2023年2月25日土曜日

岡島レポート・ 2019W杯・備忘録168

                                                 2019W杯・備忘録168

〜  レフリー 〜
 
学生時代、プレーヤーからレフリーになった。一年間、幼稚な「笛」を吹いて・卒業し、レフリー兼公務員になった。心根としてはレフリーが主:天職、公務員は従:副業であった。
公務員になってみて、つくづくレフリーと似ていると感じ、今に至るまでその感情を持ち続けている。
 
なぜ似ているのか? おそらく三つの点が考えられる。
まず、プレーヤー(実業)ではない。かといって、虚業でもない。調整役であり、試合(社会)の欠かせない構成員である。
次に、競技規則(法)の一次的な・現場の判断者・裁定者である。
そして、黒子である。目立ってはいけない。スタンドプレーなんてありえない。
 
20世紀後半、日本の公務員の世界は、㈰無謬性 ㈪匿名性 ㈫前例主義が支配していた。この3原則、必ずしも悪いもの・全否定されるべきものではないと今でも思っている。
ところが、この3原則、外部からの「批判」に対して無力である。説明(責任)を果たそうとしても、匿名性の下、批判者への反論がなしがたい。そもそも無謬性を謳っている≒間違いを認めない≒批判に耳を傾ける必要性が生じない⇒「タコつぼ」に入って「批判」が過ぎ去るのを待つ。悪い習性が身に付いてしまう。
無謬性を遡っていくと国家無答責に行きつくのかもしれない。
近年、公務員を巡る環境は大きく変化してきた。
では 日本のラグビー界でのレフリーはどうだろうか?
 
2019W杯前にフランスで発売された『ラグビーの試合をいかに分析するか?(Comment decrypter un match de rugby?)』は全15章のうちの1章が「レフリング(Larbitrage)」に当てられている。冒頭「レフリーは、どの時代も観客のブーイングの格好の的となり、近年はコーチ陣のフラストレーションの素・悪意が向けられている」という一文があった。
 
世界の常識は日本の非常識、日本のスタジアムでレフリーに対するブーイングを聞いたことがない。それはそれで麗しいことだ。もちろん、美点だ。
 
では レフリーは現実問題として間違った笛を吹くことはないのだろうか? そんなことはありえない、ヒトはGODたりえない(無謬ではありえない)。そもそも GODの創った不出来なものがヒトであって 間違いがあるのは当たり前というのが欧州人の考えの根源にある。だから レフリングの間違いを指摘するのは当然のことである。
 
たしかに 一度吹かれた笛は絶対である。そこを覆していては 試合が成立しない。ただし 吹かれた笛は 常に正しいとは限らない。正しくない笛に対して 事後的に間違っているというのは 筋が通っている。あったことをなかったことにするのは不自然だ。ワールドラグビーは、組織として、「間違いは間違い」として認める。日本協会はどうであろうか。
 
間違いを見極めるためには、「目利き」の存在が欠かせない。では、どういう経歴の人が望ましいのか?
 
元国際レフリー・現Irish TimesラグビーコラムニストのOwen DOYLEの昨年出版された「The Refs CALL」を最近読んで、実に示唆に富む指摘が各ページに展開されていて引き込まれてしまった。その中で、2019WIRE代表チームの出来に関して、次のように書かれていた。
Irelands stated aim was to reach the semi-finals, otherwise the campaign would be considered a failure. That message was conveyed by the performance director David Nucifora, even prior to that years Six Nations.
From a refereeing perspective, it was already a failure, with no Irish ref selected to travel; a first.
 
かつて IRE人レフリーがW杯の決勝を吹いたこともあったのだが 2019W杯では IRE人の主審はゼロ(JPNIREも 副審に一人選出されただけ)。なるほどなぁと思ってしまった。
おそらく、JPNがベスト8以上を目指すためには、いいレフリーが出現することは重要だ(ARGという例外的な国もあるが)。そのためにはブーイングを浴びながら「打たれ強い」レフリーになっていくことも国際舞台に立つためには大切だ。
 
もちろん、「批判」には、建設的なものと無視すべきものとが混在しがちだ。だから、一切の「批判」を控えようというのも一つの考え方であり尊重すべきでもある。ただ、いいレフリーを育てるためには、様々な批判が存在しても大目に見るしかない。もちろん、批判する側にも説明責任が生じる。そうした過程を可視化することで、みんなが鍛えられてゆく。
日本人レフリーもいずれW杯の舞台に立ってほしいものだ。レフリーを鍛えるためには 国内での「批判」が必要だ。
 
令和5年2月25日
 
 
( 参考 : 2019W杯・備忘録45 〜  お国柄 〜 (再掲) )
 
 レフリーも人の子、お国柄もあれば、個々人の個性もある。
 今大会、主審を務めたのは、12人。予選プール37試合の笛を吹いた主審を所属協会別に区分すれば、次の通りであった。
                                数字は、試合数
 
Pool A
  Pool B
  Pool C
  Pool D
  Total
WAL1人)
      1     
      1     
      2     
      -      
      4     
ENG2人)
      2     
      2     
      -      
      2     
      6     
FRA4人)
      3     
      4     
      -      
      5     
     12      
RSA1人)
      1     
      -     
      1     
      -      
      2     
NZ (2人)
      1     
      -      
      3     
      2     
      6     
AUS2人)
      2     
      1     
      3     
      1     
      7     
Total
     10     
      8     
      9     
     10     
     37     
 
 原則は、所属協会のチームが入っているPoolの試合は吹かない。唯一の例外が、M39 WAL/URGをガードナー(AUS)が吹いている。
 レフリーの性格が如実に表れるのが、カードを出すか否かの判断。もちろん、TMOシステムの下では、かなりの平準化が図られてきている。さはさりながら、日頃吹いている習慣は抜けきれない。
 
 カードを出した分布は次の通り。
数字は、イエローカードとレッドカードの数を足したもの
( )内は、レッドカードの数で内数
*は、試合を吹く機会がなかったことを示す
 
  Pool A
  Pool B
  Pool C    
  Pool D    
  Total     
WAL
    -       
    1       
    1 (R1)   
    *        
    2 (R1)  
ENG
    1       
    2 (R2)  
    *        
    2 (R1)   
    5 (R3)   
FRA
    7       
    4       
    *        
    7       
   18        
RSA
    1       
    *        
    -        
    *        
    1       
NZ
    -       
    *        
    -        
    1       
    1       
AUS
    3 (R1)
    -        
    1 (R1)   
    1       
    5 (R2)   
Total
   12 (R1)
    7 (R2)
    2 (R2)   
   11 (R1)     
   32 (R6)  
 
 それぞれの試合は、さまざまな要素が絡み合っていて、カードの有無を機械的に統計処理することは適切ではない。そうではあるが、やはり気になる。
 
 Pool間の比較をすると、Pool Cがイエローカードなし・レッドカード2枚に対して、Pool Aがイエローカード11枚・レッドカード1枚、Pool Dがイエローカード10枚・レッドカード1枚となっている。Pool Cの各チームがそんなにお行儀がいいとは、とても思えない。原因は、ENGFRAが同Poolにいることから、ENGFRAのレフリーが吹かなかったことにあると思われる。
 
 結果として、予選プールの試合でカードをもらわなかったチームは、JPNSCORSAENGFRATON(ただし、試合後のCitingでレッドカード(相当)1枚あり)の6チーム。最多は、SAM7枚。
 
 レフリーの方から見てみると、FRA人がやたら(?)カードを出すのにレッドカードは出していない。一方、ENG人、AUS人はレッドカード率(?)が高い。
 
 1試合平均のカード枚数をレフリーの属性毎に示すと次の通り。
 
レフリー数
試合数
イエロー
レッド
Y+R
北半球   
     7      
   22       
    0.95    
   0.18     
   1.14     
南半球   
     5      
   15       
    0.33     
   0.13     
   0.46     
 
 
レフリー数
 試合数
 イエロー
 レッド
 Y+R
Anglo-Saxon
     8      
   25       
    0.32     
   0.24     
   0.56     
FRA
     4      
   12       
    1.5     
    -       
   1.5      
 
 一試合当たりのカード数をレフリー別に見ると次の通り。
2       : ガルセス(FRA)、レイナル(FRA
1.25    : ガウゼル(FRA
1       : ポワト(FRA)、ピアース(ENG)、ベリー(AUS
0.75     : バーンズ(ENG
0.5      : オーウェンス(WAL)、ペイパー(RSA
0.33     : オキーフ(NZ)、ガードナー(AUS
0       : ウィリアムズ(NZ
 
 なお、レッドカードを出したのは、バーンズ(ENG)、ベリー(AUS)が2枚、オーウェンス(WAL)、ピアース(ENG)が1枚。
 
 厳罰主義・決然主義のENGAUS。自由放任のNZ。その間にあって、自由に力点を置くWALRSA。非アングロサクソンの独自路線を行くFRA。そんな構図が透けて見える。
 
 レフリーには「間違いがあってはならない」。これは万国共通・すべての人々の願いである。
 しかし、レフリーはGODではない。事実・現実として、レフリーは間違いを犯す。
 この願望・当為と事実・現実のギャップをどう受け止めるかに、お国柄が出てくる。
 
 フランス人は偽善的権威主義を嫌う。
だから、レフリーを尊ばない(?)。レフリーは、常に攻撃対象になる。レフリーの間違いは、激しい非難の的になる。観客にとっても、チームにとっても。もちろん、メディアも容赦なく論評する。
だから、レフリーは「お高く留まって」いられない。ちらつかせるぐらいでは「舐められる」。権威はないけど、権力は持っている!
だから、武器であるカードを、バンバン出す。
 そんな歴史を積み重ねて、フランス人レフリーはフランス国内で鍛えられ、W杯で重きをなし、今大会、初めて決勝戦を委ねられた。
 
 代表チーム強化は、よく話題に上る。ベスト8、素晴らしかった。
 では、日本人レフリーがベスト8を委ねられる日が、いつかは来るのだろうか?
 いいレフリーはどうすれば育つのか、たまには、人びとが熱く議論すべき大切な課題だと感ずる。
 
令和2926

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