2011年8月23日火曜日

MACHIKO チャンからのメール

さとるさん

お元気ですか、私はまだ東京にいます。
この前、サトルさんから知らせていただいたおはなしのこと、来月の中旬わたしもフランスに直紀さんと一緒に行

く事にしました。
実は、突然引っ越しの準備が始まってしまって実家にあまり戻れなくなりました。まだ誰にも話していませんが、

今月の最初に結婚の話が出たので直紀さんと結婚する事にしました。

サトルさんはいつまで日本に滞在されるのですか?

またご連絡します

まちこ



☆ MACHIKO チャンからのメール、NAOKI君と結婚する事にしましたと、嬉しいニュース、MACHIKOちゃんは東京の大学で専門的にクイン・イングリッシュを学んだ後に、イギリス留学 Londres  で映像アートを学んだ才女、現在東京に住んでいる、繊細、且つ、自分の環境を作品に具現出来る才能を持ち、期待される映像作家の一人、宮城県佐沼高校の後輩でも在ります、かたや、NAOKI君は東京の大学を卒業後、Barselona  へ留学、友人の CAMI 教授の元で長らく学び、CAMI の紹介で彼と東京で会い、親しく成った作家、イタリアやドイツにも旅している国際派、英語が得意で更に4年間留学していたスペイン語、そしてイタリア語、ドイツ語と喋れるイカす奴、パリの展覧会にも出品している頼もしい作家です、東京の個展の時にお手伝いして頂いたり、3年前から私の田舎に、2年前の親子野外作品公開制作の時にもお手伝いして頂いて、運悪くと言うか、運良くと言うか、MACHIKOちゃんはロンドンから帰国したばかりで、カルチャーショックに掛かっていた頃かな、登米市中田生涯学習センターの3階に在る、Satoru Sato Art Museum に顔を出していまして、良く、ロンドンの現代美術の近況と日本の文化の違いをおしゃべりして居ましたが、たまたま、NAOKI 君を紹介、それが縁と言うか、自然に徐々に、二人はアートを通して和を膨らまさせて、今日のメールに繋がりました。二人とも、素敵な作家、優しく、時には応援も兼ねて見守って行きたいと思います。
その二人が、来月パリに来ると言う訳です、友人の造型作家、Colnemarez 氏の好意で彼のアトリエに1ヶ月間ちかく住んで、制作出来て、そのアトリエで発表も出来る計画、それに我が家から徒歩で5、6分、9月30日はパリで、再会出来そうです。サトル

2011年8月21日日曜日

北の古狸より、

原発周辺、長期間住めないと判断…首相陳謝へ

読売新聞 8月21日(日)3時1分配信
政府は20日、東京電力福島第一原子力発電所事故で高濃度の放射性物質に汚染された周辺の一部地域について、長期間にわたって居住が困難になると判断し、警戒区域を解除せず、立ち入り禁止措置を継続する方針を固めた。
数十年続くとの見方も出ている。菅首相が地元自治体に直接説明し、避難の長期化を陳謝する方向で検討している。具体的な地域は、福島県双葉、大熊両町の原発3キロ・メートル圏内などを念頭に精査する。
政府は4月、原発20キロ圏内を原則として立ち入りを禁じる警戒区域に設定。来年1月中旬までに原子炉が安定的に停止する「冷温停止状態」を達成し、警戒区域を解除する方針を示してきた。
しかし、文部科学省が原発20キロ圏内の警戒区域内で事故発生後の1年間で浴びる放射線の積算量を推計したところ、大熊、双葉両町を中心とする35地点で、計画的避難区域などの指定の目安となる年間20ミリ・シーベルトを大きく超えた。原発から西南西に3キロ離れた大熊町小入野では508・1ミリ・シーベルト、同町夫沢でも393・7ミリ・シーベルトと、高い推計値を示した。
最終更新:8月21日(日)3時1分

◉◉これって、福島原発事故発生後、直ちに解っていた事なのに、25年前、当時、ソビエト連邦に在ったチェルノブイリ原子力発電所(現在、ウクライナ共和国)の事故、チェルノブイリから約8,000キロ離れた日本でも、野菜、水、母乳から放射能が検出されたと言うニュースを新聞で知った方々が多いはず、覚えてますか、旧ソビエト連邦は原発周辺30Km圏内に住む住民9万民を避難させたと、しかし、事故から3年後、初めて詳細な汚染地図が公表され、原発から300Kmも離れた地域迄、高汚染地域が広がっていると公表、日本の新聞にも出ていたのです、福島原発事件後、なんで、5ヶ月間も過ぎた後に、立ち入り検視措置を継続する見解が新聞に出るのかな、原発事故が発生した場合の対応システムが事前に出来ているにも関わらず、なんで、政府は被害地の住民と国民にきちんとした情報を提供し最善の対応をしようとせずに、隠す事が一番と考えるのか、国民をゴミ扱い!アホやねん!地震や津波の影響では無く、原発事故発生と同時に、外国人の日本脱出が始まり空港はごった返しして居た事、もう、忘れている、何故、各国大使館が東北や関東に住む自国民に対し避難命令を出したか、解っていない、原発事故が起きて直ちに太平洋の反対側、アメリカ西海岸では、ヨウドや海藻等の自然薬品が品切れでパニックにも成っていたのに、なんや!日本では人ごとみたい、アホか! 俺もアホやけど!我が日本国政府はそのような手配の気配すら見せなかった、経済大国と言われる日本の政府がまさか薬代を支払えないとは思えないが、なんでやね、事故はしょうがない、ならば、国民の健康を第一とする対応が一番や、事故を只、ひた隠しにするって、日本って本当にどうしたの!言い換えれば原発事故の怖さ以上に、政治屋の怖さを知らない国民は大変だ(言い過ぎかな)! 民主、自民と言っている時ではないでしょうが、日本は平和だと安全だと思っている方々が多すぎる、ヤバいよ!これから更に日本の国益は低下、他国が豊かに成り、日本は世界から脱落して行くのか見えて来るが、只、対応が遅いと言う事は慎重と言う言葉にもなるので、実りの在る復興を祈るしか無いのかな! 政治屋でなくプロの政治家って日本に少ない、すべての職業のプロヘッショナル精神が消えては困ります。銭と名声だけを残そうと考えてる奴ら、被害地で何が出来るのか、迷惑を考えずに被害地に乗り込む応援団の数の多い事、被害地を逃げ出す事の出来ない被害者の身に成ってみてくれよ、そして、我々と同じ様にあなた方も本当は被害者だと言う事を忘れないで欲しいわね。
日本は変わりつつ在りますね、もはや、アジアの中でもリーダーシップをとれない日本、日本のこれ迄のお客様(輸入国)は、他の先進国や隣国に奪われ、バブル崩壊から徐々に骨抜きされた過去の経済大国、今回の災害で、崩壊にまっしぐら(真っ死蔵)突き進み、隣国にどやされ、恫喝まがいの事をやらさっれっぱなし、国際政治を司る人間が、政治家がいないのです、解決策は無いのか、在るのか、それにしても、日本は弱く成って行きますね、でも、頑張っている若者が居るってことだけは忘れないでほしいねん、勿論、老体に鞭打って、復活を願う方々も少なくないのですから。北の古狸より。参考迄に、
http://www.jca.apc.org/mihama/fukushima/cherno_tondel_rep110406.pdf#search

2011年8月19日金曜日

公ちゃんこと、木村公治を祝う会

左の写真は、圭子ちゃん、瑞枝ちゃん、征子ちゃん、吉城が帰った後、写真を撮るのを忘れて居て慌ててて撮りました、10名一緒の写真が撮れずに残念、左から、大畑の民夫ちゃん、怜子ちゃん、中ちゃん、公ちゃん、征子ちゃんの5名です。公ちゃんは66歳で社長に就任ですから、まだまだ、我々も元気にしなければと、集合した10名、私も含めて全員現役、頼もしい同級生です。しゃぶしゃぶ一杯食べました。

大人の絵画教室、初日は大忙し!


8月19、20日は大人の絵画教室が 登米市中田生涯学習センター2階の創作室&実習室で開催されました、初日の19日は、先ず、皆さんで 3階の Satoru Sato Art Museum に行って作品を見学(初めての方も居ましたので)、1日目は画用紙に午前、鉛筆で直線のみのデッサンと頭の体操、午後、コラージ(丸、三角、四角を切った色付きの紙を使用した)の作品制作、途中、子供絵画教室の表彰式が3階の展示室で、今年の子供達の描いた絵の雰囲気は色彩的にも構成的にも昨年と違った印象を受け、震災の思い出が傷として残るのではなく、明日への出発となる勇気と挑戦の夢を語れる事に成ればと祈りました。表彰式終了後、皆さんで8名の方々が制作中の2階の創作室を見学、興味を持った父兄も居た様です。私は創作室にそのまま残って指導続けました。ボランテアの智恵ちゃん、ミカちゃんは大忙しです、その日は、16時迄(教室は15時迄)居て、16時30分の高速バスで仙台に、同級生、公ちゃんこと、木村公治の社長就任祝いを同級生で、18時15分に待ち合わせ場所に時間丁度に、たどり着けました。

2011年8月16日火曜日

外村 孝史 さんからのメールです。

時代の潮流、我々は何をなすべきか?今、時代は大きな変動を迎えています。その意味するのものは全面的、全般的、全体的であり古今未曾有の大転換期であり、そのドラマティックな大変動の渦中に有りながら、その全貌を根源的に把握することは容易ではありません。
しかし、その意味するものは、重大であり、確実に我々に大変革を迫るもの。既存のままでは如何なる企業、国家、団体と言えども、今、変革をしなければ、時代から取り残されるだけです。
 連日、暑い日が続いておりますが、みなさま如何お過ごしですか。研究会仲間の高 静苑さんから中国の山西省の自然と人口の建築物が一体となった素晴らしい写真を戴きました。幽玄な中国の天然の景観をお楽しみください。

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外村 孝史(Tomura Koshi)k_tomura@mtf.biglobe.ne.jp
早稲田大学理工学術院総合研究所(理工研 55s-04-02b)
プロジェクト研究「中小企業連携・支援研究」
連絡先 〒108-0072東京都港区白金二丁目5-12-1102
Tel/Fax 03-3280-5186 携帯090-5207-6098
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素晴らしい人間(建築物)の自然と共有、共存する限界に挑戦した風景(写真)は限りなく雄大で力強さを感じさせます、残念ながら、ブログに転移する事が出来ませんでした。
それにしても、今、大事な時ですね、方向を間違うと本当に日本沈没に成りかねない、外国諸国の眼はじっと成り行きを見守っています、まるで獲物を得る猛獣の様に、そして、天使の様に。

2011年8月14日日曜日

田手さんからのお知らせです、No2


日本でも忙しいですね。ブログは現状を確かめるのに役に立ちました。やはり足が無いと動けませんね。あの柱は帆柱ですか。航海時代を支えたのでしょうね。勉強になりました。
子供たちとの交流ではいつもと違うサトル先生の顔になっていました。紙の直線をつなぐ・・・・・結果が面白いですね。子供たちも喜ぶことでしょう。
被災地の現状には驚かれたことと思います。二人とも3.11にテレビ画面の中で地元が崩れてゆく状態をただ見ているしかない心境に苛立たしい思いでした。どうしてここまでひどいのか。東京でも地震の揺れがいつもとは違い連続した長さでした。そして続いて津波の大きさと甚大な被害・・・。飛行機や大きな家が土台ごと流される。堤防を乗り越え、漁船を陸地に持ち上げる。その速さにも驚かされました。
志津川の久一郎さん宅は、インターネットの写真や動画、それにすぐに公表されたGoogleの被災地地図やストリートビューで土台しか残っていないので信じられませんでした。一度伺ったことがるだけに、蔵造りの
豪壮な母屋、庭、蔵などがきれいに流されていることが驚きでした。あったものが無くなっている・・・不思議な感覚でしょうね。
気仙沼や松島の親せきはGoogleの安否情報やメールで、命からがら津波から逃げたというコメントつきですが、ひと通り人的被害が無かったことを確認できました。家の倒壊は数件ありましたが。
そうですね。震災に関係のない楽しいもの・・・今日お送りしました。
毎日、東京と仙台の気温をチェックしていますが、時には仙台のほうが高い場合もあります。そして揺れている。 なかなか仙台に足が向きません。
学校は1週間後から二学期が始まります。
田手宏道

田手さんからの知らせです ・ No1




釣り好きの方は見ないほうが・・・。苦労無しでここまで・・・。
羨ましいですね。

クロアチアからの転送です。下の<魚>をクリックしてください。
酷暑お見舞い申し上げます。

田手宏道



  
KLIKNITE NA RIBICO  ! 

◎▲☐魚が川の中から飛び上がる光景は素晴らしいモノですね、ボートで通るとボートの床に飛び込んで来て、釣りせずに魚を得る事が出来るって、縄文時代、日本にも魚を得る方法は、釣りと言うより捕まえるそんな場所が在った様な気がしますね、魚の映像を見た友人から、素晴らしいとメールが入っていますが、只、他の映像はアート的では在るが、サトルのブログには好ましくないと言う意見と、ピッタリの映像が入っている、感心、と連絡が入っています、鑑賞する方々の良心に任せたいと思います。