2012年9月30日日曜日
2012年9月29日土曜日
パリに戻る日が近く成ると移動が激しく。

9月23日は、迫町の森田先輩のお店、開業100周年記念式典が登米祝祭劇場で行われ仙台から高速バスで駆けつけました、四代目社長・カズの挨拶も素晴らしかったです。24日は幹男ちゃんと東京に、エコ電力の代表取締役、神山秀幸さんはじめ、スタッフの方々とお会いして、日本橋から四谷三丁目に近い大京町に、取締役の十亀 允さんの運転で、UN Women(国連女性機関)さくら の会長、大槻明子様の所にお邪魔しました、NPO法人・一冊の会の理事長・小山 志賀子様、そして、尾崎行雄記念財団の事務局長・石田尊昭さんと、エコ電力の方々とご一緒
に、国連を通して外灯をアフリカに贈ると言う話や、東日本大震災の被災地に外灯を贈る話まで、今回の震災から、直ぐに行動を開始した、大槻会長と小山理事長、運転は大槻会長、東京から宮城まで毎日往復、45日間、日帰りで連日支援物資を届けたと伺って感激しました、特に女性の立場からみた支援物資を行ったと伺って、確か、大江の勝ちゃんは女性用トイレを80個、2ヶ所の被災地に届けたと聞いて驚きましたが、普段、男性中心の社会、支援物資も女性や子供達の事を考える支援が必要と思いました、そして、被災地では今でも、外灯が無く、子供や女性が真っ暗な道を歩く事は困難な状態ですが、エコ電力が開発した太陽熱の蓄電技術を活かせば、電線のない所にでも簡単に設置出来る外灯を世界の闇の中に灯したいと素晴らしいお話を伺い、その、太陽熱を利用した外灯のアート的デザインの依頼の話を伺いました、話に花が咲き、長居した様子、慌てて、彼岸の日、近くの笹寺に寄って頂き、伯母さんの墓参りを済まして、先ず、幹男ちゃんの乗る新幹線にと東京駅に向いましたが、車が渋滞で途中で四谷で電車
に乗り快速で東京駅に、私はそのまま銀座七丁目迄送って頂き、森さんのギャラリーで、最近の銀座のアート状況を教えて頂き、彼のコレクションを2点、御借りして、仙台の展覧会に出品させて頂いているので、作家の話からギャラリー、コレクターの話まで聞かせて頂きました。やる気充分の森さんです。25日は大江の勝ちゃんと小野田町へ、夕食は久しぶりに一生君と一緒に、26日は早朝、高速バスで登米市に、ミュージアムの打ち合わせ、来年度の基本計画、センターの熊谷所長、ミュージアム担当の岩井君、Satoru Sato Art Museum 友の会・会長の佐藤幸一さんを交えて、行政サイドと民間サイドの話し合いの中で、日本でも稀な、幾何学構成アートのミュージアムのコレクションを活かした企画を基本に、先ず、市民、子供達と
の交流を大切に輪を広げて行こうと確認を取り合い、いろんな方々と情報交換も必要と、その後、石森の街並を視察して仙台に戻り、夕方、ギャラリーで待ち合わせ、27日は、先ず、白松がモナカ本舗にご挨拶、その後、藤崎(デパート)で個展初日の渡辺雄彦先生の作品を観に、丁度、渡辺先生ご夫妻が会場にいらっしててお会い出来ました。午後、羽田国際空港へ送るトランク2個を引き取りに来て頂き、何となくホット一安心、ギャラリー・ターンアラウンドの展覧会に顔を出して、隣のカフェで、安部ちゃんの作るパスタを頂き、のんびりおしゃべり出来ました。28日は、在仙佐高会に出席、親しくさせて頂いている 丸森忠吾大先輩、佐藤裕也大先輩と同席、又、後輩とも、おしゃべり出来て、楽しかったです。2次会は副会長のタミオちゃんと中村ミステイへ、民雄ちゃんの感情豊かなカラオケを聴いて、仙台の夜は最高潮、なんと、偶然にもカラオケ仲間の須藤さんもクラス会の2次会でバッタリ、当然の様に午前様でした。29日、目覚ましにシャワーを浴びて、のんびり仙台から東京に、昼食は税理士の勝ちゃんと一緒におしゃべり、御馳走なりました、夕方、羽田空港に、いつものなら、日本滞在・出発前一週間は、東京に滞在、東京の友人、仲間の皆さんと、のんびりおしゃべりする時期ですが、今回は一週間、動き回った感じです、普段は、秋を感じさせる季節ですが、暑いまま、日本の夏の楽しいヴァカンスも終わり、明日から、パリでの生活が始まります、今度は、パリより楽しいニュースをお知らせ致します。2012年9月23日日曜日
北京から西川さんのメール!
現在、北京におります。中止、延期となりました 日中国交回復40周年記念友好親善演奏会の収拾、
現地スタッフへの説明、精算、関係者との今後の協 議にきました。北京日本商会(商工会議所)、日本人会、大使館が一緒に、現 在、最良の対処を考え、共同で作業にあたっておりま す。せめて小さくとも親睦の夕べをとの地元関係者の声 から、商工会の交渉のおかげで用意できた会場に て、現在、日中の小演奏会も合わせて復活準備されています。日本大使館様の後援はそのまま継続で、館員の方も 参加されます。タイトルは周囲を刺激しないよう、形式上、変更さ れました。事故を避けるため、会場、内容は26日当日終了する まで一般に公開されません。
安全のため会場からの大切な要請です。私自身は、21世紀飯店(「中日青年交流 中心」と併設の日中資本合弁による施設)におりま す。以下が大使館周辺のここ数日の写真(ダウンロー ド)です。http://firestorage.jp/groups/5de69471f47c5ddc246400484c5c4f0fdc059dbepass:senkaku
■状況について
上海や広州等南部では暴力事件、襲撃、破壊などい ろいろ大変な状況がありますが、北京は柳条湖81周 年の18日をピークとして、翌日からは普通です。つまり大使館前のデモはあり ません。当局からの通達、中国版ツイッター(ウェ イポ)公安当局公式アカウントでのデモ禁止通告以後、全くデモは見られなくなりまし た。報道の車、夥しい公安車両、周りに延々と続く 鉄柵、警備陣は日本大使館前に集結し、大使館には一般人は一切入れない状態ではありま す。それでも18日までとは全く状況違い、デモが当 局によって統制、用意されたものであったことがよく分かります。日本のテレビなどでは時間差もあり、とても緊張し た雰囲気で伝えているようですが、北京の全ての他 の地域の街の中はきわめて普通です。しかし普通のところは報道されません。大使館の近 所の飲食街、特にいくつもある日本食店などは被害 避けるために大きな五星紅旗や「釣魚島は中国のもの」などの横断幕をかけている のは事実です。が、「この短期間で旗屋は相当儲 かったよな」と歩きながら笑って言っている人々がいるのも事実です。10月には中国も政権移譲があり、非常に複雑な背景があります。表面上のナショ ナリズムの噴出だけで判断することはできません。中国の数か月前までの情勢を新聞やネットなどで見 てきた方々は、「太子党」、失脚した重慶の実力者 などのことについてご存知と思います。こうした関係は、今も大変な力、資金力 を全国で発揮しているようです。島に目を取られて いるばかりでは本質は分からないというのが私の感想です。多くのデモ隊の前面が復 古の象徴である毛沢東の写真を掲げていたことの意 味は、中国の人にとっては自明です。重慶から中国全体に向けてで強力な復古政策の呼び かけが行わていたことは事実。このこと、10月の党大会での習近平氏への政権移譲 をめぐる様々な動きこそが事態を動かしている本質です。習氏は二週間も公の場に姿見せず、事故による重体 説や死亡説まで出ていました。水泳中の事故や、軍 車両まで詳述して事故を解説、収容された市内の軍の病院名まで報道されました。逮捕され収監されている薄氏派の強烈な巻き返しと 政権への揺さぶりが、ちょうどよいタイミングで島 の問題にありついたという状態かと私には思われます。日本のテレビなどの紹介では、 まるで中国共産党政権中枢が一枚岩であるかのよう な印象を受けますが、実際はそうではありません。日本料理店のほとんどは中国人経営、あふれる新品 の日本車に乗るのもほとんど中国人。まったく迷惑 だといっている少なくない庶民もいます。理性的で知識、経験、知的嗜好、思慮のあ る中国の人々は静かに事態を見守っています。煽り に乗せられることなく、利権派閥にコントロールされず、両国民が歩み寄れ納得できる 双方の本当のの国益と安全を考える必要があると思 います。歴史は偶然で大きく動くものでしょうから、一瞬も 目の離せない状態であることは確かです。日本政府は、穏便に済ませるつもりで都の購入より 国有化を選びましたが、日本の常識は外国の非常識 という結果になりました。読めていない流れになってしまっています。煽る政 治家もきわめて無責任ですが。アメリカでもドイツでも、「日本の右傾化に危惧」 と報道されています。日本は今後どういう方向に向かうのか非常に心配 で、懸念しています。
西川浩樹
2012年9月21日金曜日
9月21日、ミュージアムにて、
20日、岩井君から、昨日の展示指示に従って今日、展示を終える計画で明日、先生に展示の最終チェックを頂きたいと言う電話を頂きました、私の展示作品リストと展示内容の説明を聞くと、ピーンと理解して頂き、問題の在る時はすぐ電話かメールで質問して来て、速やかに解決して来た彼らの展示作業は安心です。今回は、もう診る必要も無いと思っていましたが、そろそろパリに戻る時期、丁度、ご挨拶も兼ねてと、ミュージアムに行って来ました。おもっていたとおり、一部のあやまちもなく、展示は完成して居ました、まさに BRAVO! 、安心して展示会場写真を撮って来ました。
今回、版画の展示室を Garicia-Rossi の特別展と言う訳では在りませんが、彼を中心にした視覚芸術のパリの仲間達の版画展示を所長に説明して、特別 GARCIA-ROSSI の版画4点と彼のキャンバスに描いた作品を1点、合計5点を展示して頂く事に、ガルシア・ロッシ氏は9月5日、83歳、奥様や一人娘一家に見守られてパリで他界しました。12日の葬儀には家内が代理で出席、家族つき合いさせて頂いていた、後輩思いの大先輩で仲間の一人でも在ります、既に彼らのグループは歴史に残る実験的な制作をしています。 丁度、センターの事務所に、ミュージアム友の会の千葉さんと中嶋さんが居て、久々にちょいとおしゃべり出来ました、NUWSLETTER アートミュージアム友の会Vo1. 3 (2012.8 )を手渡されて拝見、良く出来たパンフです、登米市のミュージアム友の会は子供達や大人の皆さんがアートをとうして、多くの方々と楽しい交流が出来る企画をパリから期待しています。一緒に写真を撮ろうと展示会場の撮影を終えて事務所に戻ったら、二人は既にお出かけ、中嶋左の写真はガルシア・ロッシ氏の作品です、下の人物写真は中田教育事務所のフタッフの皆様、皆さんで撮る事は珍しい事で、彼らはほとんど、仕事で分散していますから、展示の合間でも用事が入ると飛んで行く事、在りデスから皆さん頑張っています。迫庁舎の前で、左から、中ちゃん、さとる君、サトル、野家副所長、担当の岩井君の5人です。そうです、石川君がさとる君、熊谷所長曰く、さとると呼びつけに言うと、サトル先生と一緒に成り、呼べないんですよと聞いた事が在りました、勿論、皆さん爆笑でしたが、下右の写真は、今回、最後のお別れ、皆さんに快く送って頂きました。バスの中から撮った写真は窓が曇っていて、今一でしたが、副所長のVサイン、最高でした。皆さんに感謝です。

2012年9月20日木曜日
陸前高田の戸羽さんを訪ねて!

大江の勝ちゃんのご案内で、陸前高田市に行って来ました。朝7時に、勝ちゃんから電話で7時30分、出発の計画で迎えに行きますと連絡が在り、その後、玄関先に着きましたと電話が成り、慌てて玄関先に降りて車に飛び込み、助手席に乗ってベルトを締めて車が動き出したら、勝ちゃんニコリと曰く、パリ時間、ジュストですね、丁度7時30分発でした。<仙台、出る前に、関グッつあんを乗せないと>、早速、電話で、7時45分に迎えに行きますと連絡、7時45分に着くと関グッつあんがマンションの下で待っていました、早速、後の席に乗って頂いて、3人の珍道中の始まりでした。高速に乗る迄に、近道、北山のトンネルを通過して、仙台郊外の山々を観ながら、やっと国道四号線に出てから高速に、そこから岩手県一関インターをめがけてぶっ飛ばし、岩手県に入り一関から、陸前高田の街に、大船渡に何度か訪ねているのに陸前高田は初めて、高台の方には家が見えますが、港に近い中心街は平原の様で、ビルの残骸がところどころに見えるだけ、港の中心街のシンボルだった Capital Hotel の前で待ち合わせ、我々を待って居て下さったのは、勝ちゃんの友人、戸羽伸一さん、今日のご案内役の方です、戸羽さんの車に乗って、先ず、港に、奇跡的に残って有名に成った一本松が2日前に切り取られました、海岸線に何万本と在った松林は根ごそに引き裂かれ残ったのは一本と聞いていましたが、他に一本、寂しそうに立っていました、勿論、枯れているのですが、山の方も津波が押し寄せた後が見えます、市役所、学校、文化会館(資料館)、病院、大きなビル以外は見事に消えていました。途中、アラ!大江社長、なんで、ここに、と言う一行の方が居られました、ロータリークラブの方で、大江社長さんには本当にお世話になっていますと丁重なご挨拶、勝ちゃんと言う私達の会話を聞いて、勝ちゃん! 大江社長をそんなふうに言うなんてと、言われて、反省!確かに、石巻の被災地に行った時も、大江様には、大変お世話になっています、と、こちら迄、お礼を言われた事が在りました、我らが勝ちゃんは素晴らしい、あの行動力には敵わないです、そう言えば、戸羽さんが、この辺では地震で家がつぶれた古い家は在りませんね、きちんとした材木を使っている所は、と言われて昼食は気仙大工左官伝承館に行ってみて、彼の言わんとする所が良く解りました。船作りの技術で活かした建築物と神社仏閣を作った気仙大工左官の方々が居た地域、驚きました。その後、戸羽宅に、そこで見た映像は今迄と違った感覚でした、同じ地区の方が撮ったVDVを拝見、津波の恐ろしさは特に私がテレビで見ていた凄い津波の流れは、表面からの津波の荒さではなく、逆流の凄さがそこに写っていました。16時前に戸羽宅を失礼して、高速で一路仙台に、最初に、関グッつあんを降ろして、我々は待ち合わせ時間18時30分前にはフォーラスの前に到着、今日は、内輪でサトルを送る会を企画して頂き、一郎ちゃん、斉藤ちゃん、陽子ちゃん、そして、カッちゃんは他に用事が在り車を降りる時、<サトルちゃん、シャブシャブの最後のお餅とうどんを入れて食べる頃には行くから心配すんな!と言って居ましたが、時間に正確と言うより、丁度、お餅とうどんが鍋に入れられる頃に、来て、お餅とうどんを頂きましたので、安心しました。大江さん、有り難う。
2012年9月19日水曜日
吉田 先生 からのメール!

9月18、19日と葬儀があり、また、大船渡に行ってきました。 この前は葬儀の段取りの役で忙しく、つい建物の裏まで続いている作品に気づきませんでした。 今度はゆっくり見てきました。建物の広場正面から 建物の中を通り 建物の裏の広場まで続く物作りの発想は ちょっと私には出てきませんね 、事務の女の方は ああ佐藤 達 さんの作った物ですねと即座に応じてくれました。
◈ あの大船渡の海、山々の風景に直線を引いてみたかったのです、あの風景を取り組んだ建築物を通り抜けて永久に直線を、それは縦、横の直線、そして、昔、鉛直主義を唱えた時から、当時は平面の中での直線と立体の中での直線、鉛直と言う言葉は、重力の芯を超えた大気の精神的な芯、曼荼羅の芯、そこに幾何学の芯が、ピラミッドとの出会いの中で感じられた世界でもありました、微分積分学を得意とし、美術部の副担任で在った吉田先生からのメールは嬉しいです ◈
Garry Faif の作品色 No 確認、
9月 19日、今日は7時15分、仙台のフォーラス前の高速バスに乗って登米市に、8時45分にバスを降りると中塩さんが迎えに来ていました、チョット、寄り道をさせて頂き、先輩の森田宅に(2年前、ホームステイーでお世話になったフランス人の友人、造型作家の Mavropoulos から、森田ファミリーにお酒を届けてくれと依頼されて居たので、それを届けに)、お宅に誰も居ない様子なので、先ず、峯男先輩、そして、カズ(一史君の事、フランスの仲間は Kazuと呼んでいるので)、さらに峯男夫人の携帯に電話をしてもどなたも出ない、近くの森田先輩の店舗に届け様としたら、Kazu から電話は鳴り、先生どちらですか(先月、仙台ヨドバシの出入り口で、バッタリ会っていたので)、ほら、ピエールからお酒を届ける様に預かっているのでと言ったら、すみません!本社に居ますので、是非、と言う事で、立ち寄ったら、カズが迎えに出てくれ
て、2階の社長室に通されて、珈琲を頂きながら先輩峯男ご夫妻も一緒に楽しい会話の一時を、今野先輩の話も出たり、又、100周年記念式典のお話やご案内状を頂き、15分オーバーで失礼致しました。
て、2階の社長室に通されて、珈琲を頂きながら先輩峯男ご夫妻も一緒に楽しい会話の一時を、今野先輩の話も出たり、又、100周年記念式典のお話やご案内状を頂き、15分オーバーで失礼致しました。
9時30分には、商工観光課の菅原さんと打ち合わせなので、中ちゃんはそわそわ、少し遅れる様子を連絡して下さったので、助かりました。
今日の用事は、震災で転倒した、ガリー・ファイフの作品修理修復の為の色確認の為、担当の菅原さんとミュージアムで待ち合わせ、模型を診ながら色決め、双方、確認が出来て安心致しました。
それから10時半過ぎ、3人のスタッフの皆さんと入れ替え作業に立ち会いました、先ず、作品を外す作業と梱包作業、同時にリストをみながら、新しい作品を収納庫から出して梱包を解き、床に並べる作業、昼食後は、再度、作業を続け、包装紙やエアーパックは次の包装に使える様にキチンとまとめて、作品位置決め、これは時間がかかります、職員の皆様の協力無しでは出来ない作業、皆さん初めてではないのでスムーズに、元気印の石森の岩井君中心に、石川君(佐竹ヒサ子先生の教え子)、中塩君(中ちゃんの親戚)の皆様は、昨年夏の展示替え、今年の3月と8月の作品展示替え、出前アート講座作品展示など、既に一緒に作業している息の合った仲間達、私の展示の仕方など既に把握しているので安心、私の方は作品1点 (Charles Bezi の作品)展示に立ち会って、17時半の高速バスに乗って仙台に戻ったわけです。作業は言う事無し、皆様、白手袋で床にはビニールを引き、作品を大切に取り扱って展示作業をして居ますので。
それから10時半過ぎ、3人のスタッフの皆さんと入れ替え作業に立ち会いました、先ず、作品を外す作業と梱包作業、同時にリストをみながら、新しい作品を収納庫から出して梱包を解き、床に並べる作業、昼食後は、再度、作業を続け、包装紙やエアーパックは次の包装に使える様にキチンとまとめて、作品位置決め、これは時間がかかります、職員の皆様の協力無しでは出来ない作業、皆さん初めてではないのでスムーズに、元気印の石森の岩井君中心に、石川君(佐竹ヒサ子先生の教え子)、中塩君(中ちゃんの親戚)の皆様は、昨年夏の展示替え、今年の3月と8月の作品展示替え、出前アート講座作品展示など、既に一緒に作業している息の合った仲間達、私の展示の仕方など既に把握しているので安心、私の方は作品1点 (Charles Bezi の作品)展示に立ち会って、17時半の高速バスに乗って仙台に戻ったわけです。作業は言う事無し、皆様、白手袋で床にはビニールを引き、作品を大切に取り扱って展示作業をして居ますので。
登録:
投稿 (Atom)



















