)の真向かいに在る小さな空間は夜に生き返って居ました。
2019年9月6日金曜日
2019年9月3日火曜日
摩訶・不思議!蛇を怖がる小鳥たち
遺伝子DNAと関係あるのか摩訶・不思議、夏の仕事場は広瀬川の真上5階、広瀬川のせせらぎの音が聴こえるベランダには、温暖化のせいか、雀が異常に繁殖したのか雀が集団でやって来ては糞を土産に置いて行くのでなんとか雀を来ない様にするには何か方法在りますかと、前・管理組合法人・理事長の木村さんに尋ねた所、直ぐに蛇のオモチャをベランダに備えて頂きました(鷹をパリのアトリエの庭に10日間置いて頂いたら、カラスや野鳥、ネズミ、モグラに到るまで、鷹が居る間は嘘の様に消えて居ましたが)、なんと、おもちゃの蛇(ダイソーで購入したと言う)を置いただけで、雀が嘘の様に消えて、せせらぎの音だけが、遠くで野鳥の鳴く声が聴こえるだけ、雀も可愛い小鳥ですが集団で来ると困るものです。
山梨の友達が仙台、登米市を訪ねて下さいました
秋山良一さんとは、80年代、ケルンやパリで、勿論、山梨、東京で、昨年の夏や今年の5月(銀座八丁目のギャラリーせいほうでの個展の時)にもお会いしていますが、先ず仙台で再会し、翌日、新幹線で仙台からくりこま高原に、佐々木さんに迎えをお願いして、彼の運転で先ず秋山さんが初めて見る安永寺の野外彫刻、そして16年ぶりの田舎の仕事場(元・佐藤薬局店舗)を、そして、Satoru Sato Art Museumは、ゆっくり1時間以上かけて観て頂き、遅めのランチを頂いて、再度、くりこま高原駅迄送って頂き、仙台に戻りました。昔、ケルンのアートフェアーでボイスの金属板と材木の作品、サイン入りの作品集を3冊を購入、板の作品はその時、秋山さんに譲って、金属の磁石付きの作品や作品集は今でも保管していて、ゆくゆくSatoru Sato Art Museum に寄贈する計画とかお互いのコレクションの話を夜中まで、彼はその木の作品は覚えて居ないらしい、只、彼のコレクションは凄い、勿論、お互い造形作家、作品の話しも多いに盛り上がり作品の写真を見せて頂いたり、多くの旅の話を聞いたり、楽しい2泊3日の滞在、彼は来週、松谷さんの個展(ポンピード・センター)を観にパリに行くので帰国したら、又、連絡しましょうと言う事で別れました。
| Satoru Sato Art Museum にて |
| 田舎のアトリエで(元・親の薬局の店が仕事場に) |
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| 仙台の仕事場で広瀬川のせせらぎの音を聴きながらコニャックを! |
2019年8月31日土曜日
大衡村ふるさと美術館で待ち合わせ・・・
今日は大衡村ふるさと美術館で、Satoru Sato Art Museumの友の会の方々、11名一行と待ち合わせ、一方、仙台から片山さんの車で上原さんと私、丹吾ちゃんは私の50年のDVD自分の車で直行、岩出山からヒロエさんも参加、計16名の参加出来ました、友の会一行が着く前に大衡村の中学生美術部の一行(萬先生引率)が展覧会会場に居て、15分程、学生さんと交流出来ました、その後、我が友の会の仲間の皆さまと再会、センターから粕谷さん佐々木さんが、そして、友の会及川会長、野家事務局長、はじめ仲間の方々が到着、ふるさと記念館の庄司館長=兼・庄司教育長のご挨拶を頂き2階でゆっくり観賞出来ました。仙台から大塚夫妻が来て居てバッタリ会場で再会、昔、パリでご夫妻とお会いして居まして、ギャラリー青城・サープでの個展の時にも来て頂き、9月7日のワークショップにも参加して下さると、7日は晴れるでしょう!。
2019年8月30日金曜日
ふと・・・花巻の思い出が・・・
4年間の東洋美術学校時代、自分のガリ版刷りの詩画集と小さな油絵を持って花巻の宮澤清六先生宅を訪ね、運良く、賢治の水彩画(日輪と山、他数枚)を見せて頂きビックリ、又、壁には鷹山宇一先生の小さな作品が飾られ、高村豊周(とよちか・鋳金家の第一人者で、与謝野晶子・鉄幹夫妻に師事し短歌を学び歌集を出版、光太郎の弟)の壺の作品を緊張しながら拝見したりお話を伺ったり、又、清六先生の勧めに従って田沢湖の辰子の像を観に行った事も、渡仏前の正に出来事でした?(写真は1968年頃の写真です)、1982年に宮澤賢治記念館が開館、その後、私の渡仏20年記念作品集を新潟の博進堂から出版して頂いた時には清六先生宅に作品集を届けに伺いました、今年、パリで出版された在仏50周年の作品集を届ける事が出来なかったのが残念に、温厚で優しい、そして厳しい先生、90歳過ぎても元気に自転車に乗って居る姿を思い浮かべます。
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| 花巻の清六先生と植物がいっぱいの庭 |
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| 高村光太郎の弟、高村豊周先生の鋳金作品と私の絵・・・ |
2019年8月24日土曜日
今日は、フラリとJRに乗って・・・
朝陽が射し込んで居たので、のんびり洗濯物、タオルケット、布団をベランダに出して天日干し(殺菌効果が在ると言う事で)、その間に、フラリと仙台から近い国府多賀城に行って来ました。時間的に余裕を持って2時間も在れば充分、仕事部屋に戻れると(私は特に展覧会の見る速さは極端に早い=短いので)、たまたま友人のFacebookに・☆モダンデザインが結ぶ暮らしの夢☆・の展覧会が面白いと載っていたので(ブルノ・タウトからイサム・ノグチまでと)、詳しい内容は判ら無かったのですが、Bruno Taut と聞けば、ドイツ人、バウハウス、桂離宮、仙台の商工省工芸指導所などなどが想い浮かびますから、巨匠イサム・ノグチ先生とはイタリアでお会いした事が在り、フラリと、いざ、歴史博物館に行ってビックリ!Fusaichiro Inoue(井上房一郎)、Antonin & Noemi Raymond、Isame Kenmochi(剣持勇) , George Nakashima、Isamu Noguchi、気になる作品群が展示されて居たのです、テーブルや椅子、家具、建築と建築内装資料、図面、デッサンなどなど、又、一枚の写真には丹下健三、ノグチ・イサム、剣持勇、谷口吉郎、猪熊弦一郎たちが一緒に写って居る、作品と人の繋がりと時代背景が判る展覧会、興奮して2時間以上会場をウロウロさまよい、又、東北歴史博物館ですから、古墳の資料展示も興味を惹かれました。展覧会はJR 国府多賀城駅降りて直ぐ隣、と言う事で、博物館に迷わず行けました、ここ数日、膝を痛めて階段を降るのが難儀、所が、駅にはエレベーターが設置されていて階段使わずにホームから改札口、更に出口迄(改札口が2階)、さすがと感心していたら、JRにはほとんど設備されて居ますからと言われて流石!ここは日本だった!国府多賀城駅!内装も・・・モダンな素晴らしい空間とは思えなかったが便利になって居る事は確実と・・・東北歴史博物館オープンして20年、綺麗で素敵な雰囲気でした。それにしても、これだけの素晴らしい展覧会、宮城県美術館で見れないのが残念!いや、東北歴史博物館の凄さなのかも、恥ずかしいながら、今回初めての訪問、6、7年前、同館の今泉館長は同級生の瑞枝ちゃんのご主人とは知らなかったのです。
2019年8月21日水曜日
Exhibition SATORU Sato ・Ohira village Hometown Museum
佐藤 逹(Satoru Sato) 渡仏50周年を記念しての個展は、8月21日より9月23日迄会場は宮城県黒川郡大衡村、戦後、ふるさとに戻り宮城県の美術界に大きな影響を与えた画家・菅野廉先生のふるさとで彼の記念館として設立された美術館の2階で、私の旧作12点の作品が展示されオープンされました。作品は登米市・Satoru Sato Art Museumのコレクションより貸し出されましたもので、作品選定は庄司館長、ご来館、お待ちしております、また、9月7日は竹を素材にした野外ワークショップ開催されます。
| 1階の展示場は菅野廉先生の作品と画材道具など展示されて居ます |
| 階段上って2階の直ぐ右側の作品1969 から1972、1974年、左が1975年 |
| 右から1975, 1976, 1982年 |
| 右から1982, 1991, 1991, 1991年 |
| 右から1991, 1991, 1996, 2005, 2007年制作 |
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