昔、アルゼンチン・ラグビーについては、こんな風に言われていた。
『アルゼンチンのラグビー選手、それは、スペイン語を話すイタリア人で、イングランド人になることを夢見る奴だ』(Daniel Herrero”Dictionnaire amoureux du Rugby”p36より仮訳)
それが、あれよあれよという間に強くなって、第6回(2007年)・3位、第7回・ベスト8、第8回・4位とベスト8常連国となった。そこに、アルゼンチン協会が南半球三カ国で構成されていたSANZARに出資・構成員になり、代表チームはラグビー・ザ・チャンピオンシップでNZ・AUS・RSAと定期的にテストマッチを行い、単独チーム「ジャガーズ」はスーパー・ラグビーに参加し今年は決勝まで進んだ。アルゼンチンの強化は順調に進んでいるように思われていた。非ティア1国、すなわち日本などの強化のロールモデルになるのではと思わせるほど…
大会前、『ラグビー・マガジン[特別編集]2019年日本大会を見逃すな!』誌上で、現パナソニック監督のロビーディーンズは次のように語っていた。
『- アルゼンチンはW杯にいつも強いですね。「プールステージは突破すると思います。それだけの力があるし、W杯でいい結果を残してきた相性、自信もある。スーパーラグビー(ジャガーズ)から長い時間をともに過ごしている。疲労より、良いことの影響の方が大きい気がします。(イングランドの)エディーが「(プーマスについては)無視する」と言っているのも、意識している証拠。 フランスの予選突破はないと思っています。… 』(p26)
9月21日、おそるおそる会場の味スタへ向かった。
試合内容は、野球の「ルーズベルト・ゲーム」さながら、二転三転し、最終スコアは23対21でFRAの勝利。
得点経過は次の通り、
13分 ARG・10・PG× 15分 ARG・10・PG 0-3 18分 FRA・13・T 5-3
19分 FRA・10・C 7-3 22分 FRA・9・T 12-3 23分 FRA・10・C 14-3
30分 FRA・10・PG 17-3 41分 FRA・10・PG 20-3 (前半終了)
42分 ARG・4・T 20-8 43分 ARG・10・C 20-10 54分 ARG・16・T 20-15
54分 ARG・10・C× 20-15 61分 ARG・22・PG 20-18
69分 ARG・22・PG 20-21 70分 FRA・22・DG 23-21
77分 FRA・10・PG× 23-21 80分 ARG・15・PG × 23-21
いくつかのターニングポイントがあった。数え上げれば、きりがない気もするが…
試合後、ARG・レデスマHCはインタビューに答えて、「あのピカモール(FRA・20)のオフサイド、最後のFRA・9のオフサイドの笛を吹かないなんて…」とレフリーへの不満を公の場で口にした。
即座に思い起こしたのが、2007年準々決勝、FRAにまさかの敗北を喫したNZ・ヘンリーHCが「敗北はレフリーがフランスのスローフォワードを見逃したこと(①これが決勝トライに結びつく ②誰が見てもスローフォワードというのが 当時から認められていた(フランス国内ですら))」と明言し、帰国後、NZ協会への報告では、この試合、レフリング・ミスが10程度あったとそれぞれの場面を指摘したとのこと。NZ協会は、敗軍の将・ヘンリーの続投を決定し、2011年・2015年の優勝につながった。この時、IRB(当時の世界団体はIRB、後に現在のWRに移行)審判委員会(委員長はNZ人)は「たしかに、あれはスローフォワードだったけど、試合を通してのレフリングは正しかった」との声明を出した。
この試合の主審は若き日のバーンズ(ENG)、今大会では予選リーグ3試合、準々決勝JPN/RSA戦、三位決定戦を吹き、現在の世界トップレフリーに成長した。
試合中さまざまな事象(incident)が生ずる(「I」とする)。そして、それに対して、レフリーは笛(whistle)を吹く(「W」とする)。規則に照らして、I=W であれば、誰も不平は言えない・言わない。しかし、往々にして、I≠Wが生ずる。
それ(その怒り・憤り)を、誰に・どのような場で、ぶつければいいのか・効果的なのか?
最終目的は、
①I=Wの「理想」を求めて レフリングの向上を願うこと・それに貢献すること
②I≠Wは 世の常 無くならない という冷徹な判断の下 いざというときに こちらに有利な笛を吹かせるように 審判団にプレッシャーをかけるのか?
③単なる「ガス抜き」なのか?
プロ化する前のフランスでは、多くの監督が試合後、負けた原因を「レフリー」と言い募っていた。それが、プロ化後、激減した。なぜか? 次があること、そして、マネーが絡んできたことが大きいと感じている。
そうした観点からすると、今回のレデスマ発言、未熟だなぁと感じた。そうは思いながら、さっそく、家に帰って、問題のシーンをDVDで見てみた。 いやはや…
1 現場で見ていても 「えっ! なぜ、どうして ピカモール そんなところにいるの?」と思える場所で ARG・9のパスを 胸に収めていた。 DVDで見たら、明らかに オフサイド。
2 最後のFRA・9(マシュノー)。9自体は おそらくOKだけど FRA・6は ノット・ロール・アウェイを 普通だったら 取られている。
3 スカパー解説の栗原さんは この間のプレーで 小さく「オフサイド」と言っているシーンがあるが たしかに 明らかな FRA・オフサイドが見逃されている。
レデスマが言いたくなるのもよくわかる。 で このことを 10日後 FRA・USA戦の開始前 博多の森球技場そばのスタバで隣り合わせたフランス人(家族4人ずれで来日。現在カストル在住。本人は かつて トゥールーズでプレーしたとのこと)に聞いてみた。そうしたら「そんなこと言ったって 最後のARG・15のPGが決まっていたら レデスマ あんなこと 絶対言わなかったよな。あの試合 レフリーが どちらかに偏るっていうことはなかったし」と言っていた。
なるほど、「IWの法則(?)」が成立する。
I≠W は 必ず 生ずる
I≠W で 不利になった方は どこかで・誰かに 発言する
I≠W で 有利になった方は 無言を貫く …
あらためて この試合を通して DVDを見返してみる。
「カオス」を見るようである。スクラムがコントロールされていない。笛を吹かれないライン・オフサイドが散見される。これじゃあ、レデスマがぼやく(嘆く)のも理解できる。
ただ、スタッツを見ると、ペナルティを取られた数は、FRA15に対してARG5。たしかに、残り10分、ARGが再逆転(20-21)したのも束の間、次のFRA・キックオフのボールをARGが確保しきれずラック二つでFRA・22のドロップゴールで再々逆転(23-21)。ここからのことだけにフォーカスすれば、レデスマの「おっしゃるとおり」。
でも、試合を通してみれば、FRAに対してもガンガン笛を吹いていた。というか、FRAのチームができ上がっていなかったので、初歩的なミスが多すぎたことも事実。
これでFRAが負けていたら、FRA・HCは何といってぼやいただろうか?
ちなみに、この大会、一試合で15以上ペナルティを取られたチームは、4チーム。
① M16 : URG・15 対するGEO・6 得点は、URG・7対GEO・33
② M33 : GEO・15 対するAUS・7 得点は、GEO・8対AUS・27
③ M36 : SAM・17 対するIRE・5 得点は、SAM・5対IRE・47
この試合を除いて、当たり前のことながら、ペナルティを多くとられた方が大敗している。
両チームのペナルティ数の差が10以上あったのは、この試合とM36。
【 因果は巡る… 】
レデスマの発言がどれだけの影響力をもたらしたのかは測り知れないが(かつてのアルゼンチン躍進をレデスマと共に実現したチームメイト・9番・ピショットが現WR副会長)、大会第2戦AUS/FIJ、第3戦FRA/ARG、第4戦NZ/RSA戦を終えたのち、WRは「レフリーの基準に食い違いがあった」旨の声明を9月24日に出すに至った。それが、どれだけの影響を持ったのかは定かでないが、レッドカードの適用が厳しくなった感はある。その「被害」を受けたチームの一つがARG。
10月5日、「命を賭けた」対ENG戦の18分、ARG・5・ラバニーニのENG・12に対するタックルが危険だとされてレッドカード・一発退場。これで、予選リーグ突破の目はなくなった。ちなみに、FRA/ARG戦のスカパー・解説栗原さんは「ラバニーニは、身長201cmでありながら、低くタックルに入る世界最高のロックの一人」と紹介していた。
【 今大会のアルゼンチンは弱かったのか? 】
第1戦はFRAに「まさかの」敗北を喫したものの、第2戦(9月28日)トンガには、28-12の完勝(前半28分までの4トライ・4コンバージョンを決め、ボーナスポイントを獲得し、後は試合を「殺していた」)。第3戦はENGに負けたが(この試合、現場で見ていても、ENGの充実が目についた気がする)、第4戦USAに47-17の危なげない大勝。
これに対して、FRAは、第2戦USAに33-9。ただし、67分・FRA・12のトライ直前までは、12-9と後半30分近くまでは、どちらに転んでもおかしくない試合。第3戦トンガには、なんと23-21。後半は熊本のスタジアム全体がトンガを後押しし、ものすごい熱気があった。第4戦ENG戦は、台風の為、中止。 試合内容だけを見てみると、圧倒的にFRAよりもARGの方が充実していた。
ARG協会が、今大会をどう評価し今後の方向性をどう定めるのか、興味深い。
ポイントの一つは、I≠Wについて、①事実として認めるのか ②レデスマの主張は間違っていて、事実としてI=Wとするのか ③レデスマの主張は正しいが、ラグビーとはWが正しくて、Wそのものだけが事実である とするかにあるような気がする。
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