2014年10月15日水曜日

Nino-Calos 展に行って来ました。

Nino - Calos は 1926 年、Messine(Messina) 、Sicily 生まれ、私が初めて Nino - Calos  とお会いしたのは、1973年のSalon Réalités  Nouvelles の作品展示の時、Bozzolini と同じ、Art Géométrique・Construit のセクションの委員をしていて、Bozzolini の紹介で会ったのが始まり、Cinétisme Mouvement 〖 Lumino-Cinétique 〗の第一人者、1975〜1980 年 東京の第七画廊のグループ展にも参加して頂いた作家、彼から頂いた石版画は Satoru Sato Art Museum にコレクションされています。今日は Xuriguera 氏と一緒に、RCM Galerie を訪ね、懐かしい故人のNino の作品を見れました=Nino のカタログの紹介文は Xuriguera が書いていたので長話、そこに、大型自動二輪車に乗って  Francesco Marino Di Teana (鉄、特にコールテン鋼を使った大型アート・モニュメント作家として有名な彫刻家 )の息子 Nicolas が来て1年ぶりの再会(親父さんのFrancesco からはオブジェ=金属の立体と銅板画を Satoru Sato Art Museum に寄贈させて頂いています)、そこでパチりと写真を撮りました。左から、Satoru. Robert Murphy. Nicola Marino Di Teana . Gerard Xuriguera 。

春日の勝ちゃんから・・・

帰仏の際にはミニクラス会を招集できませんで、残念かつ失礼しました。
中国でのご活躍振り等は貴君のブログでしっかり拝見しています。忙しい中、古里「宮城県」の核廃棄物の最終処分場のことなどにもご腐心されるなど、広い視野、豊かな人間性だから大勢の仲間から親愛、信頼されることが良い作品の素になるのでしょうね。

日本人3人そろってのノーベル賞受賞は「お・み・ご・と」です。が・・・、頭脳も企業も「海外流失」は微妙な心境ですね。

さて、日本は2週連続の大型台風の上陸で各地で被害甚大です。天気予報やニュースでは、かって聞いたことのない言葉「猛烈で激しい暴風雨」とか「ただちに命を守る行動に」とか「これまでに経験したことがない」などの言葉が当たり前のように発せられ、聞く方は不安が募るばかりです。緊急な「避難勧告」も乱発気味?です。我家のすぐ前の水路も氾濫寸前で「避難勧告」がでました。

今日の天気予報では、寒い冬の訪れが早いようです。我家の前の水路には、10月初めにシベリアから小型の鴨が6組飛来しました。確実に冬が近づいているよです。
今週末には、ホウレンソウなどの冬野菜の種まき、植え付けを完了させなけれなりません。孫姫のバスケ応援も小・中学で会場2か所の移動ですが、また楽しからずやの気持ちです。
パリも木の葉舞う季節も近いでしょう。風邪などに負けずにお元気でご活躍ください。 
わざわざパリから台風のご心配ありがとうございました。 春日 勝三

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  春日税理士事務所
     税理士  春 日 勝 三

2014年10月9日木曜日

環境省の姿勢は・・・

宮城)指定廃棄物処分場の候補地調査 加美町に連絡せず
指定廃棄物最終処分場の3候補地が県内に示されてから8カ月。環境省が8日、1カ所に絞り込むために現地調査を始めた。住民の反発を恐れ、加美町には連絡をせず早朝に着手。説明を避ける環境省の姿勢に、不満が噴出した。
 候補地を抱える3市町によると、栗原市と大和町は7日までに調査入りを伝えられていたが、調査に強く反対する加美町には連絡がなかった。
 加美町の田代岳に8日午前7時すぎ、環境省の職員1人と地質調査のコンサルタント業者2人が到着。約2時間にわたって、道路の幅や斜面の勾配を測ったり、写真を撮ったりした。朝日Digital

ノーベル物理学受賞者の意見・・・


 ノーベル物理学賞を受賞した中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(60)は7日、同校で記者会見した。青色LED発明の対価をめぐり勤務先だった日亜化学工業(徳島県)と訴訟を繰り広げた苦い思い出を振り返り、何を励みに研究に取り組んでいるのかと問われた中村氏は「アンガー(怒り)」だと述べた。一方で日亜の創業者の小川信雄さん(故人)を、採算を度外視して研究をさせてくれた良き理解者として「最も感謝する人」と言及した。
 また、長く拠点にしている米国については「日本と違うのは、研究の自由があることだ」と英語で熱弁。「米国では誰もがアメリカンドリームを夢見ることができる。日本には真の自由がない」と述べた。
 構内で共同通信のインタビューに応じた中村氏は、日本企業は携帯電話やテレビ、半導体や太陽電池などで優れた製品を作ったが「グローバル化に失敗したため、この分野を全て米国や中国に取られてしまった」と指摘。その最大の原因として「英語ができないこと」を挙げ「日本は第1言語を英語にするぐらいの大改革をしないと経済が収縮するだけだ」と警鐘を鳴らした。
 日刊スポーツ[2014年10月9日10時4分 紙面から]

金沢21世紀美術館のニュース

金沢21世紀美術館(21美、金沢市)が9日、開館10周年を迎えた。アートを目的とした旅の形を作り出したともいわれ、入館者総数は1400万人を突破。街の形も徐々に変えつつある。「人気の美術館ランキング1位」(2012年、フォートラベル調べ)「外国人が選ぶ! “行ってよかった”クールジャパンスポット8位」(13年、トリップアドバイザー調べ)人気ランキングの上位にしばしばあがる21美は04年に開館し、08年からは入館者は市人口の3倍を超す年間150万人前後を維持。開館7年の11年8月には、地方として驚異的なペースの累計1千万人を突破した。その7割を県外客が占める(昨年の入館者アンケート調べ)。
9月中旬、大阪府枚方市の中村京佳(みやか)さん(29)は長男(4)に「現代アートに触れさせたい」と、夫(28)とともに6年ぶりに訪れた。自身は3回目。「日常と違っていて、引き込まれる感じです」立地するのは、兼六園や香林坊(こうりんぼう)などがある市中心部の小中学校跡地。県庁が移転し、さらなる空洞化を防ごうという狙いがあったが、「現代美術館は歴史と伝統ある金沢の街にそぐわない」と批判が相次いだ。しかし、ファンクラブにあたる「友の会」会員約1800人のうち、今では県内が8割を超す。4年前に入会した金沢市の元病院職員、丸田外美江(とみえ)さん(65)は現代美術になじみがなかったが、21美へ向かう人の流れに気付いた。「試しに行ってみると、開かれた感じがして興味を持った」。21美の秋元雄史(ゆうじ)館長(59)は「街が現代アートの美術館を受け入れてくれたのが大きかった」と話す。21美が生んだ人の流れは街を変えつつある。近くの商店街の新木(あらき)久雄理事長(66)によると、周辺でアート作品を販売する店やギャラリーは開館前の1、2軒から5、6軒に増えた。09年に設立されたNPO法人「金沢アートグミ」は、市民や観光客に市内の美術店やギャラリーを巡ってもらう「アートスペースリンク」を毎夏に実施。3回目の今年は26店が参加した。上田陽子理事(28)は「金沢で活動したいという作家が増え、それに応えるようにギャラリーも増えた」という。朝日新聞Digital

2014年10月4日土曜日

Gérard Xuriguera 氏著・〖 自由なる、ある美術評論家 〗・サン・ジェルマン・デ・プレからソウルへ。


ジエラー・スリゲラ氏の新しい本、〖自由なる、ある美術評論家/サン・ジェルマン・デ・プレからソウルへ/〗の出版記念会が10月9日、17時より21時迄、画廊街で国立美術学校の近く、Galerie Berthet-Aittouares にて開催されます。スキャンダル好きなジェラー大先生、10月9日の出版記念会は、どんな感じに成るのか楽しみです。後日、報告致します。本の内容も気になる所です。