2021年2月6日土曜日

詩集・地図と夢、 千石 英世さんの詩集が届きました・

今年、1月11日七月堂から出版された千石 英世さんの詩集が無事にパリに届きました。

岡島 レポート・2019 W杯・備忘録 63

2019 W杯・備忘録 63

 Human beings 

  大会後に出版されたENGのジョーンズHCWALのガットランドHCIREのシュミットHCのそれぞれの自伝には、次のような文章がある。

  ジョーンズHCは、2007年のレッズHC時代、格上の対ブランビーズ戦で前半予想外の3-0でリードするも後半逆転負けを喫した試合に関して、こう書いている。

 But then, in my opinion, the referee changed the way he controlled the scrums. 

Afterwards, I sprayed the referee. I was furious. I was sure he had been got at in the break because we weren’t supposed to win that game. This happens in rugby. Referees are only human and they buckle when put under pressure by the bigger teams. A quiet word and inter- pretations change. (p198)

  ガットランドHCは、2011年のW杯(このW杯でもWALHC)を振り返る中でこう書いている。

 The human factor will always play large part in our game, as 2011 World Cup in New Zealand reminded me all too painfully. In one sense, our fate was defined by numbers: a centimetre or two here, a degree or two there. But in the end, it came down to the decisions of referees standing in the middle of a full stadium, not boffins sitting in a laboratory. And referees are human beings. Most of them, anyway. (p189)

  シュミットHCは、2018年の六か国対抗:対FRA戦の敗戦についてこう書いている。

 The job referees do is incredibly difficult: they are human beings from whom machine-like accuracy is demanded. Nigel, at the top of his game, is the referee favoured by so many of us, with his feel for the game and clarity of thought, but no one is immune to having a difficult day at the office. That’s what we felt as coaches after compiling our review. (p241)

  「賀茂川の水、双六の賽の目、山法師」という白河法皇の天下三不如意を思い出させるような無慈悲なレフリーの笛。負け試合について落ち着いて考えてみれば、レフリーはヒトである、と自らを慰める。そして、「泣く子」や「地頭」ではなく、血も涙もある情の通ったヒトだと思い至る。そこから各人各様のレフリーに対する接し方が生まれる。

  EJ本の序章は、 2015W杯の奇跡のJPN/RSA戦について詳細に書き込まれている。その中にこんな一節がある。

 With just 13 seconds left, the refreshed Springbok pack reel in the face of relentless Japanese pressure. The scrum collapses. Jerome Garces, the French referee who has been excellent throughout, avoiding the usual temptation to favour a tier-one giant over a minnow, has no doubt. Penalty to Japan. (p9)

  WG本では、今大会M17WAL29-25AUS戦について、こう書いている。

 Michael Cheika, the Wallaby coach, was almost spitting with fury. He was angry about the refereeing of the scrum, angry about a penalty decision against the centre Samu Kerevi, angry about lots of things. On the pitch after the final whistle, I saw him giving a television interview about six or seven meters away. He saw me too, but he didn’t acknowledge me. Instead, he looked away, which I thought was pretty rude. I would certainly have done things differently if I’d been the losing coach, but I suppose it’s a case of each to his own. (p366)

  テストマッチでのレフリーとチームは、一期一会ではなく、長い付き合いになる。W杯では、一試合限りではなく、後日、別の試合でマッチオフィシャルとして巡り会うことも起こりうる。憤りをぶつけても、覆水盆に返らず、自らに戻って来るだけである。

 M17の主審:ポワトは、準々決勝:ENG/AUS戦で、副審を務めた。

  レフリーはヒトである。それは動かしがたい事実である。問題なのは、ヒトだからどう対応するのかであり、チームなり・HCなりで違っていた気がする。

 ヒトとしてリスペクトした上で、圧力をかけるのか・対話を試みるのか・相手に合わせるのか、社会の至るところで遭遇する組織機能関係・人間関係のケーススタディに思えてくる。

                  令和326 

2021年2月5日金曜日

訪問者は・・・久しぶり! Florence です。

訪問者はパリの Galerie Wagner のオーナー、Florence 女史。次回の展覧会、グループ展の作品を選らびに、 又、書類を持って、私のパソコンの調子が悪く、連絡不充分に気が付きました。🙀 展覧会のタイトルは正方形と言う3月末から4月末迄の展覧会と、6月〜7月の白と言うタイトルの今年度のグループ展の為の作品選びでした。

 

2021年2月4日木曜日

仙台・広瀬川の雪景色の写真が届きました。

 こんにちは。今日は寒く、雪景色お送りします。2013年の8月、サトルさんと一緒に環境幾何学構成ワークショップで歩いた追廻地区。今は公園整備が進んで居ます。その時の写真も在ったので一緒に!  6月、無事帰って来られる事を願って居ます。送り主は Gallery Turnaround の 安部ちゃんで〜す。

2021年2月3日水曜日

18年前の写真が届きました。Club de cigares ?

 Club de cigare では在りませんが、 美術評論家の Gerard Xuriguera 氏を囲み、葉巻好きな仲間の18年前の懐かしい写真が届きました。左から、François Pattez, Pierre Mavropoulos, Gerard Xuriguera 右端が私です。 当時は、毎週、土曜日、 Av George V に面したお店で Gerard氏 の招待で12、3数名の仲間が集まり賑やかにランチを、その後、カフェでコーヒーを飲みながらハバナ産の葉巻を吹かして居ました。勿論、金曜日のランチ会は Saint Germain des Prés 地区で、20年間続いて居たランチ会。残念ながら、今は、レストランもカフェも閉鎖され、なかなか仲間に会えないのが・・・と言ってもたまには電話で連絡取り合って気分転換しています。

2021年2月1日月曜日

思い出の写真は・・・

今日は朝一番に(パリ時間、1時頃)。おはよう、今朝の新聞によると津軽さんが1月28日お亡くなりに。葬儀は近親者でコロナ期なので済ませたと。関口さんからメッセンジャーで連絡が入り、びっくり。その後、高倉さんからラインで連絡が届き、夕方には塩澤さんからメールで、河北新報に津軽芳三郎様の記事が載って居ましたと知らせを頂きました。1ケ月前、1月1日、正月に国際電話で新年の挨拶をして、今年の夏は、又、河原町にお邪魔しますといつもの様に約束して居たのですが。
副知事時代にギャラリー青城(仙台)の個展の時に版画をコレクションして頂き、それからのお付き合い。5、6年前、京都で戦友同期の集まりが在り、その時は時間を割いて頂き、京都ホテルオークラの地下に在る御影石の立体作品を観て頂いたり、16、7年前はパリでダニ・カラヴァンのアトリエに一緒に訪問したり、登米市のSatoru Sato Art Museumの開館式や渡仏20周年記念出版記念パーテイー、一昨年の渡仏50周年出版記念パーテイーにも発起人代表してとして参加頂いたり、仙台に行けば必ずお会いする方でした(宮城県美術館初代館長)。満97歳で他界の知らせを頂き、パリよりご冥福をお祈り申し上げます。

時には、懐かしのポンデザール・Pont des Arts・を渡り・・・

1970年の3月、春の兆しが注がれる黄昏時、パリ国立美術学校から徒歩5分の所に在る、セーヌ川に掛かる橋、Pont des Arts (芸術橋)の路上で、友人の協力を得て3人でタイトル<空間>のハプニングを開催した事が在りました。開催日には、G・Singer教授はじめアトリエの仲間達も来てくれて、案内状を手配して下さった里見宗次先生や数少ない日本人の友人も、パリで初めての発表は肌寒く、清々しい緊張する時を過ごした事をふと思い出しました。          今日は1区のインプラントの歯科医の所で抜糸、気分爽快、散歩には最適、我が家まで歩いてみようと。当時、住んで居たホテルの通り(Rue Jean Jacque Rousseau)から、ルーブル美術館沿いに美術学校に通った Pont des Arts を渡りました。春先はいつもセーヌ河の水位が上がるのですが、長雨の影響も在り、51年前と同じ様にセーヌ川の河岸の歩道は隠れて居ました。