ラグビー日和 本年もよろしくお願いいたします
2019 W杯・備忘録 309
〜 オフサイド 〜
ラインオフサイドを自陣で犯し・Pを取られ・相手にPG=3点を献上する つまんない! と つい感じてしまう… ラフプレーと どうでもいいオフサイドが 等価なのか とか
サッカーにおけるオフサイドの定義を見直す可能性が出てきている などなど 気になっているこのごろである。
そもそも オフサイドとは?
名著『オフサイドはなぜ反則か』(中村敏雄著 三省堂選書119 1985年)では
「数えきれないほどのスポーツのルールのあるなかで、私がとくに「オフサイド・ルール」を選んだのは、何よりもこのルールのもつ不合理さ、不自然さにあった」(p9)という問題意識を明確にしている。そして フットボールの淵源からの変遷と併せて 経済・社会の変化を丁寧に辿り 19世紀 「校庭のフットボール」で 様々なルールが規定・文書化され その中で オフサイドが創設され・明文化されたとしている。
〔第2章 5 オフサイド・ルールの意味〕では「密集から〈離れていく〉行為や〈離れている〉行為が「よくない」行為とされ、やがて禁止されるようになった理由としては、第一に、それによって「突進や密集」の少ないフットボールが行われるようになり、フットボールの真髄でもあり、また楽しみや面白さの中心でもある「男らしさ」を示すプレーがみられなくなるということがあったと考えられる。第二には、フットボールを一点先取というルールで行われる競技として受け継いでいく以上、この一点が容易に得られないようなルールや技術構造にしておく必要があったということが考えられる。 … 「祭り」である以上は、それが長く続くことを望むのが当然であり、フットボールはこの伝統をルールのなかに取り込み、すぐれた技術構造をもつボール・ゲームとして継承したスポーツであるということができる。」(p164) そして「考察を以上のように進めてくると−それは多分に推察を含むものであったがーオフサイド・ルールは、そのもっとも根本に、一点の先取を争うという約束があるなかで競技時間を長くするという目的から考え出されたものであろうと思われてくる。それは必ずしもドラマティックな激論のなかで生まれたのでも、ルールの普遍化を追求するなかで生まれたのでもなく、むしろフットボールの伝統と、そこにこめられた民衆の喜びや楽しみを受け継いでいくという自然で人間的な行為のなかで生まれたものであるように思われる。しかしそれは、単独にそれ自身の独自な発展として出現したのではなく、産業革命といわれる時代のドラスティックな変化のなかで生まれたのであり、社会秩序の巨大な転換を背景にしているものでもある。」(p168)
なるほど 歴史的(経時的)には そういうことらしい
『スポーツ国家アメリカ 民主主義と巨大ビジネスのはざまで』(鈴木透著 中公新書2479 2018年)は 〔序章 スポーツの近代化とアメリカ〕〔1 「競戯」から「競技」へーフットボールに見るスポーツの近代化〕において 上記中村本を丁寧に辿りながら 近代フットボールの成立過程を詳述し 〔2 近代フットボールと産業社会の基本原理〕で 産業革命と近代スポーツの関係性を解説し 〔3 産業社会の試練とアメリカ型競技理念の登場〕において 南北戦争後のアメリカの社会・経済状況の影響下 どのように イギリスで誕生した近代スポーツが変容したのかを 野球・アメリカンフットボール・バスケットボールを例にとりながら 具体的に解説している。
「アメリカ型競技は、成果の最大化のために別の方法も導入した。それは、オフサイドの簡素化や撤廃である。アメリカンフットボールにもオフサイドという反則は一応あるのだが、それは守備側の反則で、得点を入れにくくするために攻撃側に適用されるラグビーやサッカーのオフサイドとはまったく異なる。しかも、アメリカンフットボールでは前方へのパスが解禁され、明らかに得点しやすいルールへと変更されている。また、バスケットボールに至っては、オフサイドという概念が消えている。ボールを奪ってゴール近くにいる味方にパスして得点すれば、それは決して卑怯な手段ではなく、むしろ見事な速攻なのだ。」(p21)
う〜む 「ところ変われば しな変わる」なのか 「郷に入れば 郷に従え」なのか グローバル化≒アメリカ化したら どうなっちゃうんだろう??
『スポーツルールの論理』(守能信次著 大修館書店 2007年)で まず スポーツルールの機能として 法的安定性の確保と正義の実現を挙げ その根源に 《面白さ》の保障を置いている。そして スポーツルールの構造として 条理的行為規範・刑法的行為規範・行政法的行為規範・組織規範の四分類から成るとしている。「行政法的行為規範が命じる各種の形式について見ていきますが、ここであらかじめそのうちの代表的なものを思いつくままに列挙しますと、トラベリングや三秒ルールといったバスケットボールにおけるバイオレーション関係のルール、バレーボールのフォアヒットやタッチネット、野球における左回り進塁ルールやタッチアップ規定、サッカーやラグビーにおけるオフサイド・ルール、バトミントンやテニスにおけるサービス球の落下区域制限など、枚挙にいとまがありません。右に挙げたいくつかのルールに代表される行政法的行為規範の特徴は、前述した車両の左側通行規制と同様、それが規定する中身に関して科学的真理や道徳倫理から類推することを人に許さない、そうしたルールだという点にあります。」(p102)
実に明快 オフサイドなんて《そうであってもなくてもよい形式》(p17)らしい… ほんとかな… などと 「ほんとと嘘」なんていうのを頭から否定しているのが 守能の立場で これはこれで 痛快… 要は 《面白さ》に尽きる
エレロ『ラグビー愛好辞典』「オフサイド」の項では 「オフサイドの倫理的根拠は、ノックオン(現在はノックフォワードか…)同様、極めてシンプルで かつ ラグビーの本質を規則化している:各チームの選手は ボールを持っている者の後ろに位置しなければならない。オフサイド規定のないラグビーは ラグビーではない。」
なんとなく しっくりする解説である と感ずるのが 「昭和的」なのか…
中村本 終章は 「フットボールの発展過程を概観すると、その変化は下表のように大別できるのではないかと思われる。
フットボールの特質の変化
時代 ・ 社会 | 特 質 | 性 格 |
原始・未開社会 | 呪術 | 日常を支配 |
封建社会 | 競戯 | 半日常性、あるいは半非日常性 |
資本主義社会 | 競争 | 非日常性 |
未来社会 | ? | ? |
(p202)
資本主義が進化・深化し続けているのか あるいは AI社会(?)が 到来するのか ともかく 近代フットボールが成立・充実してきた時代・社会から未来社会へ移行してきているのであろう。中村は 未来社会に「?」を おいているが どんなフットボールが出来するのやら
「時代」「地域」に応じて ルールは変わる… 「ルールを順守する」ことに長けていて・「ルールを創設する・改編する」ことを考えないニッポン(人)… そもそも グローバル化・AI化で ニッポンなんて 霧消してしまうかもしれない… ともかく 未来社会のラグビーのオフサイド どんな規定になっていくのか ぼんやりと 夢想している 年初めである
令和8年1月10日
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