2011年12月5日月曜日

内館牧子の仙台だより、を読んで、

内館牧子の仙台だよりから
胸にしみる震災追悼詩集(98)

先日、仙台で1冊の詩集を手渡された。表紙には、「東日本大震災 追悼詩集 沈黙の海 菊田  郁」とあった。
それはざら紙に印刷された手作りの詩集で、32ページほどの小さなものである。
帰りの新幹線の中で開いてみたところ、どの詩も平易に書かれているだけに、胸にしみる。
行間から慟哭(どうこく)が聞こえる。読みながら、車内で目がウルウルして困った。
菊田さんは中学校の教師として、気仙沼市、南三陸町志津川、石巻市などで8年間勤務されたという。そのため、   机の上で工夫してひねり出した詩ではなく、誰もが思っていること、特に被災者はその思いが強いであろうことを、真っ正面から書いている。

第1ページ目の「序詩」には、
「自分の居場所を確保し/対岸から『ガンバレ』とどうしていえるだろう/被災者との溝は/どうしようもなく深い」とある。納得する人は「対岸」の人間たちにも多くいると思う。

また、「トランペット」という1編では、次のように書く。
「かえれ もう一度/3月10日に/かえれ もう一度/3月11日午後2時45分に/かえってこい/たくさんの/たくさんの命」

そして、「がれき」という一編。
「〈がれき〉と言ってしまえば/それだけのことかもしれない/だが〈がれき〉なんてひとつもない/どれもこれも/家族が長い時間をかけて/こつこつと積み上げてきた/思い出の詰まったものばかり」

対岸の人間が「がれき」と言ってしまう無神経さを、鋭く突かれた思いがした。
私が車内で泣けて困ったのは、「祈り2―あの日―」という一編である。3月11日のあの日は、東北地方に雪が降っていた。電気も水も電話回線も遮断された暗闇で、人々は烈(はげ)しい雪にさらされていた。詩は次のように書く。

「夜明けに雪が止(や)むと/青く澄み渡った夜空に/いつもより多くの星が/ささやくように/光った その日/たくさんの/たくさんの命が/空に昇った」

3・11の夜更けは「星がきれいだった」と多くの人が言う。その時はまだ、これほどの大災害とは思ってもいなかっただろう。
だがあの日、ぷくぷく頬っぺの乳飲み児も、ランドセルの幼女も、ワンパクな少年も、父も母も祖父母も、夫も妻も、牛や馬や犬や猫も、たくさんの命が空に昇ったのだ。誰の目にも、いつもより多くの星が見えたのは、「死ぬと星になる」という証しかもしれない。
私たちは対岸にいればなおのこと、3・11を風化させず、自分に何ができるかを考えたい。

この詩集は左記に連絡すると、送料込み1冊600円で買える。うち300円は「みやぎ育英募金」の震災孤児基金に送られる。

〒987・0511 登米市迫町佐沼字的場14の1 菊田  郁
問い合わせも著者の菊田さん(090・4632・7657)へ。
(うちだて・まきこ)
(2011年9月25日  読売新聞)

◎ 私も早速、購入して読んでみようと思います、1冊目の詩集は数年前に買い求め、11月に仙台で菊田さんの朗読会が在りますと宮城大学の佐藤義明さんからお聞きしていましたが、記事は9月25日、発見するのが遅かったです。今月12月は偶然にも冨樫(高橋)の昌子ちゃん、春日の勝ちゃん、木下(木村)のスミチャン、そして、菊田さんと同級生のニュースを掲載させて頂いています◎

0 件のコメント:

コメントを投稿