Olivier と久しぶりのランチでした。今月末から日本への旅に出発と言うので、なんでも雪国の岐阜・白川郷や温泉の一人旅(日本は大雪で大変とか)。その後、東京に戻り、更に南国のタイから、マレーシアへの旅、冬支度から真夏の国へと、衣類が大変と言って居ました。仕事が一段落してのバカンス、頼もしい仲間です(優秀なパリ大学第八の教え子の一人)、現在はアニメ映像の仕事に携わって居ます。私のパソコンや携帯電話のトラブルが生じた時には Olivier に修正依頼して助けて頂いて居る元・先生です。中華ランチ(どデカイ器に驚き、美味しい料理、30分待ちの混み様でした)の後は、近くのカフェ(Le Select )でコーヒーを飲みながら iPhon をチョイと修正してくれて 🙏🙇🏼♂️ 感謝 😅✌️ Bon Boyage 🎉🤩 再会は旅の後、3月に成りそうです 🤩
2026年1月22日木曜日
2026年1月21日水曜日
佐藤 正基さにより写真が届きました✌️
< 今日、Satoru Sato Art Museum に行って来ました。石森章太郎ふるさと記念館にも行きました。お二人の偉大なアーテイストを育んだ風土を感じて来ました>。と正基さんよりラインが届きました🙏🙇🏼♂️ 寒い時期にそれも今日は強風の中😅本当に有難うございます。✌️正基さんとは仙台在住のラクビーキチで半端ジャない🧐ご家族全員が強烈なラグビーフアンです✌️たまたま、2017年、11月25日、日本対フランスのテスト・マッチの会場(パリ郊外のナンテール)で偶然、お会いしてからの付き合いです。その後、ラグビーワールドカップ(Rugby World Cup )2019年の日本大会、2023年のフランス大会でもご一緒に観戦させて頂きました。昨年の8月30日のユアテックススタジアム仙台でラグビー・アサヒスーパードライ、パシフィックネーションズカップ(PNC)2025、日本対カナダ戦の国際試合も。その上、キノコの専門家です。今年の夏の再会を楽しみにして居ます🙏感謝
2026年1月18日日曜日
岡島レポート・ 2019 W杯・備忘録 310
阪神・淡路大震災から 31年
先日『五十年目の俺たちの旅』がらがらの映画館で ぱらぱら座っている 一人でやってきている おじ(い)さんたちと 見ました
2019 W杯・備忘録 310
〜 選手交替 〜
ラグビーマガジンに 名前が載ることは 誇らしい… ラグビーマガジンの別冊付録「全国高校大会ガイド」を パラパラ見ていた。各県代表校が それぞれ2ページで 紹介され 「SQUAD」では 30人の名前が掲載されている。が 部員が30人に満たない代表校が 数校ある。北から 北海道遠軽高校(27人)・県立山形中央高校(16人)・私立聖光学院高等学校(28人)・長野県飯田高等学校(20人)・県立若狭東高等学校(26人)・県立倉吉東高等学校(17人)・私立坂出第一高等学校(19人)・私立土佐塾高等学校(23人)・県立コザ高等学校(24人)
で このうちの20人未満の3高校が 花園で どうだったか というと いずれも一回戦で 東海大仰星(137−0)坂出第一〔19人試合登録し リザーブは1人出場〕
光泉カトリック(106−3)山形中央〔16人試合登録し リザーブ1人出場〕
飯田〔20人試合登録し リザーブは2人出場〕(82−0)倉吉東〔16人試合登録〕と大敗。
飯田高校は 2回戦で 目黒学院(115−0)飯田 と 完封大敗している。
昔は 選手交替なんていうものは なかった… 15人いればよかったのに… 選手交替:メンバーチェンジの生まれた歴史的背景は? ということで 今回も 前回同様 2冊の本から引用してゆく。
中村敏雄著『メンバーチェンジの思想』(平凡社ライブラリー73 1994年)は 「水戸黄門がマウンドに立てば」という架空の話からはじまる。㈰ある時 黄門様ご一行は 村びとが野球に興じているのに出くわし 「入れてくれ」と黄門様がピッチャーマウンドへ ㈪へなちょこ球しか投げられない黄門様は 滅多撃ちにあう ㈫そこで 助さん・格さんが ご印籠をかざすと 村びとたちは 平伏す ㈬その後 黄門様は 快刀乱麻 打者を打ち取り続ける… というストーリー。中村の主眼は 身分制社会では 対等な対決が望みえないということ。だから 「メンバーチェンジというルールは〈近代〉スポーツの多くに取り入れられているが、このルールが成立、実行されるためには、プレーヤーはすべて対等・平等であるということが認められている必要があった。」(p40)と続いてゆく。
そして 「メンバーチェンジというルールは、もともとは何らかの事情によってプレーヤーを交代させなければならないようなことが起こった場合の条件や方法などを決めたものであり、このような考え方の根底には、競技は常に同じ人数で行わなければならないという原則の確認があった。そしてこの原則の承認の背景には、競技は常に、しかも可能な限り、対等・平等な条件下で行われるべきであるという思想があった。」(p44)
さらに 「メンバーチェンジのルールは、もともとは単にメンバーの交代に関する条件や方法などを規定したものでしかなかったのであるが、やがてそれは初期に考えられていたプレーヤーの怪我、体調不良などの、いわば不測の事態への対応策という条件を超えて、勝利を得るための有効な手段として活用されるものへとその性格を変えていく。」(p45)
その変化の根底には 「19世紀後半期以降にアメリカで考案されたチーム・スポーツでは、消極的・限定的であったにしろ、基本的にこれ(メンバーチェンジ)を認める立場に立っていたのであり、ここにイギリスで生まれのサッカー、ラグビー、ホッケーなどがはっきりとメンバーチェンジを認めない立場をとったのと対照的で、しかも基本的な相違を見ることができる。このような考え方の基底にあったのは、さまざまな場面に「最適」のプレーヤーを活用して勝敗を争うという精神であった。これを勝利「至上」主義とはいえないにしても、「勝利」主義ということはできるであろう。言い換えれば、勝敗を争うものである以上、それは当然、対等・平等な条件下で行われるべきであり、その上で、互いに「最高」のプレーヤーを「最適」の条件下でプレーさせることが保障される必要があるという合意を成立・実施させる精神風土的条件がアメリカにはあったということである。」(p49)
鈴木透著『スポーツ国家アメリカ 民主主義と巨大ビジネスのはざまで』(中公新書2479 2018年)では アメリカ経済・社会史とシンクロさせながら 論じている。
まず 「アメリカ型競技が選手交代に寛容なのも、一部の人間に試合を独占させず、より多くの人に参加する機会を与えるという意味では、市場へのアクセスを保証しようとする独占禁止法の精神を彷彿させる。アメリカンフットボールやバスケットボールでは、一度ベンチに下がった選手も試合に再登場できる。疲労に打ち勝って最後まで同じ人間がプレーすることより、部分的であっても、より多くの人に試合に参加できるようにすべきだという精神には、開かれた市場と格差の是正を重視する発想が痕跡を止めているといえよう。」(p20)
そして 「アメリカ型競技が選手交代に寛容で、野球の代打のように状況に応じて最適な人材を投入し、得点という成果を最大限に得ようとするのは、実はこれ(究極的には生産の最大化を目指すこと)と対応関係にある。また、こうした競技理念は、野球のワンポイントのリリーフ投手のように特定の状況への対応能力を専門に磨くことを奨励する。それは専門性の高度化であると同時に、特殊能力があればゲームに参加できるという、能力主義や成果主義をも強化する。」(p21)
さらに 「産業社会の基本原理との親和性が高いアメリカ型競技では、分業化・専門化が進み、ポジションが細分化される傾向にある。それは、状況に応じて最適な人材を投入するというメンバーチェンジの発想とも相性がよく、より多くの人がゲームに参加できる点では民主主義と、より成果が最大化できる点では資本主義の精神とも軌を一にする。また、特殊な専門的技能の重視は、能力主義や成果主義を強化する。つまり、選手の価値は、あくまでその人の能力という物差しに一元化される。逆に言えば、能力のある者が試合に出られない、ましてチームにさえ入ることができないとすれば、それはこのシステムと根本的に矛盾する。」(p93)と論じている。
また 「中村敏雄には、「メンバーチェンジの思想」と題する論考がある。この中で中村は、アメリカ型競技のメンバーチェンジの思想が一方では勝利至上主義を体現しており、それは勝利のために選手を部品化・消耗品化する発想だという鋭い指摘をしている。」(p96)
中村は 前掲書の中で「勝利至上主義とは、勝利を得るためにはいかなるものをも犠牲にして、そのためにあらゆる手段を集中・駆使すると同時に、勝利を得ることこそがスポーツにおける最高の目的であり栄誉でもあるという思想、といってよいであろう。」(p46)と定義づけている。
勝利至上主義に関しては 後日 じっくり考えることとしたい。
メンバーチェンジに関しては どうやら 歴史的には 村の祝祭であった「競戯」が イギリスの学校で「競技」に移行し
㈵ 両チームが 同数のスターティングメンバーで戦うことがルール化され(ただし メンバーチェンジは想定されていない)
㈼ ケガなどの不測の場合にだけ メンバーチェンジが認められるようになり
㈽ (野球のように)戦術的メンバーチェンジが付加され
㈿ (バスケットボール、アメリカンフットボールのように)交代し退場した選手の再出場が認められる
という経過を辿ってきたようである。
部員数の少ないチームにとっては メンバーチェンジが 有難迷惑のような…
ラグビーについては まず メンバーチェンジなしの時代があり ㈼の時代を経て 現在は ㈽の時代である。(一度退場した選手の戦術的再出場は 認められていない。)
「ラグビーは 公平性を重んじ 「先発15人のみで戦い 誰かがケガしても補充出来ない」それがラグビーの伝統・本質である」と プレーし始めた 「昭和」の部活で 聞いたのだが… なんのことはない 伝統も 本質も あっさり 変えられてゆく。
じゃあ 変化の原動力は 《面白さ》なのだろうか? その《面白さ》は プレーヤーにとってのなのか 観客のなのか…
これから どうなるのだろうか? 気になっているのは フロントロー・HIA・相手から受傷した場合は 再出場が認められている現状からして バスケット・アメリカンフットボール同様 戦術的再出場も「あり」とする日が やって来るのか 来ないのか…
令和8年1月17日
2026年1月16日金曜日
今日は10年ぶり、 Eric Legallo が訪ねて来ました。
パリ大学第八、造形芸術学科の教え子、卒業数年後、若くしてルアンの街で現代アートのギャラリー Galerie espace - 061をRouen で開き、当時は日本にも来て、Gerard Xuriguera の紹介で、今井俊満や井上武吉と言った画家や立体作家と交渉したり、私の故郷、中田町石森の実家や仙台のアトリエに泊まった事も(みなみかた花菖蒲の郷・現代野外彫刻公園や夏川芸術橋などを見学)。その後、ギャラリーを閉めて、 Marchand d'art (Art dealer = 画商)として事務所を開き、世界中を飛び回って居ます。彼のお母さんが昨年末に亡くなり、雑用に追われて居ましたが一段落ついたと言う事で会いに来てくれました。30年前(1996年)に教え子のギャラリーで記念すべき開廊・第一回オープニング・イヴェントとして私の個展を企画してくれたり懐かしい思い出です。ちなみにギャラリーの名称・Espace - 061の061は私の当時の大学の教室の番号から命名したものでした。昔話の花が咲き、その後、元・Alcazar のメンバーのランチ会(Place Mongeに近いレストラン)に二人で顔を出して一緒に食事出来ました。 それからオデオンに2人に移動、以前、葉巻をふかしに良く行ったMazarin のカフェでお茶して別れました。
2026年1月13日火曜日
久しぶり、Gaël と再会、出来ました。
元・国立パリ 第八大学、造形芸術学部の教え子(28年前)と言っても、今は、幾何学構成アート系の現代作家として活躍している仲間、Gaël Bourmaudと久しぶりに再会 ✌️ランチは😋焼き鳥定食、その後、いつものカフェに入って、ゆっくり、お喋り出来ました。
2026年1月12日月曜日
タキちゃんから届いた映像は、ホテル・オークラ京都のレストランでのランチ🎉✌️
2026年1月10日土曜日
Frida Gallo Aeschbacher から届いた写真は・・・Savigny sur Orge 1990年 の懐かしい写真です。
36年前の写真、1990年、Savigny sur Orge にアトリエを構えて居た Carmelo Arden - Quin 宅で撮った写真が Frida Gallo Aeschhacher 夫人から届きました。写真左から、Satoru , Arden-Quin , Aeschhacher , Bolivar , Frida Gallo。 (1977年、Constructivismes Européens 展、à la Galerie Quincampoix, Paris にて、Arden-Quin 、 Leppien 、 Nemours 等と作品を出品させて頂いて居ました)
岡島レポート・2019 W杯・備忘録 309
ラグビー日和 本年もよろしくお願いいたします
2019 W杯・備忘録 309
〜 オフサイド 〜
ラインオフサイドを自陣で犯し・Pを取られ・相手にPG=3点を献上する つまんない! と つい感じてしまう… ラフプレーと どうでもいいオフサイドが 等価なのか とか
サッカーにおけるオフサイドの定義を見直す可能性が出てきている などなど 気になっているこのごろである。
そもそも オフサイドとは?
名著『オフサイドはなぜ反則か』(中村敏雄著 三省堂選書119 1985年)では
「数えきれないほどのスポーツのルールのあるなかで、私がとくに「オフサイド・ルール」を選んだのは、何よりもこのルールのもつ不合理さ、不自然さにあった」(p9)という問題意識を明確にしている。そして フットボールの淵源からの変遷と併せて 経済・社会の変化を丁寧に辿り 19世紀 「校庭のフットボール」で 様々なルールが規定・文書化され その中で オフサイドが創設され・明文化されたとしている。
〔第2章 5 オフサイド・ルールの意味〕では「密集から〈離れていく〉行為や〈離れている〉行為が「よくない」行為とされ、やがて禁止されるようになった理由としては、第一に、それによって「突進や密集」の少ないフットボールが行われるようになり、フットボールの真髄でもあり、また楽しみや面白さの中心でもある「男らしさ」を示すプレーがみられなくなるということがあったと考えられる。第二には、フットボールを一点先取というルールで行われる競技として受け継いでいく以上、この一点が容易に得られないようなルールや技術構造にしておく必要があったということが考えられる。 … 「祭り」である以上は、それが長く続くことを望むのが当然であり、フットボールはこの伝統をルールのなかに取り込み、すぐれた技術構造をもつボール・ゲームとして継承したスポーツであるということができる。」(p164) そして「考察を以上のように進めてくると−それは多分に推察を含むものであったがーオフサイド・ルールは、そのもっとも根本に、一点の先取を争うという約束があるなかで競技時間を長くするという目的から考え出されたものであろうと思われてくる。それは必ずしもドラマティックな激論のなかで生まれたのでも、ルールの普遍化を追求するなかで生まれたのでもなく、むしろフットボールの伝統と、そこにこめられた民衆の喜びや楽しみを受け継いでいくという自然で人間的な行為のなかで生まれたものであるように思われる。しかしそれは、単独にそれ自身の独自な発展として出現したのではなく、産業革命といわれる時代のドラスティックな変化のなかで生まれたのであり、社会秩序の巨大な転換を背景にしているものでもある。」(p168)
なるほど 歴史的(経時的)には そういうことらしい
『スポーツ国家アメリカ 民主主義と巨大ビジネスのはざまで』(鈴木透著 中公新書2479 2018年)は 〔序章 スポーツの近代化とアメリカ〕〔1 「競戯」から「競技」へーフットボールに見るスポーツの近代化〕において 上記中村本を丁寧に辿りながら 近代フットボールの成立過程を詳述し 〔2 近代フットボールと産業社会の基本原理〕で 産業革命と近代スポーツの関係性を解説し 〔3 産業社会の試練とアメリカ型競技理念の登場〕において 南北戦争後のアメリカの社会・経済状況の影響下 どのように イギリスで誕生した近代スポーツが変容したのかを 野球・アメリカンフットボール・バスケットボールを例にとりながら 具体的に解説している。
「アメリカ型競技は、成果の最大化のために別の方法も導入した。それは、オフサイドの簡素化や撤廃である。アメリカンフットボールにもオフサイドという反則は一応あるのだが、それは守備側の反則で、得点を入れにくくするために攻撃側に適用されるラグビーやサッカーのオフサイドとはまったく異なる。しかも、アメリカンフットボールでは前方へのパスが解禁され、明らかに得点しやすいルールへと変更されている。また、バスケットボールに至っては、オフサイドという概念が消えている。ボールを奪ってゴール近くにいる味方にパスして得点すれば、それは決して卑怯な手段ではなく、むしろ見事な速攻なのだ。」(p21)
う〜む 「ところ変われば しな変わる」なのか 「郷に入れば 郷に従え」なのか グローバル化≒アメリカ化したら どうなっちゃうんだろう??
『スポーツルールの論理』(守能信次著 大修館書店 2007年)で まず スポーツルールの機能として 法的安定性の確保と正義の実現を挙げ その根源に 《面白さ》の保障を置いている。そして スポーツルールの構造として 条理的行為規範・刑法的行為規範・行政法的行為規範・組織規範の四分類から成るとしている。「行政法的行為規範が命じる各種の形式について見ていきますが、ここであらかじめそのうちの代表的なものを思いつくままに列挙しますと、トラベリングや三秒ルールといったバスケットボールにおけるバイオレーション関係のルール、バレーボールのフォアヒットやタッチネット、野球における左回り進塁ルールやタッチアップ規定、サッカーやラグビーにおけるオフサイド・ルール、バトミントンやテニスにおけるサービス球の落下区域制限など、枚挙にいとまがありません。右に挙げたいくつかのルールに代表される行政法的行為規範の特徴は、前述した車両の左側通行規制と同様、それが規定する中身に関して科学的真理や道徳倫理から類推することを人に許さない、そうしたルールだという点にあります。」(p102)
実に明快 オフサイドなんて《そうであってもなくてもよい形式》(p17)らしい… ほんとかな… などと 「ほんとと嘘」なんていうのを頭から否定しているのが 守能の立場で これはこれで 痛快… 要は 《面白さ》に尽きる
エレロ『ラグビー愛好辞典』「オフサイド」の項では 「オフサイドの倫理的根拠は、ノックオン(現在はノックフォワードか…)同様、極めてシンプルで かつ ラグビーの本質を規則化している:各チームの選手は ボールを持っている者の後ろに位置しなければならない。オフサイド規定のないラグビーは ラグビーではない。」
なんとなく しっくりする解説である と感ずるのが 「昭和的」なのか…
中村本 終章は 「フットボールの発展過程を概観すると、その変化は下表のように大別できるのではないかと思われる。
フットボールの特質の変化
時代 ・ 社会 | 特 質 | 性 格 |
原始・未開社会 | 呪術 | 日常を支配 |
封建社会 | 競戯 | 半日常性、あるいは半非日常性 |
資本主義社会 | 競争 | 非日常性 |
未来社会 | ? | ? |
(p202)
資本主義が進化・深化し続けているのか あるいは AI社会(?)が 到来するのか ともかく 近代フットボールが成立・充実してきた時代・社会から未来社会へ移行してきているのであろう。中村は 未来社会に「?」を おいているが どんなフットボールが出来するのやら
「時代」「地域」に応じて ルールは変わる… 「ルールを順守する」ことに長けていて・「ルールを創設する・改編する」ことを考えないニッポン(人)… そもそも グローバル化・AI化で ニッポンなんて 霧消してしまうかもしれない… ともかく 未来社会のラグビーのオフサイド どんな規定になっていくのか ぼんやりと 夢想している 年初めである
令和8年1月10日