2021年4月3日土曜日

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 71

2019 W杯・備忘録 71

        ~ Ruck 

  ラグビーは、奇妙なスポーツである。そもそもボールが楕円球である。「寝てプレー」してはいけない。「儘ならぬ」ことの連続である。不条理劇を見るようでもあり、理不尽の集積体でもある。極めつけは「ラック」ではないだろうか。

 宇宙人が見たら、どんなルールで何を競い合っているのか、理解できるだろうか。

現に、「ラック」は無用・無益なものだと考えたラグビー関係者は、リーグラグビー(13人制ラグビー)を創設し、「ラック」を無きもの(=ボールを持ったプレーヤーがタックルされて倒れたら、レフリーは笛を吹き、一旦ゲームを止める)とした。アメリカンフットボールは、この流れに位置づけられる。

  現行のラグビー競技規則「第15条 ラック」では、「原則:ラックの目的は、プレーヤーに地面にあるボールを争奪させることである。」と書かれている。

そして、「ラックの最中:

10.ラッキングする、または、相手チームをボールから押しのけることで、ボールが獲得できる。(英語文:Possession may be won either by rucking or by pushing the opposing team off the ball.

11.ラックが形成されたら、いずれのプレーヤーもボールを手で扱ってはならない。ただし、ラックが形成される前に立っている状態で手を置くことができた場合を除く。」と規定されている。

 要するに、ラックが出来たら、手を使ってはいけない、ということである。でも、あら不思議、いつの間にかボールが出てくる…

 それにしても「Rucking:ラッキングする」とは、如何なる行為なのだろうか?

  WRのスタッツには、「Rucks Won」という項目がある。今大会の決勝ラウンド7試合の勝者・敗者の数値は次の通りである。

 

QF1

 QF2

 QF3

 QF4

 SF1

 SF2

   F

勝者

   48

  100

   75

   68

  110

   55

   64

敗者

  113

   98

   90

   87

   89

   97

   93

 計

  161

  198

  165

  155

  199

  152

  157

  1試合平均:170回、ということは、前後半80分の中で1分に2回以上、出現している。

 ちなみに予選プールで、両チーム100回以上という試合が1試合だけある。M14 JPN115回)・IRE107回)。

  ラフプレーで名高ったトゥーロンのフッカー・HCを務めたエレロは、『ラグビー愛好辞典』の中で「Ruck」ではなく「Rucking」として項目立てし、アマチュア時代の古きフランスラグビーを振り返っている。

「この英単語は、maul(モール)とともにフランス語単語に変換されずにフランスラグビーで使われている。その意味するところは「相手プレーヤーを踏みつける」ことであり、斑模様の傷跡を残すことである。

 ラグビーにおいては、地面に横たわってボールが出るのを意図的に妨げるプレーヤーを踏みつけることに、長い間、寛大であった。お互い様なので、顔や頭だけは踏みつけない、という暗黙の了解が成立していた。倒れているプレーヤーにとっては災難なことだ!

 第二次世界大戦前のフランスでは「rucking」と「足蹴にすること」は同義であった。このこともあって、1931年、フランスはアングロサクソン各国から破門され(注:当時の五か国対抗から排除された)、フランスラグビーは消滅するおそれもあった。

 (エレロが現役時代)フランスのクラブに移ってきたイングランドの選手がしみじみと語ってくれた。「フランスに来て、練習に出て、タックルされた選手がみんな、頭を抱えるのを訝しく思った。でも、3試合やってみて、よくわかった!」

 Ruckingが起こる場は、懲罰を受ける場であった。足蹴の嵐の中に身を横たえ、痣だらけになる、それが戦った痕跡でもあり、勇気の証でもあり、いかさまの印でもあった…   毎日曜日の痣だらけの選手は、ペテン師なのか狂気の士であったのか!

 このような嘆かわしいことを避けるため、また、ruckingは危なすぎることから、1990年代末からグランドに横たわりゲームの進行を妨げた場合は即座にペナルティが課せられるようになった。それでもグレーゾーンは残ったままだ。」

  目には目を・歯には歯を、ゲームの進行を妨げる「石」に対して自力更生・自力制裁することは、「正義」に適った行為と看做されていた。ところが、それは危なすぎるということで、制裁権がレフリーに移管され、①ゲームの進行を妨げる「石」には瞬時にペナルティを課す ②その代わり、自力更生・自力制裁は厳罰に処す、という現代風の基準が定められた、ということなのであろう。

  手元にある「ジーニアス英和辞典」によれば、「ruck」には

ruck¹:《名》1 一般大衆 2人込み 3(ラグビーの)ラック 4 後続集団 5 (燃料などの)山 《自動》ラックに加わる」

ruck²:《名》(布などの)折り目」

ruck³:《名》(俗)〔特に刑務所で〕けんか、格闘 《動》叱る、どなりつける」

となっており、ruckingruck³とされている。

  かつて、「地面に寝ているプレーヤーは石である」(だから、踏まれても自業自得…)と言われていた。石が(=相手プレーヤーが横たわって)、ボールを出すことを阻害しているのならば、自力更生で(いかなる手段であっても)石を排除することは正しい行為だと看做されていた。

  近年の規則改正によって、このあたりはかなり秩序が確立してきた。①「石」になったプレーヤーは、即座に退出しなければペナルティを課せられる(=ノット・ロール・アウェイ)。②その代わり、自力更生は認められず、「石」ではなく「ヒト」として優しく接しなければならない…

  今年の欧州・六か国対抗が終わったが、全15試合でレッドカードが5枚出された。

このうち、3枚がWAL戦でのもの。いずれも、①WALの対戦相手のマイボール・ラックが形成され ②ラックからマイボールが出て、プレーは継続される ③(ノックオン・ペナルティ・トライの)笛が吹かれて ④流されていたラックに関してのTMOのチェックが入り ⑤ラックにいるWALの選手を剝がそうとしてラックに入った選手がWAL選手の頭に激突したシーンが映し出され ⑥当該選手にレッドカードが出されている。

かつての感覚(≒正義感)からは、WALの選手の阻害行為はどうなの?と思ってみたりもする。レッドカードを受けた選手からすれば、「石」が転がっているのでルール通り「push the opposing team off the ball」しただけだ、という無念の思いがよぎっているだろう。

せめて喧嘩両成敗でなければ、おかしいのではないか、という気もしている。

しかし、現代ラグビーは、そんな陳腐な正義感・ノスタルジーを許さない。なんたって、勝利至上主義、TMOさまが存在し、訴訟リスクに晒されているのだから…

  次回大会ではラックのあり方が大きく変わっている予感がする。

                                                                                 令和3年4月3日 

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