今日あたり ネットフリックスの加入者 急増ずるのですかね?
2019 W杯・備忘録 317
〜 AI 〜
昔 テレビで見た 明治:北島監督が スタジアムで タバコをふかしながら 自チームの試合を 悠然と見ている姿を 思い出す。
「昭和のラグビー」 試合中 選手交替が存在しない時代 監督の役割は 見ているだけ だった。!?
現在 スタジアムでは 何人も 喫煙できない。
また 監督が 試合を眺めているだけなんてありえない。 監督・HC・コーチ陣は パソコンの画面とピッチ上を凝視し 指示を飛ばし続ける。 それを Waterのビブスを付けたコーチが ピッチ上を駆け回り 選手に 伝達している。
WATER:水は 「昭和のラグビー」では 飲むものではなく 「ヤカン」で運び・気絶している選手にかけるものであった。「魔法の水」の時代。水に魔力が存在していた!? 高校で ラグビーをはじめたころ 補欠として ヤカンをもって 走り回ったことを思い出す。それが 今や 飲み物になり・運ぶ人は 偉い人が務めるようになった。
「昭和のラグビー」 試合中の「頭脳」は ピッチ上の選手たちだけであった。 ピッチ上で 見・聞き・感じ 自らの頭で 分析・判断・決断し プレーしていた。「頭脳」は ピッチ上だけにあった。いつの頃からか ITが登場し・活用されるようになり ピッチ外からの情報が 重きをなしてきた。でも 「頭脳」は ヒトに占有されていた。
20世紀末に出版され 今に至るまで 読み続けれているスポーツ本に 多木浩二『スポーツを考える−身体・資本・ナショナリズム』(ちくま新書 047 1995年第1刷 2021年第9刷) 玉木正之『スポーツとは何か』(講談社現代新書 1454 1999年第1刷 2022年第19刷)がある。再読したが 読みごたえがある・新たな学びがある。両書とも 過去・現在・未来のスポーツを 縦横に語っている。
多木・本に「かつての資本主義では身体は労働力であり、商品を生産していた。この生産を中心とする段階では、スポーツは労働力の再生産のための余暇の利用法であった。… (現代は)スポーツはそれ自体として職業化した。スポーツの身体は物質を生産するのではなく、記号=情報を生産する。スポーツのアルゴリズムが生じる。さまざまな身体の神話とともに記録という情報を生みだすのである。ボールゲームでは得点というディジタルの差異を競うのである。チームゲームにおいても個人の能力はディジタル化される。野球の打率、サッカーの得点王争い、いろいろな能力、強さはディジタルに測られる。スポーツとは記号の場に、身体能力から性差を含む社会的矛盾までを描き出す表象活動なのである。」(p185)とある。社会の変遷に従い スポーツも変化し ITとの親和性も増してきた。すべては 同時代に シンクロして 進化・深化してきた。ラグビーのスタッツも増加・進化・深化してきている。
同時期に書かれた 保坂和志『羽生 21世紀の将棋』(朝日出版社 1997年)第6章 コンピュータ観 で 「パソコンによる棋譜整理を研究に導入した第一世代が、羽生をはじめとする佐藤康光、森内俊之などの1970年頃に生まれた棋士だ。」(p160)、「コンピュータによって一気に加速した将棋の体系化・系統的研究(棋譜・定跡の整備)は、棋士の心に重要な変化をもたらす。」(p164)と 分析している。
これらの本 それぞれ未来を語っているが 触れられていないのが 「AI」。あの時代までは 「頭脳」は ヒトのものであった。
今 AIが 飛躍的に進化し続けている。新たな「頭脳」の登場!? 誰が こんな現在を 思い描いていたのだろうか?
2019年3月 イチローは 引退会見で 次のようなことを言っている。
「2001年にアメリカに来てから2019年の野球は、まったく違う野球になりました。まあ、頭を使わなくてもできる野球になりつつあるような。これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど。本来は野球というのは…これダメだな。これ言うとなんか問題になりそうだな。頭を使わなきゃできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているのが、どうも気持ち悪くて。ベースボール、野球の発祥はアメリカですから。その野球がそうなってきていることに危機感を持っている人って結構いると思うんですよね。」(山本敦久『ポスト・スポーツの時代』岩波書店 2020年 p25)
近未来のラグビーでは AIが幅を利かせてくるのは 間違いない。
その時 「頭脳」は どこにあるのだろうか? どんな戦略・戦術が 幅を利かすことになるのやら。 選手の「頭脳」は痩せてゆき ロボット化していくのだろうか?
そもそも 身体/頭脳 の 二分法で捉えるのが 間違いなのだろうか? でも 少なくとも AIは ヒトの身体/頭脳の外にある。ラグビーをプレーするのは 身体/頭脳を兼ね備えたヒトであってほしい…
気がかりではあるが いかんともしがたい ♪ 時の流れに身を任せ〜 ♪ しかないのだろうなぁ…
令和8年3月7日
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