花粉が飛んでる 花粉症の症状が 軽くなってきました 歳のせい!?
2019 W杯・備忘録 316
〜 伝統 〜
リーグワンのテレビ中継をみていると スタンドの観客のかなりの人びとが 応援するチームのジャージを着ている。いったい いつごろから こんなに多くの人びとが ジャージ着用・観戦するようになってきたのだろうか… 代表戦しかり… サポーターの一体感が生まれ・試合に参加している気分が増す… あるいは ジャージ販売≒おカネの循環加速≒資本主義のなせる業 なのか… あらゆる競技スポーツ・あらゆる場所で 顕在化・定着してきている… グローバル化のなせる業… 新たな伝統が 創造されている。
広辞苑によれば
伝統:ある民族や社会・団体が長い歴史を通じて培い、伝えてきた信仰・風習・制度・思想・学問・芸術など。特にそれらの中心をなす精神的在り方。「−を受け継ぐ」「−のある学校」
で 思い浮かべるのが フランスのラグビーシーンでの ゴールキック時の相手チームサポーターの大ブーイング。まさに「ある民族が・長い歴史を通じて培った・風習」。というのも 1980年 フランスで はじめて観戦した時の驚き やがて それに慣れ(というか 大声を出すことが そのチームを真摯にサポートしていることの証+連帯感・爽快感 沈黙していることは 「悪」という感覚が芽生え・根差すことに) むしろ ニッポンでの静寂がスタジアムを包む時間帯への違和感が… そういえば 最近 ゴールキックを蹴った直後 「はいれ!」の一声が聞かれるように… 歌舞伎の名場面を見ているかのような… とすれば 他国では聞かれない掛け声なのだろうか? これまた 新たな伝統が ニッポンで 創造された!?
観戦マナー 時と場所で 違っている・違ってくる… こういうことも グローバル化=画一化=規律化するのだろうか…
その意味では NZ・フィジー・トンガ・サモアのキックオフ前の「ハカ」 相手チームサポーターは どうしているのか… 固唾をのんで凝視するニッポンサポーター vs 自国チャントを大声で歌い続ける イングランド・アイルランドサポーター… どっちも「あり」なのだろう… そもそも お祭り≒無礼講。
どうなんだろう? ある特別な時だけ 沈黙しなければならないのだろうか? 「ハカ」は 神聖な儀式だから… ゴールキックを蹴るのは 特別な時だから?… だったら 試合中は すべからく 沈黙すべし に 行き着きはしないだろうか とか。
そもそも なぜ 特定のチームだけの「ハカ」なのか… ジャパンも「ハカ」を! と主張すれば 伝統にない と 即座に却下されるのだろうが
今週 ロンドンで WR主催の「Shape of the Game」というフォーラムが開催されていた(WRホームページ・ニュース)。Midolによれば、㈰ 今後のラグビーの在り方を決する重要な会合 ㈪ 伝統的な「格闘」・「激突」に重きを置く国々(フランスなどの欧州+RSA)と 流動性・ショー化を追求する国々(NZ・AUS)の二大潮流の存在 ㈫ 象徴的な議論対象が スクラム再開の機会減少・レッドカード20分退場の扱いという 現在 スーパーラグビーで導入されている試験的措置 とのこと。
フランス側は めずらしく 協会・リーグ・選手会(フランスでは 選手会の発言力がそれなりにある)が「一枚岩」になって NZ・AUSの提案に反対しているとのこと。その根底には NZ・AUSの提案が 自国観客数の増加をめざしてのことだが そもそも 現在のラグビー・ビジネスの8割は フランス・イングランドで 実現されていて NZ・AUS提案が 観客増につながるのか 疑問であるというものである。
そして 却下の理由は 一言でいえば 「ラグビーの伝統にそぐわない」
スクラムは ラインアウトと並んで ラグビーの試合再開の中核 まさにラグビーをラグビーたらしめている 集団行為。NZ・AUSの発想は かつて ユニオンから袂を分かった 13人制ラグビーの発想そのもの。だから だらだら スクラムの組み直しが 続けられても ラグビーなんだから で いいのだろうか という 反論も出てくるのだろうが…
レッドカード・退場は ゲームをつまらなくする という意見・感想は いたるところで出てきている。これについても フランス陣営は 明快に プレーヤーファースト:選手の危険回避の観点から ありえないとし そもそも 「退場」という罰則そのものが ラグビーの伝統だ としている。さらに ゲームをつまらなくする ということに対しても 人数を欠いたチームが勝利することもあるという 反証を出している。さらに エリートラグビー(現行の競技規則の用語。同規則の定義では「ラグビーのプロフェッショナルレベルとは、各協会/競技会によって定められた規則、プロトコル、規定が使用されるべきである。」とされている。)とアマチュアラグビーは 同一規則で行われるべきだ ⇒ ラグビーを支えているのは 草の根:アマチュアラグビーだ ⇒ だから そういう試合でも適用される規則であるべきだ というような 論理構成で 議論を展開している。
何を「伝統」と捉えるか そして 「守るべき伝統」と「変えてもいい伝統」の仕分けをどうするのか 誰が主体・意思決定者として?
令和8年2月28日
0 件のコメント:
コメントを投稿