お盆あけ それにしても 盛夏が続きますね…
2019 W杯・備忘録 340
〜 徒然に 〜
20年ほど前 当時 日本代表HCだったエリサルドが呟いた「ワシントン(当時の日本代表ロック・サントリー所属)は オーストラリア代表になれなくて 日本代表になったんだろ。だったら オーストラリア代表と同じようなラグビーをしていても 勝てるわけがないだろ」。 妙に説得力があるなぁ と ひとり 感じ入っていた。
オーストラリア出身・非オーストラリア代表のホッキング、コストリー、コーネルセン、ライリーが主軸のJPN じゃあ どうAUSと戦えばよかったのだろうか?
今から振り返ると 「十年一昔」以上の「隔世の感」が強い。牧歌的な時代だった。映像・データが 飛び交う時代ではなかった。フランスのクラブラグビーでは プロ化が進化してきたとはいえ 当時は まだ 選手の移籍が 現代ほど 激烈ではなく アマチュア時代の各チームの特色の残滓も残っていた。そこには いろんなラグビーがあった。多様性に富んでいた。だから(?) 弱小チームが 金満チームに勝利する確率が 多少なりも あった。
ある時 エリサルドが 「ラインアウト・モールにバックスが参加すること」を 当時の日本代表バックスに提案したところ みんな ポカンとしていたことも思い出す。
時代は変わった。奇手・奇策でジャイキリする確率は 確実に急低下したと思われる。じゃあ どうすればいいのか…
アマチュア時代を生きた 父・アルノーは 弱小チーム:ラ・ロッシェル一筋 選手としてHCとしてラグビー人生を全うしている。エリサルド本人のラグビー人生も ラロシェルで始まり 選手・HCを務め プロ化に遭遇し(=移籍が選択肢になる) 低迷していた名門・ベジエのHCに招聘される(本人曰く「信じられない金額が提示された」)。そこでも実績を残し「魔術師」と言われた。常に 弱小チームで いかにして ジャイキリするか それに賭けていた。おそらく 現代であれば 選手時代(フランス代表に選ばれている)に 強豪チームに移籍していただろう。現に 彼が ラ・ロッシェルのHCとして 育成した息子:ジャン=バティストは 20歳前に トゥールーズに移籍し(他チームも含めて 「やはり桁違いの金額が提示された」とのこと) 王道を歩み トゥールーズ主将・代表主将・トゥールーズコーチ・代表コーチなどを歩んでいる。今春 ジャン=バティストの子供が ラロシェル1軍デビューした。
AUS・10番 カーター・ゴードン 輝いていた! 2023W杯直前にAUS・HCに就任したエディー・ジョーンズに大抜擢された。前任者:レニー(現NZ・HC)が 10番に据えていたロレシオを代表スコッドから外しての荒療治だった。 が 結果は出なかった。 2023W杯では 「ドツボに嵌った」。サンテティエンヌのFIJ戦。見るも無残だった(現場で見ていて 気の毒に思えた。)そして リヨンのウェールズ戦 輝くことはなかった。
「前任者を引き継ぐ」。これは いろんなポジションで至る所で生じている。後継者は 大別すれば ㈰前任者を踏襲する ㈪前任者を否定する の どちらか。エディー・ジョーンズは 典型的な 否定者。とにかく 明確なヴィジョンは持っている。そして「目利き」。
JPN・10番・伊藤 いつの日か 大輪の花を咲かすのだろうか?
エディーに「干された」ロレシオ 2023W杯期間中 トゥーロンに出稼ぎに。当時 トゥーロンの10番だったガルビシは イタリア代表の10番に。昨シーズン トゥーロンの10番は ARGのアルボルノスに。押し出されたガルビシは ペルピニヤンに移籍。ロレシオは リーグワン2部・豊田に所属している。商品と化したラグビープレーヤーは 国境を越えて 瞬時に「取引」される…
それにしても エディー・ジャパン⇒ジョセフ・ジャパン⇒エディー・ジャパン 「通奏低音」的に 共通していて・かつ・他の代表チームにないものって あるのだろうか???
2023W杯 AUS 主将:スケルトンの怪我がなければ=彼が普通にプレーできていれば おそらく AUSは 8強に進出していただろう。という意味では 「ケガに泣かされた」感が強い。
昔は こんなにケガが多くなかった。
フランスが五か国対抗(当時はイタリアが参加していなかった)で 2度目のグランドスラムを果たした 1978年 4試合すべて同じ15人(当時はリザーブが存在しなかった)で戦っていた。3度目のグランドスラム・1981年も フランカーとスタンドオフが 変わっただけだった。今や 各国主力選手で ケガで離脱したことのない選手って ほとんどいないのでは?
ケガ・休場期間が W杯と重なるか否か こればかりは「神のみぞ知る!?」 トゥーロン・フランス代表で主将を務めるオリヴォン 常にケガをしているような… 2014代表初選出 2015W杯時はケガ 復帰後 2017年からケガで休場(選手生命も危ぶまれる) それが奇跡の回復で 2019W杯は3試合出場(準々決勝:WAL戦でトライ) 2020ガルティエ体制で代表主将に が またも ケガに泣く も なぜか W杯前に復帰し 2023W杯 4試合出場。ケガとW杯というと オリヴォンを 思い出してしまう… 「運」なのだろうか。
2027W杯 誰がケガに泣くのか 気になるところではある。
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