2019 W杯・備忘録 72
~ Ruck・2 ~
大会前にフランスで出版された『Comment decrypter un match de rugby?』(直訳すれば「ラグビーの試合をどう解読するか?」以下「JBE本」という。)では、第5章ラックで、レフリー視点・攻撃視点・防御視点からいろいろなことが書き込まれている。その中で興味深かった点を箇条書きしてみる。
・ ラックは、ボールを循環させるポイントでゲームのリズムを創る、近代ラグビーの心臓である。早い循環・脈拍であればゲームが弾み・加速化し・美しくなる。リズムが遅くなれば窒息し・死んでしまう。
・ ラックは、ボールの保持とテンポの二つを争う。攻撃側は、ボールのリサイクルを早くし、ディフェンスが揃わぬうちに展開することを狙う。防御側は、テンポを遅らせ、あわよくばボールを獲得することを狙う。
・ 攻撃側の理想は、ラックが形成されて3秒以内にボールを出すことである。
・ 現在のテストマッチでは、一試合に180回ラックがある。これはプロ化直後の時に比べて、50%増加しているし、スクラムの回数の13倍もある。現在の実ゲーム時間は35分程度なので、実質的に1分に5回ある。ラインアウトやスクラムとは違い、準備など出来ず、即興的になる。いつどこで、などと悠長なことは言ってられない。
・ ルールは難解、無政府状態とも言え、「いかさまプレー」(その多くは「見えないところ」で起きていて、かなりは暗黙の裡に認められている)が生ずる余地が多分にある。ボールを出すためには、チームプレーが欠かせない:適応のセンスであり、ルールと「お目こぼし」の許容範囲の理解が備わった…
・ レフリング視点では、ラックは反則の巣窟であり、レフリーの目がすべてを見ているわけではなく、ある種の地獄である。レフリーは各人各様、それぞれの感性に応じ・重点を決めて、ラックを裁く。各チームのコーチ・選手は、事前にこれらの傾向をビデオで学習し・試合序盤で許容範囲を試してみる。
・ 戯画化して言えば、笛を吹くレフリーと話しかけるレフリーに分けられる。確かに、笛を吹くことによってゲームが中断されるのは観客からすればつまらない。では、話しかけるのがいいのだろうか?「ラック」あるいは「リリース」とレフリーが叫んでゲームが継続されるシーンが見受けられる。冷徹に見ていれば、これでディフェンス側は時間を稼いだことになる。
・ ラックは、理屈の上では、攻撃側と防御側のボール獲得チャンスはフィフティ・フィフティである。現実には、防御側が獲得するのは1~5%に過ぎない。だから、ジャッカルの価値は大きい。仮にペナルティを取れなくても、ボールを出すのを遅らせれば、「ナイスプレー」になる。
・ ラックに何人をかけるのか、ゲームの肝でもある。
3月末で終了した欧州六か国対抗のサイトでは、さまざまなスタッツが掲載されている。その中に、ペナルティ総数と、ラック・スクラム・ラインアウト・モール・オフサイドに起因するプレーポイント別内数が出ている。これをチーム別に見てみると次のようになる。
| Pを取られた総数 | うち ラック | うち スクラム |
FRA | 47 | 13 (27%) | 7 (15%) |
IRE | 47 | 22 (47%) | 2 ( 9%) |
SCO | 55 | 24 (44%) | 7 (13%) |
WAL | 56 | 26 (46%) | 6 (11%) |
ITA | 67 | 26 (39%) | 12 (18%) |
ENG | 67 | 34 (51%) | 10 (15%) |
総計 | 339 | 145 (43%) | 44 (13%) |
ENGのPの多さは、いろいろと指摘されている。もちろん様々な要因が重なっているのであろう。数字を整理していると、ENGはENGレフリーに吹いてもらえない悲劇を痛感する。
今回の六か国対抗・全15試合では、8人のレフリーが笛を吹いている。内訳は、ENG協会所属の3人が7試合、FRA協会所属の3人が5試合、IRE協会所属の1人が2試合、SCO協会所属の1人が1試合。レフリーも経験値、特に大舞台での場慣れが必要である。この点で、ENG協会の3人とFRA協会の3人の笛は、個性はあるが安定している・笛の一貫性がある。この6人は2019W杯に参加していた。それに比べて、申し訳ないが、IRE協会・SCO協会のレフリーはこのレベルに達していない。彼らは2019W杯に参加していない。彼らの笛を見ていると、「あれ?」と感ずることがしばしばあった。今回の六か国対抗は「無観客」で行われたが、満員の観客というプレッシャーの下できちんとした笛が吹けるか疑問である。かといって、新たなレフリーを発掘・育成していかなければならない。むずかしいところだ。
ENG協会が、この六か国対抗の結果をどう総括するのか、興味深い。
ENGとWALの各試合でのPの数の推移を比べてみると次のようになる。
| 第1戦 | 第2戦 | 第3戦 | 第4戦 | 第5戦 |
ENG | 15 (7) Brace(I) | 12 (7) Adamson(S) | 14 (6) Gauzere(F) | 12 (9) Brace(I) | 14 (5) Raynal(F) |
WAL | 11(10) Barnes(E) | 13(5) Carley(E) | 9(5) Gauzere(F) | 8(3) Barnes(E) | 15(3) Pearce(E) |
(注)上段:()内はラックでのPで内数。
下段:レフリー名。()内は所属協会。
WALは第1戦対IRE戦でバーンズ主審から11回ペナルティを取られている。なんとそのうちの10回がラックによるものである。バーンズは、おそらく現時点で世界最高のレフリーで、彼の笛が世界基準となる。WALは第4戦でもバーンズの笛だったが、きちんと修正できている。ENGも、同じように、第1戦と第4戦、ブレイスの笛だったが修正できていない結果となっている。しかしながら、見た感じでは、ブレイスの笛に一貫性がない気がしてならない。どうなのだろうか…
コロナ禍でレフリーの南北交流も途絶えている。南北の差が顕在化するのではないだろうか。それ以前に、「いい笛」を育てる環境が奪われている。次回大会でどのようになっているか、心配である。
以前に紹介したシュミット・アイルランドHCの自伝の中で、JPN/IRE戦について次のように書かれている。
The match footage confirmed a few things that had frustrated us when watching the game live. There were four offside penalties given against us, which seemed very harsh. When Japan had the ball, the number of side entries missed at the breakdown, and players being taken out beyond the breakdown, was baffling – which made it incredibly difficult for us to turn the ball over or even to slow it down. The Japanese hold plenty of width in their attack, which means that they are sometimes light at the ruck, and we were keen to get pressure on their ball. When we couldn’t impact on the security or speed of their ball, they showed the skill, power and pace that they have. Loose forwards Michael Leitch and Kazuki Himeno were often in the wide channels and they carried powerfully, but they also showed the passing and offloading ability they have, which brought the high-speed threats of Kotaro Matsushima and Lomano Lemeki into the game.
The Japanese had defended aggressively and attacked with the tempo and energy that we had lacked the second half. Their passing skills and running lines were impressive, and they committed so few errors, despite playing at such a rapid tempo, that they continually kept us under pressure. From a neutral perspective, it was also a great result for World Rugby and for the tournament, with the host nation now leading the pool, and the passionate Japanese support has been magnified. (p307)
令和3年4月10日
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