2021年7月17日土曜日

昨日、NHKのテレビで放映された漫画は・・・

 テレビに出て来た漫画が石森章太郎さんの漫画と思いきや、佐藤 寿昭 さんが描いた絵、驚きました。章太郎さんは格別として(既に章太郎さんは高校時代から雑誌に連載されて居た天才漫画家)、寿昭さん、武臣ちゃんも漫画少年だった事を思い出します(確か、当時の月刊誌・漫画王の投稿欄に掲載されて居た事をかすかに覚えています)。石森の田園風景、いなごとり(イナゴ収穫)は当時、学校行事の一つ、石森の街の風景も、今と違って活気が在り、子供たちも多く遊び場は寺や神社の境内でも遊べた時代。それにしても章太郎さんの観察力は凄い、仮面ライダーの仮面の原型が、イナゴのから生まれた事は意外と知られて居ない!カラスも飼って居たし、蛙を茹でて解剖したりと、正に少年レオナルド・ダ・ヴィンチ!近所の子供達が章太郎さんの庭に集まって遊んだり、リーダーシップの在る章太郎さんは、当時、動く七夕人形もお店の2階に設置して居たカラクリの好きな少年。いつだったか(20年前)、フランス人のママが居る六本木の素敵なスナックで偶然、お会いした時、パリからいつ帰って来たのと、後輩思いの先輩でも在りました。今日の10時から再放送されると岐阜から連絡が在り👀✌️地域に寄って異なる様ですね!福岡県博多から今、見て居ますと連絡が在りました。

2021年7月15日木曜日

今日のニュースは緊急情報です。

 7月15日、午後7時57分からの番組<日本人のおなまえ大特集・伝説の漫画家命名の秘話>で
石森の風景が全国盤NHK総合テレビ第一放送で放映されます。どんな風景が見れるのか楽しみです。漫画家の石森章太郎さんの後輩で、中学時代、章太郎さんと漫画を描いて居た仲間の一人、佐藤寿昭さんが取材を受けて登場します。彼は佐沼高校11回生卒、石森章太郎ふるさと記念館友の会初代会長、章太郎さんの生家とは斜め向かいの竹馬の友😊 彼は宮城教育大学付属中学校副校長や豊里町教育長、登米市教育長を歴任した硬いイメージとはほど遠い話の面白い人物と言われて居ますのでどんな言葉が飛び出してくるのか楽しみです。彼の先祖は奥州・藤原時代の武士。又、初代佐藤基衛門藤原信高や江戸時代の石森・笠原城の筆頭家老・佐藤基衛門の末裔に当たる様です(古文書参照)。

2021年7月10日土曜日

岡島レポート・  2019W杯・備忘録 85

         2019W杯・備忘録 85

 ライオンズ(4) 

 2021ライオンズRSAツアーが始まった。ライオンズツアー日程について、ハンセン(元ライオンズHC,元オールブラックスHC)が、以前、「suicidal(自滅的)」と断言していたが、今回のツアーも伝統に則り、各地で地元クラブと5試合行った後でテストマッチ3試合を戦う日程となっている。まさに「前世紀・アマチュア時代の遺物」のスケジュールである。加えて、コロナ禍・無観客、どのようなドラマが待っているのか、楽しみである。

 今回のツアーもHCを務めるガットランドの自伝を読んでいると、ライオンズとの縁の深さを感ぜざるをえない。全14章から成るGT本。そのうちの3章は「A Different Shade of Red (Part One, Two, Three)」(Redは、ガットランドがHCを長きにわたって務めたWALのジャージの色でもあり、ライオンズの色でもある)として、コーチ・HCとしてのライオンズ体験を詳細に書いている。

 そもそものガットランドのライオンズ・原体験は、ライオンズを迎え討つ側である。まず、13歳の時、地元ワイカトにやってきた1977年のライオンズツアー:地元クラブ・ワイカトとの試合を観戦した。
8歳か9歳の時からワイカトのスタジアムで相当数の試合を観戦した:よく覚えている最初の試合は1977年のライオンズツアーのものだ。満員のスタジアムでビックネームのプレーヤー(the biggest names in the sport)を迎えて18-13で勝利した:フルバックはAndy Irvine、センターはIan McGeechan、スタンドオフがPhil Bennettなどなど。スター選手ばかりだったけれど、どれだけ子供心に印象付けられたかは定かでない。正直に言うと、当時のNZの地元では、オールブラックスと地元チームしか関心がなく、それ以外の世界は謎だらけで無関心(both a mystery and an irrelevance)だった。』(p12

 次に、選手として、ライオンズに遭遇したのが、1993年ライオンズツアー。ワイカトの一員として、最終テストマッチ直前のミッドウィークマッチを戦い、38-10で勝利している。

 ちなみに、1995年ラグビー・プロ化後のライオンズ遠征の戦績は次のようになっている。

  
遠征先
 ヘッド・コーチ
 戦績
1997
 RSA
 MacGeechan ( SCO )
21
 2001
 AUS
 Henry ( NZ )
12
 2005
 NZ
 Woodward ( ENG )
03
 2009
 RSA
 MacGeechan ( SCO ) 
12
 2013
 AUS
 Gatland ( NZ )
21
 2017
 NZ
 Gatland ( NZ )
111

 ガットランドがライオンズツアーのコーチ陣に参加したのが、McGeechanHCに声をかけられた12年前のRSA遠征。McGeechanは、選手としてSCO32キャップ:ライオンズ8キャップ、コーチ・HCとしてライオンズツアーに参加し、ライオンズの伝統の中心にいる人物だった(He had earned himself a place at the heart of Lions lore)。
 ライオンズの命運がかかった遠征だった。
この遠征の4年前のNZ遠征は、Woodward ( 2003W杯優勝時のENGHC )の抜本的な改革(テストマッチ・チームとミッドウィーク・チームを分けて編成した大所帯のツアー)が結果を残せず、かつ、ライオンズの伝統を棄損したものとして批判された。テストシリーズは、3-2118-4819-38と、点数だけ見れば「いいところなし」の3連敗。その4年前のAUS遠征テストシリーズ第2戦:14-29、第3戦:23-29から数えると、5連敗で迎えた遠征であった。
コーチ陣は『ライオンズを緩慢死(a slow deathから救い出し、ライオンズツアーの正当性を証明するミッションを共有していた』(p178)。ところが、テストマッチ第1戦:21-26、第2戦:25-282連敗する。TMOの存在しない時代、RSA選手のラフプレーがペナルティにならないなど、ライオンズ側から見るとストレスのたまる試合内容だった。特に、第2戦に関しては、『ラグビーの神々がいたとしたなら、あの日は敵に味方した(If the gods of rugby exist, they were against us that day.)』(p184)『この敗戦は、経験した不幸のなかでも最もつらいものだ(I still consider that defeat as one of the most painful I’ve ever had the misfortune to experience.)』(p184)と書いている。
⦅ どうでもいいことかもしれないが、なぜ「GOD of rugby」ではなく「the gods of rugby」なのか、気になっている ⦆
この2連敗で、ライオンズは通算7連敗となった。その時の気分をこう書いている。
To be frank, I was in no mood to see us pushed around by the South Africans. I felt we’d been a little too legitimate in the first two Tests, a little too compliant. It is of course important to have faith in referees and trust them to make the tough decisions, but if we’re going to get real for a second, there are times in rugby when the toughness has to come from you. (p186)
そして迎えた第3戦の試合前、I was equally forceful when I spoke to the team. I held up the Lions jersey. ‘For most of you this is the last time you will ever this jersey. Losing this game isn’t option,’ I said. ‘The only way you earn respect from these ***** is to beat them. They won’t respect you if you don’t. Not a chance.’p187)と檄を飛ばした。試合は、28-9で勝利する。It was a sweet moment, even if it could never have been completely satisfying.

 この勝利でライオンズの伝統が救われた。仮に、負けていたら、ライオンズツアーは消滅していたかもしれない。

 その後の2度のツアーで、プロ化したラグビー界でもライオンズの価値が認められ、再び定着したかに見える。
 今回のツアーは、コロナ禍という新たな攪乱要因の下で実施されている。今春構想されたように、イギリスでテストマッチ3試合だけ行うという選択肢もあった。臨機応変に対応するのか、伝統を守るのか、それを誰が判断するのか これまで同様の日程で強行したことが「吉と出るか凶と出るか」気になっている。時を同じくして、開催される(であろう)東京五輪もどうなることやら

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 先週末(73日)のIRE/JPN戦、惜しい試合だった。2点差に逆転された後半10分、松島がケガで交替した。松島のあのプレー、ペナルティを取られ、IREがそのペナルティキックからJPNゴール前ラインアウト、そしてIREに突き放されるトライを許したことを記憶している人はどれぐらいいるのだろうか? Jスポーツで見ていたら、解説の沢木・村上からは松島の「ケガ」に関してのコメントはあるが、松島の「ペナルティ」には一切触れていなかった。実に不思議だ。
松島が傑出したプレーヤーであることは間違いない。一方で、ハイボール・コンテストで、しばしばジャンプしている相手選手に手をかけている。これは非常に危険なプレーである。特に中高生には絶対に「真似すべきではない」プレーだ。だから、きちんとプレーそのものについて、ラグビー的観点から解説してほしい、と強く感じた。
2019W杯、対IRE戦、対RSA戦でも松島の同じような危険なプレーがあった。しかし、その時はなぜか「お咎めなし」だった。なぜペナルティを取られなかったのか、なぜカードが出されなかったのか、未だに不思議でならない。

令和3710

2021年7月9日金曜日

2年ぶりの再会は・・・好物の鰻・うなぎ、と共に・・・

 2年ぶりの再会は、2年前と同じ様に同じお店で、ゾウカバこと、竹馬の友・怜子ちゃんからのご招待。女将さんの遠藤さんもご一緒に2年ぶりのツーショット写真も撮れました。

2021年7月3日土曜日

久しぶり高速バスに乗って我が故郷に3時間43分、滞在出来ました・・

 今日は高速バスで田舎に行って来ました。高速道路を金成インターで降りると懐かしい看板が目に付きます。石森章太郎ふるさと記念館の看板の上に登米市中田生涯学習センターとSatoru Sato Art Museum と記された看板の文字を見て何故か一安心。先ずは墓参り、兄の家に立ち寄り、ミュージアムに、丁度、近代オリンピック100周年記念の版画集展示の作業中、粕谷さんがなんと、一人で最新技術を使いながら展示作業をして居ました。別件、ミュージアムに置いて在る絵の具を捜しに行ったのですが見つからず、玄米を頂き仙台に戻りました。帰り際、遅めのランチは鰻が入った鰻丼でご満足!粕谷さんは文月善でした。仙台に戻り仕事部屋の入り口の廊下に段ボール箱が2個置いてあるのは知っていましたが、それをもしかしてと開けて見たらなんと、そこには探して居た絵の具が一杯保管されて居ました。

岡島レポート・2019W杯・備忘録 84

2019W杯・備忘録 84
 ライオンズ(3) 

 先日のJPN戦でアラン=ウィン・ジョーンズが負傷し、遠征から離脱した。歴戦の勇士、ウェールズ代表キャップ148、過去3回のライオンズ遠征(以下、「LT」)に参加しキャップ9の不死身に思えたプレーヤーでも、一瞬のコンタクトでケガをする。あらためて、ラグビーの本質を見た気がした。あの試合では、ティプリック(WAL)も負傷・離脱した。
 今回のLTでもHCを務めるガットランド(NZ)は、自伝(以下、「GT本」)の中で、12年前のライオンズ・RSA遠征の前の3人の負傷・離脱=追加召集に触れ、「こうした混乱は、トップレベル・スポーツに付き物だ(such disruption is part and parcel of top-level sport.)」(p179)と書いている。今回、どんな感慨を持ったのやら
 GT本では、2013LTの第3テストマッチを前にして、キャプテン・ウォーバートンをケガで欠き、誰をゲームキャプテンにするかコーチ陣で議論した際、二人のコーチがそれぞれ別の選手を推し、ガットランドと他の二人のコーチがジョーンズを推し、ジョーンズ・キャプテンの下で勝利した逸話が載っている。

 キャプテン・ジョーンズの離脱で、後任のキャプテンは、ENGキャプテンのファレルか、SCOキャプテンのホッジのどちらかなのだろうなと思っていたら、IREのマレーに。マレーはIREのみならず自チームでもキャプテンを務めていない。そのことを聞かれたガットランドは「過去3回遠征に参加して、ライオンズのことをよく理解しているし、リーダーシップも備えている」(Midol)と解説している。
 GT本では、2013LTの中で「キャプテンは、テストマッチ・チームのメンバーでなければならない(the captain should be able to justify his place in the Test team.)」(p244)と書いている。これから類推すると、ファレルとホッジは、今回の遠征・テストマッチの先発メンバーには入っていない、ということなのだろうか?今回のコーチ陣には、現SCOHCのタウンゼントが入っている。彼は、どう意見したのだろうか?また、今回はコーチ陣にENGからは誰も入っていない。これが影響したのだろうか?これはこれで興味深くて、一月後のテストマッチ3試合が楽しみである。

 GT本、ライオンズの項だけではなく、ウェールズの項でも、とにかくウォーバートンのキャプテンシーを激賞している。ガットランドがHCを務めた過去2回のLTでは、何の迷いもなくウォーバートンをキャプテンに指名している。

 そのウォーバートンの自伝『OPEN SIDE』・プロローグは次のように始まる。
『 午前2時。眠れない(Can’t sleep.)。  すべて傷ついている。体が、気持ちが、心が(My body, my mind, my heart.)。ボロボロだ(I’m a wreck.)。 
 サム・ウォーバートンはキャプテンになるべきではない。
 サム・ウォーバートンはプレーすべきじゃない。
 サム・ウォーバートンは過去の人だ。
こうした言葉が繰り返し繰り返し浮かんでくる。いますぐ、飛行機に乗って本国に帰りたい。 
 明日の夕刻、オールブラックスとのテストシリーズ第2戦、ライオンズを率いなければならない。先週のオークランドでの第1戦、我々は負けた。その意味するところは、3戦で争われるテストシリーズに残る(stay in the series)ためには、勝たねばならない。これまでの人生で、いくつかのビッグゲームでプレーした ―W杯の準決勝、6か国対抗のグランドスラムのかかった試合、ライオンズでの2013・オーストラリア・テストシリーズー でも、比較にならない(nothing that comes close to this)。
 まったく比較にならない(Nothing that comes remotely close)。
 4年に一度のホームネーション4協会のベストプレーヤーがW杯・2大会連続チャンピオンと戦うのだ。オークランドでの第1テストはベンチスタートだった。しかし、明日はスターターで義務を果たさねばならない。
 キャリア最高の瞬間なのだろう。でも気分は真逆だ。(It should be the highlight of my career. It feels like anything but.
 この20年間の人生で最大の試合だ。自分の価値を決めるだろう。ゲームを愛してきた。いやゲームを愛していると思ってきた。でも今は、ゲームを嫌っている(Right now, I hate it.)。
 サポーターになって、飲んだくれて声援を送る、勝とうが負けようが次の試合で声援を送っていられれば。でも、ここにいる。答えを持ち合わせていない問いに苦しめられる。「なぜ? なぜこんなことをしてきたんだ? なぜ、苦痛やプレッシャーに苛まれたのだから、ほかの何かやることができなかったのだろうか? なぜ、今や嫌っている役割(job)を引き受けたのだろう?」
 順繰りに。体、気持ち、心。フィジカル・ストレス、メンタル・ストレス、そしてエモーショナル・ストレス。まるで潜水艦に乗り込んで、船底に穴が開き、徐々に沈んでいく、そして戻れない、ブリキ缶のように潰される(soon I’ll come to the point of no return, the moment when the pressure gets too much and crushes me like a tin can.)。』

 エヴァのシンジのようだ

 2017LTのキャプテン・ウォーバートンは、遠征中にケガをし、第1テストはベンチスタート(敗北。キャプテンはオマーニー(IRE))。第2テストはフル出場し、勝利。第3テストもフル出場し、引き分け。
 20歳で代表デビュー。22歳でガットランドHCに指名されてWALのキャプテン(ガレス・エドワーズに次いで2番目の若さ)、24歳で2013LTのキャプテン(史上最年少)。WAL74キャップ。ライオンズ:5キャップ。29歳で現役引退。WAL・キャプテンは、ウォーバートン引退後、3歳年上のアラン=ウィン・ジョーンズに引き継がれた。

 自伝を読んでいると、ゲームとケガの繰り返し。手術を伴ったものも多く、23回のケガが詳細に書かれ、最後のケガで引退を決意する。

 ケガもラグビーのうち
                   令和373 

2021年7月1日木曜日

文月のご挨拶が届くました・・・

 7月1日<博多祇園山笠>例年でしたら開始🌙2年続けて延期です。でも今年は飾り山笠は14の<飾り山>の内・・・千代流、博多流を除いて 12流れが奉納されます。今日は・・・お櫛田さまをいち早く紹介しますね👍 今日も暑くなります⎾山笠があるけん、博多たい!⏌1日気合いで頑張りましょう✌️