2018年10月6日土曜日

ドーバー海峡に面した街、Le Touquet Paris Plage へ

Parisの Gare du  Nord(パリ北駅)を7時46分定刻に出て、Etaples le Touque駅には定刻に10時12分着、最近のフランスのTGVは正確に成ったのか? Galerie Wagner のオーナーFlorence が駅に迎えに来て居て7月14日から10月7日迄のTRICOLORE(carte blanche à andré le Bozec)の展覧会に最終ギリギリに顔を出せました。明日までの展覧会を観て、来年の展覧会の打ち合わせも終えて、時間が在ったので、いつも見慣れている海岸に出て潮の香りを吸い込みました、午前中とは言え既に日光浴をしているカップルとか散歩している方、吃驚したの木刀を持って剣道や居合道とは違う武道の10数名の団体さんが海岸で稽古、師範格の先生も生徒もフランス人、感心して観ていたら Florence からメッセージが届き André一行がギャラリーに着いたと、ギャラリーで André とドイツのコレクター Fery夫妻と再会、ギャラリーの作品を観てから皆さんでランチを、アントレは今が一番粋の新鮮な貝柱、プラは魚料理、デザートも豪華に少量の白ワインも頂き美味しく楽しく今日のランチは Fery ご夫妻の招待でした。帰りは Andréの車で駅に送って頂きましたが、途中、私の作品をコレクションしている Walbaum 夫妻の自宅の前を通過して紹介されて慌てて写真を撮ってから、車に乗って駅に、帰りも定刻にTGVが来て、定刻にパリ・北駅に着きました。

貝柱と西洋梨の組み合わせ、
現代的な建築で素晴らしい空間の中に作品が展示されていました。

2018年10月5日金曜日

Nous somme ici pour rendre hommage au maître de la chanson française, Charles Aznavour


パリ生まれのフランス国籍 Chaeles Aznavour は、アルメニア系の移民の子供、アルメニアを愛し、フランスを愛した、俳優で作曲家、作詞家で、勿論 シャンソン歌手、10月1日、94歳で自宅で永眠、10月5日、フランスの国葬として、アンバリッドで10時から開催されました。
フランス人に愛され世界の人々に、愛の優しさ、激しさ、寂しさ、儚さを、時にはアルメニア虐殺をテーマにした唄も・・・先月、10日前は東京公演も済ませてパリに戻り、元気そのもの、本人は130歳迄生きると宣言して、前日の夕食の時にも元気にお喋りしていた方も吃驚とか、素晴らしい人間愛の詩人でした。
30年前アルメニア地震の時は救済・支援の為パリのアーテイスト達が作品を贈る事が在り、私も Xuriguera 氏に依頼を受けて作品を贈った事も在り、パリに住むアルメニア出身の画家達とも新たな交流が出来ました、50数年前(パリに留学する前)、シャンソンを聴きに銀パリに通ったのが懐かしく思い出されます、国葬にはアルメニアの首相も出席、フランスのマクロン大統領はじめ多くの閣僚、政治家、文化人も参加、古い時代の俳優、歌手の皆さんの顔もテレビで見れて懐かしく、唯、時が一刻一刻と変化して時代、歴史が替わる現実の中で、彼の唄は彼の思いが、魂が永遠に存在すると誰もが確信している様です。

2018年9月28日金曜日

久しぶりにパリのランチ会に参加しました。

Gérard Xuriguera 氏が主催のランチ会は毎週金曜日の 13時からいつものレストランAlcazarで、日本の旅の疲れもとれて、夏休み明けの初めての参加、仲間達が待って居てくれてやっとパリに帰った感じ、美術評論家、小説家、映画監督、大学教授、画家、美術企画者、コレクター、まさに異業種交流会の仲間達、美術と関わっている仲間達でもあります。美術出版会社のFrank Van Wilder にはデザート後、テーブルにパソコンを開いてコーヒーを飲みながら日本で撮った作品写真を見て頂きメモリーして、作品集完成は計画どおり3月に向けて、未だ未だ仕事が在りそうです。
私は魚料理にサラダ付き
隣のFrankはタルタル・ステーキにポテトフライPomme de terre frite
デザートはリンゴを薄切りにしたタルト・ポンムの上にアイスクリーム
中央の奥に見えるのがG・Xuriguera 氏です
ランチの後は近くのカフェでお喋り、ブルーのセータを着ているのがXuriguera氏

2018年9月24日月曜日

Satoru Sato Art Museum のNouvelle Exposition = V 、Frantisek KUPKA ・クプカ 版画展は明日からオープン


クプカ=KUPKA のパリで制作された版画、タイトル・白黒の4つの歴史 =(QUATRE HISTOIRES DE BLANC ET NOIR)の版画展が開催されました。センターの粕谷&佐々木さんの頑張りで展示は完璧、写真は粕谷さんから送られて来ました、ご苦労様で〜す、

4ケ月前(5月)パリのGrands Palaisで Kupka =クプカ展を見に行き、その時の様子は5月11日のブログで紹介していますが、その時、彼が制作した木版画(QUATRE HISTOIRES DE BLANC ET NOIR・FRANK KUPKA / PARIS - 1926 )も展示されて居ました。実は今年の春(3月)に署名な美術評論家 パリ在住の Gerard Xuriguera 氏より、Satoru Museum の為にと頂いた版画=貴重な資料、それは、1976年12月から1977年1月迄、Mesée d'art Moderne de la Ville de Paris =パリ市立近代美術館でクプカ展が開催された時に、プレス(美術評論家、美術報道関係者)用の限定版、きちんと判が押してある貴重な図録、その図録に26枚の版画(複製)が付いて居たその版画の展示です(表紙も展示で27点)、その時の様子は3月にブログで紹介していました。
クプカ( Kupka )は、1871年チェコに生まれ、ウインで具象絵画を学び、その後、パリに住んでから幻想的な具象絵画から、立体派の影響を受けながら、1910年代に既に抽象絵画を制作、1931年の アブストラクション・クレアション( Abstraction-Création )に参加、主要メンバーとなり、多くの幾何学構成的傾向の画家たち(特にデ・ステール)との交流が始まり、作品は幾何学構成的な絵画に、そして戦後、Salon Réalites Nouvelles に参加していた画家、パリ郊外のピュトーに(1957年没迄)住んでいたのです。親しくさせて頂いて居た 画家で美術評論家の特に抽象絵画の生き証人と言われて居たMichel Seupor 氏からモンドリアンやクプカの話を良く聞かされていました。