2012年8月17日金曜日

Exposition < association・Etude Art Jéo Construit à Sendai>

























<仙台・アート・ジェオ・コンステウルイ勉強会展>が、仙台のSENKENギャラリーで、8月28日から9月2日迄、開催されます。この勉強会は以前、Satoru Sato Art Museum で行われた<大人の絵画教室>に仙台から参加した清水まち子さん、安部朝美さん、高野志津さん、関本欣哉さんが居ましたが、清水さんの音頭で、安部ちゃんがそれを後押しする形で、関本さんの Cafe & Gallery Hanground で毎週土曜、勉強会が始まりました、そこに、新たに高山聖子さん、高山圭子さん、関本陽子さん、男澤亨さんが参加、既に、メールでデッサンを送って頂き、アドバイスしたり盛り上げって居ます、中田町から及川陽子ちゃんが参加、岩出山町の佐藤朱理ちゃんは体調が優れず、次回に参加と言う事です。基本的には大町の Hanground での勉強会、たまたま、他の用事で使えない時はお休みですが、男澤さんの居るココムの会議室を御借りして、移動式勉強会に、明日の土曜日は先週と同じ、朝10時から17時迄、7名が参加予定する様です、全員集まる事はなかなか出来ませんが、それぞれ自宅でも制作して、現在、8月27日の午後展示開始に焦点を合わせて、その前迄にと最終制作に皆さん入っている様です。南町通りに在るSENKEN ギャラリーは仙台駅から徒歩、15分でしょうか、それに、勉強会の応援にと友情特別参加と言う形で、東京の画家、高尾みつ先生、北川順一郎先生、又、外国作家も参加して下さる勉強会展です、私も関わっている関係上、小品を1点、参加させて頂きま〜す。アート・ジェオ・コンストウルイとは、正確にはアート・ジェオメトリック・コンストウルイ、ジェオメトリックを約して、ジェオとしました、幾何学構成アートと言う意味です。(案内状文字が見えにくいと思いますが、画面をクリックすると大きく見えます)

2012年8月16日木曜日

Paris Plage セーヌ川沿岸に砂浜 


毎年、夏に成ると開催されるパリに砂浜が出現するニュースです。普段は車専用のバイパス的存在で、パリ市内が渋滞する中、パリを通り抜けるには便利なセーヌ川岸にある車専用道路が砂浜に、浜辺でセーヌ川をみながら時には遊覧船や貨物船が通過する光景を眺めながらの日光浴、パリ市長の企画はなかなか憎いものが在ります。日本ではなかなか出来ない企画、さすがパリです。パリの車道は以前と比較して狭く成っています。路面電車が開通して、道路の中央部分が線路に取られ、歩道も広く成り、自転車専用の道路も出来て、自動車が通る部分が狭く、渋滞するのではと心配された交通事情も、逆にバス線路が消えて、以前より交通時間がかからないと言う驚くべき現象、逆に無責任な無謀な路上駐車が無く成る事で、交通事故も少なく成っている様子、人間生活中心の空間作りは伝統あるパリの成せる技なのでしょうか、まだまだパリは変革して行く様です。

2012年8月12日日曜日

アート出前講座 展 入れ替え展示、完成


   前回(7月25日から、8月8日迄開催されていた)、石森小学校6年生、東郷小学校4、6年生、宝江小学校1、2年生、米山東小学校1年生の作品を展示しましたが、第二回目の展示会(8月12日から31日迄)は、加賀野小学校5年1組、2組の合同作品(54名)、浅水小学校5年、6年の合同作品(68名)、額装された作品は石森小学校2年1組、27名、中津山小学校2年1組、34名、宝江小学校2年1組、22名の合計205名の学生が参加した展示会です。加賀野小学校5年生と浅水小学校4、5、6年生の作品は私との共同作品、展示アシスタントは職員の皆さんの協力で、浅水小学4、5、6年生の作品は廊下の壁から天井に伸び更に反対の壁迄展示された長方形の形です。仲間と一緒、友人とのつなぎを意識した、サトル君とも一緒の共同作品が完成しました、又、丸、三角、四角のテーマの作品も、昨年と比較して、力強い絵が多く成りました、絵を描くと言うと静物画、風景画と思う学生さんが多いのですが、◯▲▢や直線は誰でも知っていて、誰でも描けるものです、そんな遊びを通して、アートの世界に入り込むって楽しい事でしょう。楽しいアート出前講座で、一緒に遊んでくれて有り難う。サトル君は皆さんと約束をしました、12月20日過ぎ、クリスマス前後は忙しいので少し前、12月20日過ぎに、今回友達に成れた小学校の友達に国際電話をかけるって、楽しみにしています。

2012年8月9日木曜日

伊豆沼と打ち合わせと展示。


8月9日、5時起床はなかなか、難しいので、パリから朝のコールを(パリは22時、夏時間で7時間の時差)、5時丁度、電話のベルと同時に瑞鳳寺の鐘も聞こえて来ました、夢鬱ら、10分程ゴロゴロして起床、なんとか重い瞼を開いてシャワーを浴び、軽いフレンチ式朝食をとって、6時15分に仕事場を出ると、丁度、フォーラスの高速バス停には6時32分に着いて、6時35分のバスに乗り込める訳です、早朝は未だ七夕様の後片付けで仙台市の清掃車が並んで竹竿やゴミを運んでいました。
今日は9時45分に登米庁舎前で待ち合わせで、ミュージアムには10時着の計画でしたが、8時に到着、特別、熊谷所長にお願いして伊豆沼に行ってもらいました、勿論、予定どおりミュージアムには9時30分に到着、珈琲を頂いて、10時から展示作業が始まりました。12時に途中休み、昼食を取って、13時30分、商工観光課の3人と打ち合わせ、震災で破損した 南方花菖蒲の郷公園に設置されていた Gary FAIF の転倒破損作品の制作について(フランスの Gap市立 Museum の方から FAIF 市の作品修復の一部としての支援金やパリからの支援金も届いて居ますとお礼の言葉を課長から伝えられて)模型作品(サトル・サトウ・アート・ミュージアムにコレクションされています)と図面を確認しながらの打ち合わせ、又、南方花菖蒲の郷公園の中央広場の床も一部破損で広場が以前より狭くなると言う事を伺って(床にはめ込んでいるモザイク風の模様を換える事に成ると言う事で)、再度、13日に打ち合わせを、それ迄に、これ迄の床の作品イメージを崩さずに改たな図面を描くと言う、理解ある言葉を頂いて、震災の復興記念に成れる様にやる気満々、自分から日程を言った手前、土日は仕事場で集中的に制作に頑張ります、その打ち合わせがすんでから、一休みして、そこからセンターの皆さんの協力を頂いて、ミュージアム三階の廊下に各小学校で色紙に一本の線を描いた学生の作品と私とのコラボレイション共同作業に取りかかりました。















2012年8月8日水曜日

NPO法人・にじいろクレヨンを訪ねて。





バス停にて、柴田ご夫妻
Sautrec のふすま絵
8月8日、10時47分、仙台駅前のさくら野前から高速バスに乗って、11時54分、イオン石巻に到着、10分程して、柴田滋紀(Shigeki)さんが車で迎えに、彼を知ったのは、画家の渡辺雄彦先生の紹介、若いガンバリ屋の画家を紹介するからと1年前に夕食をご一緒させて頂きました、石巻の地元で子供に絵を教えながら自分の作品を制作して居て宮城県芸術選奨新人賞を頂いた方、前途有望な画家と紹介されたのが始まり、その時は、石巻の震災から4ヶ月も経ってない状況で、彼は忙しく現場で被災者の子供達の応援をしていると聞きしました、スポーツマンで剣道五段はただ者ではない、彼が東日本大震災で彼の仕事場も家も絵の具も絵も総て失って、両親の家も流された11日の悲惨な震災と津波に直面し、自分の事はさておき、地元の子供達の為にと、<誰かがやるなしかないのなら、私がその誰かになろうと思ったんだ>、自分の育った地域に思いをよせて、地元の傷ついた子供達に手を差しのべようと孤軍奮闘している姿に、仲間が集まり、1年ぶりに会った彼は一段とたくましく、いや、優しく、心が深く、現場でが、優しい明るい奥様、スタッフの皆様に囲まれて石巻の傷ついた子供達に本気で心体でふれあい、時には抱きしめて勇気と夢を与える柴田さんをみて、凄いと、感じました。にじいろクレヨン事務所に立ち寄り、それから彼の仮設住宅を診て、向陽地区コミュニテイーセンターへ、丁度、名古屋短期大学保育科の<みんなに笑顔をとどけ隊>の学生さん達が2日目の訪問、お早うございますと、バスから降りて来る学生さんと子供達は既にお友達に成っているらしく、お姉さんに抱きつく子供達も居て、部屋で折り紙をする子や、外に出て、サッカーボールを持ってお姉さん達と遊ぶ子も、そんな光景をみながら、柴田さんの案内で3日間<にじいろクレヨン>のボランテア活動に北海道の礼文島から来た教師の方と3人で、石巻の被災地を廻りました、旧北上川が目の前に見え、石巻港が右手に見える柴田さんの両親の家は敷地だけが残りぼうぼうと雑草が生えていました、彼が学んだ門脇小学校の屋上も津波に襲われた傷跡が生々しく残っていました、私にとって石巻訪問は四回目、瓦礫が少なく成っていたのに、又、海水の浸水も少なく成っている事を知りました、近くに在る日本製紙工場の煙突から出る煙をみて震災に津波瓦礫の中から立ち上がり工場を起動させている姿をみて少しホット勇気が湧いて、石巻市民にとっても雇用も大きな問題ですから、それから、一度、<にじいろクレヨン>の事務所に集合、福岡から夏休みを利用してボランテアに来ている学生さんは、友人が石巻市内に居るのでそこにお世話になりながら、歩いて事務所に来ているとか、我々、3人は、そこで、今日の計画書を手渡され、自分の名前、愛称から、ボランテアの規則の説明を受けて、初めての体験、仮設住宅を周りを、又、集会場で名古屋短大の学生さん達と合同で子供達と遊びのふれあい、子供達のエネルギーを受け止めるには相当の覚悟が必要です、傷を負った子供達を支える使命が在るのですから、そして、傷ついたのは子供達ばかりでは無いのですから。福岡の学生さんは、仮設住宅に住んでいる女性の方と話し合い、住宅にあがって、いろんな会話をして来た様です、集会場では子供達とゲームをしたり、楽しい時を過ごし、あっと言う間に時間が過ぎて子供達が帰り、急に静かに、その仮設の住宅の集会場では、パソコンが用意されていて、いろんな情報発信、受信を専門的に担当している方も居ました、応援の名古屋の学生さん達も帰り、柴田夫妻と我々3人は事務局に戻り、報告書にメモを書いて、シャツを返して、福岡の学生さんは歩いて帰り、礼文島の先生は仙台のホテルに帰るので仙台迄ご一緒、蛇田歩道橋まで、歩いて、5分、柴田ご夫妻に見送られて別れました。柴田ご夫妻に頭が下がります、一回切りの応援は簡単に出来るのでしょうが、彼らは継続しているのですから、凄いエネルギーで、当分、柴田ご夫妻で剣道を修練する時間も絵を描く時間も無いでしょうが、何らかの形で応援させて頂きたいと思いました。我々は仙台に着いて、夕食時間、御誘いして、何を食べましょうかと伺ったら、昨日は牛タンを食べたので、焼き魚が食べたいと言うので、さて、さて、私の知っている店は、定禅寺通りに近い一角、只、先生の泊まるホテルに遠く成っては行けないと、気がついたら、目に前に、◯▲▢のお店、このお店は私のパリの友人の絵がコレクションされている所、ここの松尾社長が、Philippe SAUTREC 氏を仙台に呼んで、松島に臨時のアトリエを造り、制作して出来た作品が、ふすま絵として、日本間式の空間に展示されているのです(パリで開催した、義援金確保の為の<連帯・登米>のオークションにはフイリップも松尾氏ファミリーにお世話になったと、大作を寄贈して頂きました)、食後、お店の方にお願いして2階にあがって久しぶりにフイリップの作品をみせて頂きました、礼文島の先生が割り勘でと言う所、今日の昼食は柴田ご夫妻に御馳走なったので、夕食は私の番と言って、楽しい一時、明日も高速バスで石巻に行く礼文島の先生と南町通りで別れて、私は自分の住処に、私の方も、方向は違いますが、明日、6時30分の高速バスに乗って登米市役所迄、行く計画です、登米市アート出前講座で描いた小学生の作品展示に立ち会う為です。              

2012年8月5日日曜日

仙台・花火の音を静かに聴く会


8月5日の夕方、K マンションの屋上には多くの方々が花火観覧の為、お爺ちゃんから御孫さん迄、車椅子の方も、マンションの住人よりお客さんの方が多そうな感じで賑やかでした、S・A 宅の部屋の窓からは、昔は見えた花火も樹が生い茂って見えなく成り、テラスに出れば、なんとかみれる状態で、ならば部屋の中で<花火の音を静かに聴く会>にと言う企画に参加、広瀬川が見える部屋のテラスにはビールの缶樽が用意されガスボンベも一緒、大きなテーブルには日本酒の一升瓶が、一の蔵と澤の泉と焼酎が並べられ、まさに飲む会でした、飲めない私は、雰囲気にのまれて、少量の冷たいビールと日本酒を頂き、食べ専門で、お茶を頂きながら、鶏の唐揚げ、焼き鳥、焼きそば、漬け物、サラダ、果物、最後は私の好物、水ようかん(白松がモナカ本舗)を頂き、楽しい一時を過ごさせて頂きました。明日から、七夕です。

2012年8月3日金曜日

久しぶりに再会!清里から大月、東京、仙台へ。




















7月30日から8月2日迄、3泊4日の朋優学園のデザイン・コースと芸術・コースの夏の合宿に参加、先生方は昨年と同じ、市野、中川、村上、奈良先生(少林寺、居合い、サーファーと知的で体力にも自信のある男性群に花火が好きな奈良先生)に15名の学生、天候に恵まれた4日間、夜の月光は眩しいほど、天体に詳しい市野先生は素早く、北斗星や蠍座を発見、清々しい大自然で学生の共同作品、予想以上にまれに見る力作、個々の作品にも眼を見張るものが在りました、皆さん課題も終わり、最終日の夕食は野外でのバベキューと花火大会、楽しい、有意義な標高1300m の清里での合宿、富士山は連日4日間姿を現していました。学生達と引率の奈良先生、高速バスで清里に私も同行しましたが帰りは別行動させて頂き、皆さんとお別れ、学校の合宿の為の器材、画材と学生達の作品の移動の為だけでなく現地での学生移動にも必要なワゴン車とデザイン校正のプロ級、運転の村上先生とも別れて、途中、市野夫人の運転する車と合流、市野夫妻と中川先生とご一緒に、大月の窪田(1964年、阿佐ヶ谷美術研究所時代からの友人)俊ちゃんのアトリエを訪問、奥様と皆さんで俊チャンを偲ぶお話を、奥様が見せて下さった大きなアルバムの最初のページには大きな写真が一枚、1968年、竹川画廊の1階と2階で同時に個展を開いた時のツーショットの写真が在りました(実は私もその写真は持っていて、他に何枚かコピーして奥様に手渡して来ました)。又、その時、ご来廊して下さった窪田の恩師に当る、杉全直先生、斎藤義重先生の姿も、懐かしい時を過ごさせて頂きました(両先生とは、1974年、新橋の第七画廊で個展を企画して頂いた時から再会し、その後、東京やパリで、ドイツのドキュメンタに同行した事も、斎藤先生は TSAの関係もあり、お会いする機会が増えて、ベルギーでの斎藤先生の個展の時は、作品展示の助手でお手伝いに行った事も在りました)、窪田が心筋梗塞で亡く成ったのは今年の春、一年半前に会った時が最後に成りましたが、その時は元気にお酒も飲めて元気におしゃべりして居ましたが、人の命は解らないモノです(元気一杯のマイちゃんこと、親友の眞板雅文さんが3年前に亡くなったのも心筋梗塞でした)。市野先生、中川先生は窪田と同じに2年前、登米市アートトリエンナーレに参加した仲間でも在りました。窪田夫人と2匹の愛犬に別れを告げて我々4人はいざ東京に、帰り道、途中、中川先生と別れて、私は市野先生夫妻の車で横浜迄、早く着くはずが高速で事故が在り、のろのろ運転の渋滞、学生達の一行は予定通り無事、東京着と奈良ちゃんより連絡が在り、その後、1時間後に中川さんからも自宅に到着と言う連絡が市野さんの携帯にメールされ、我々一行は途中、渋滞なのでと簡単な夕飯を取り横浜にはのんびり22時に着き、東京の住処に着いた時は23時でした。翌日8月3日の昼は岡島さんと1年ぶりに再会、(1年前は清里でお会いしていました)、昼食は東京駅ほろ酔い通りで(同級生の春日の勝ちゃんの関係のお店で、彼の企画のミニクラス会は最近、この場所と定番に成っている所)、岡島さんとは、芸術とスポーツ、国益、農業問題、東日本大震災と福島原発事故後の対応、ヨーロッパから見た最近の日本の様子等等、話は短い時間でしたが楽しかったです。新幹線で17時に仙台着、早速、関本君に電話して、今夜の待ち合わせは、千石先生、明日(8月4日)、Gallery Turnaroud で上映の<わたしの夏>に出演していて、17時から映画上映会とその後、映画監督で詩人の福間健二の朗読会、又、福間健二と千石英世ゲストのトークが開催されると言うので、前日の打ち合わせと前祝いの様子、19時に、いろは横丁で待ち合わせ、千石先生とは4ヶ月ぶり、関本君と同席した仲間は、明日の進行係の仙台在住の俳人、それにTSAの仲間、酒豪ぞろい、先ずは乾杯とビールを少々頂いて、私はいつもの様に食べる方に専念、酒が入り文学の話が中心に盛り上がり、私の知らない世界、多いに勉強に成りました明日は、映画と朗読とトークを聞きに伺う予定です。