2012年3月31日土曜日

一刀斉からのメール。

1年が過ぎた今頃になって、数多くの事実が表面化してきています。日本でこのようなことが起きることすら考えていない一般市民にとって大変なドキュメンタリーです。日本では作ることができない・・・良く分かります。日本も管理社会だったようです。内容を読んでゆくと、なるほど、やはり・・・と再確認することができました。ニュースの陰に隠れていて気が付いたこともあります。それが現実になるとは・・・。

私のほうも、韓国の中央日報の日本語版で、うまくまとめられた記事が届きました。韓国側から見た事実をまとめてあります。この簡単な記事の行間を埋めるのが今回の ZDF 版ですね。日本ではこのような報道は出てきません。うまくまとめてあるように思っていても、最終的に物足りない部分が出てきます。やはり報道体制や報道管理に問題があるようです。これも次々と噴出しているようです。TVニュースを見ていると、どうして同じ時間帯に同じ内容を流すのか?と不思議な一致に驚かされます。チャンネンルを切り替えると同じ内容、似たような写真や動画を見ることになります。午後6時台は特に。ある意味での報道統制?とも考えられる・・・?そして出てくるのが、独自の取材から・・・当局だけ特別に・・・というスクープ合戦。TVや新聞などのマスコミへのニュース配信に偏りがあることはよく言われています。ある部門に強いマスコミもあります。いわゆる一般新聞社の5,6社の新聞で、同じ内容を見比べると良く分かります。問題になっているオーナーや社主と政治家とのかかわりもあるようです。

3.11のかなり前から原子力委員会の委員長に居座っている斑目委員長は、昨年表面に出てきたのは福島原発爆発の1週間も後で、最近も他人事のような発言を続けていながら、現職として居座っている・・・3月末には辞める・・・責任回避としか思えません。これも「原子力村」の力なのでしょうか。空いた口がふさがらない・・・ふさぎようがない・・・ここまで馬鹿にされている日本人としても、より以上に情けない感じがします。

東電の殿様振りというよりも悪代官振りは呆れるばかりです。当然知っていてやってるのでしょうが・・・。4月1日から大手に対して値上げする・・・年間百万単位での値上げになう(当然、一般市民にも影響があります)・・・突然、契約期間中はネガをしないので拒否してかまわない(知らせに明記無し)・・・他社に替えたい(無理があります)・・・ほかに契約替えをして、また東電に戻った時はさらに値上げ率を上げる→→→すごい発想ですね。節電や計画停電で、一部で協力しているのに・・・当然、東電は収入源のはずです。それにその時に余った電気はどうしているのでしょうか。原発や放射能問題が別の面に影響を始めました。本当に、被災地全体が放射能の影響を受けているというような風潮が流れています。日本人の怖い部分です。今頃になって、東電は海水調査を始めました。東日本では魚の水揚げが止まっています。放射能の数値が高い場所が多く、それも変化している。3.11より前の状態はどうだったのでしょうか。
それに永田町も相変わらずそっぽを向いている。超党派で解決する問題が山積しているのに。また、首相が韓国に何をしに行ったのかわからないそうです。会談無し、早目の帰国・・・。震度3クラスの地震が東日本で続いています。その震度は国会内での烏合の衆の揺れでしょうか。
次々と噴出してくるのでもう少しまとめてみます。

先日お話ししたトリニダード・トバゴのPaulaはどうでしょうか。お会いしたいと言っています。よろしければ連絡先を教えてください。今年の11月まではパリにいるそうです。そちらでの展覧会についても教えていただければと思います。お忙しいところを申しわけありません。

一刀斎

2012年3月29日木曜日

土屋 秀敏 さんからのメールが届きました。

お元気でしょうか?  時差には慣れたでしょうか?

私も外国には一度だけ行ったことがありますが、時差に慣れるまでに丸1日かかりました。
くらし Watching 宮城県・知るぽると の達先生の独り言の記事を読ませて頂きました。達先生のアートとの出会いから今に至るまでの経路や、東日本大震災での復興支援活動、そして人としての在り方など、関心させられました。さすがです。
片平の仕事場の工事の方は準備段階なのですが、4月から6月にかけて本格的に進めていきます。
今日の仙台は晴天、最高気温13度で、ようやく春に近づいてきました!                                                                                                                                 ( 株 )サンホーム 土屋 秀敏

2012年3月26日月曜日

宮城県 知るぽると ” くらし Watching ” No36 号。

怜子ちゃんにほめられて、その気になって、宮城県の くらし Watching のNo36(2012.3 春)号に書いた作文の原稿を掲載してみました、担当の菅原さんにはメールで大変お世話になり感謝の連続でした。
                                             
                       私が思うこと
                アートの魅力&アートの力 
私が小学校4年生の時、ハーモニカを持ってフランス、スイス、ドイツを旅した方の講演を聞く 機会がありました。「音楽は世界共通。言葉が通じなくっても皆が私のハーモニカの曲にのせて一 緒に歌ったり踊ったり。ヨーロッパの方々は芸術を大切にして、山々は奇麗で楽しい所です。」と、想像もできない外国の話をしてくれました。このことを機会に外国への関心が芽生え、その後、 町内にある映画館で担任の先生と一緒に「ウィーン少年合唱団」や「菩提樹」という映画を観て 刺激を受けました。それがきっかけで音楽を習おうと母に頼み込んで、ヴァイオリンを東京から取 り寄せてもらい、3年間毎日習ったことも。また、同時にピカソやマチス、ゴッフォ、ゴーギャンの 画集をみながら水彩画で真似て描いていた時期、私のヨーロッパへの夢が膨らみました。このよ うな夢を強く抱くようになったのは、今、考えてみますとアートのお陰だったのかなと感じています。 
さて、ヨーロッパの子供達は、マンガを通して日本を漠然と知っている程度でしたが、今回の東 日本大震災で大きな被害を受けた事と、その対応、日本国民の助け合い・分かち合いの生活文化 に驚いていました。国が違うと生活様式も異なり、当たり前が当たり前でなくなることが多々あり ます。しかし、共通する所もあります。共通することの基本は、すべての人間は地球上に生きているということでしょうか。 
地球温暖化による自然破壊、経済危機、政治の混乱、教育の荒廃、そして、今回の日本での地 震と津波、原発による放射能汚染など、人間社会が混沌として、これらの課題は、国の違い、文 化の違いとかを言っていては解決できるものではありません。国という壁、文化という壁を取り払 い、共に地球に生きているという認識を各人が持てる様に、その最良手段は勇気と未来に夢をえ がけるアートだと思います。 
私は被災地の状況を知り、何か手助けをしたいと考えました。パリ在住の作家仲間に声をかけ て作品をオークションに、それで得たお金を義援金や災害支援金として贈りたいとお願いしたところ、200名の作家が無償で作品を提供してくれました。作家だけの協力だけではありません。作 品を購入した人々も協力者です。幸いにも一千万円近くの売り上げがあり、登米市、宮城県、気 仙沼市に贈らせていただきました。 
作品を提供してくれたパリ在住の作家達は、フランス人だけではなく、ヨーロッパや南米までの 多くの仲間達で、作品購入したコレクターもいろんな国々の方が関わって下さいました。アートに 関わる人々は、国の壁や文化の壁を持たずに地球人として生きているということです。 
今の世界危機を目の当たりにして、この状況からの脱出には壁の打破以外にないと思います。 
そして「この危機状況を救えるものはアートである」と言っても過言ではありません。震災や原 発事故で心に傷を負った子供達は、被災地以外にも第二次被害者として存在します。 
芸術の原点、まさに人類の文化の根底を為しているアートを再確認し、芸術本来の意義を持っ て人間精神の復興を願うものです。希望とやすらぎの世界、いつの時代も芸術とその時の社会と は緊密な関係にありますが、人間の創り出す作品は、遙か未来を夢見ながら、現状の問題点を敏 感に的確に感じ取り、未来に向けたメッセージも秘めて構築される造型芸術です。 
バランス感覚や感性、創造性や思考力、そして夢を養いながら子供達と真剣に向き合って語り 合い、芸術の楽しさを一緒に体験する事も、我々芸術家の使命の一つでもあります。アートは宇 宙と共に在る生命体なのですから。

怜子ちゃんから元気なメールです。


おはよう! 県のくらしウオッチングが届きました。とっても素敵な文章で  さ〜すがと  感心しました。チーズも唸っています!!
ビーアイの作品展も終わり、昨日の日曜日は  海外に行く準備でした。
ポルトガルの旅、セント・テイルソは  サトル君の作品とその空間だけ  見る感じかな〜。
仙台は  まだまだ  春は遠い感じですが  ビーアイで  一輪 都忘れの花が咲いて・・・
それでは 元気で いい仕事を。

2012年3月21日水曜日

京橋のギャラリイK を訪ねて。

東京を発つ前日、16日の18時30分、中川さんとの打ち合わせは、京橋のギャラリイ Kで、丁度、佐藤さんの知知っている TSA の一期生、山根君の個展開催中なので、そこで、会いましょうと、お誘いを受けて、銀座7丁目のカフェーパウリスタでモリス・ギャラリーの森さんとコーヒーを飲んでから<山根秀信展> 会場に、時間丁度にたどり着くと、なんと、仙台のギャラリー ターンアラウンドの関本君と噂していた千石先生が会場に居てバッタリ再会、今回は会えないかなと思っていたので嬉しかったです。TSA の一期生、二期生は、当時、学校に出入りしていた関係で知り合いも多く、山根君もその一人、個展会場は18枚の紙の米袋に描いたデッサンと言える図面が壁一面
に展示され、他の壁には小さな画用紙に描かれたパースの様な、絵画の様な、様々なドローイングの作品が重なり合う様に展示され、奥の部屋にはキャンバスの小品も展示されていました。中央の床に設置されている大作は、大自然を感じさせる段々畑の様な地形に形の異なる小さな建物が一杯置かれていて、地域からの問題提起と同時に、龍安寺の石庭か銀閣寺の銀沙灘の中に設置された様な緊張感を漂わせ、小さな模型の様な建物は作家の手で一個一個石膏で作られていました、白砂利の様な小さな石は、よく見るとお米、山口県産の米と言っても、作家・山根君が自分で
作っているお米でした、完成度の高い作品、それで居て、いろんな可能性を秘めている、先が楽しみの作品を制作している山根君に久しぶり会えて嬉しかったです。
つい、つい、ギャラリイ K の宇留野君に、この隠された構成的な所が何とも言えない魅力、個展の最終日、作品搬出直前に、小さな作品部分(建物)を取り外した、基本形だけの写真を撮って送信して下さいと無礼なお願いしてしまいました、そして、今日、宇留野君から念願の写真がパリに届きました。私の狙いを直感的に察する彼は、思ったとおり、新しい幾何学構成アートでも使える作品の写真を撮って下さいました。作家の山根君には迷惑かなと思いながら、写真を掲載させて頂きました。作家の意図とは関係なく、この作品は東日本大震災の津波の被災地をふと思わせる、不思議な風景を漂わせるのもこの作品の持つ力でしょう。

2012年3月20日火曜日

いとう たつこ作曲「日本舞踊劇・椿姫」パリ公演。

いとう たつこ作曲「日本舞踊劇・椿姫」パリ公演。
      ◆ 日本舞踊劇「椿姫」公演
          パリ市主催
          会 場 :ブローニュの森の中にある「アクリマタシオン公園」にて、
             劇 場  :  Le Théâtre du Jardin / Le Jardin d'Acclimatation,  Bois de Boulogne (Entrée Sablons)
          期 間 :4月20日(金)、21日(土) 19:30 開場 : 20:00 開演
          入場料:無料
      ◆ スタッフ・キャスト:
           原作:アレキサンドル・デュマ・フィス
           台本・構成・演出:石田 巍
           共同演出:勝美延三
           作曲:いとう たつこ(日本作曲家協議会会員)
           振付:勝美 延三(かつみ えんぞう)
           出演:マルグリット:勝美 巴湖(かつみ ともこ)文化庁文化交流使
                      アルマン :藤間 藤椛(ふじま とうか)
                      アルマンの父:勝美 藤乃(かつみ ふじの)
           演奏:いとう たつこ(ピアノ、オルガン)

◈  外村さん経由、ミュージックジョイミヤモト代表・宮本ルミ子様よりの情報です。◈

2012年3月18日日曜日

朝日新聞デジタルより。


ヘリコプターを見ると、今も感謝の気持ちでいっぱいになる——。東日本大震災の際、宮城県気仙沼市で一時孤立し、東京消防庁のヘリで救助された人たちが16日、東京都の猪瀬直樹副知事に謝意を伝えた。孤立先からの携帯メールがきっかけで猪瀬氏がヘリ出動を指示し、子どもを含む446人が救出された。                         都庁を訪れたのは気仙沼市内の障害児向け福祉施設マザーズホームの園長・内海直子さん(59)、市立一景島保育所の元所長・林小春さん(60)ら。 
大震災では、内海さんの施設の障害児はすでに帰宅後だったが、林さんは同保育所の0〜5歳児71人を連れ、近くの公民館に逃げ込んだ。3階建ての2階部分まで津波が押し寄せ、周囲に火の手も迫っていた。子どもたちは屋上や3階で寒さに震えていた。そんな中、内海さんがロンドン在住の息子・直仁さん(32)に「火の海、ダメかも」と携帯メールを送ると、直仁さんはツイッターで救助を要請。猪瀬副知事の目にとまり、12日未明、急きょヘリ出動が決まった。ヘリは3機出動し、12日朝から2日間かけて全員が無事救われた。                              (朝日新聞デジタル・3月18日)より                                      
△◉この危険な状況を救った東京都の指導者が居た、内海園長さんから内海さんの息子さんへのメール、息子さんのからのツイッターの連係プレーで、446名の命が救われた出来事がパリ迄届いていました、逆に、支援物資が現場に届いても、実際には被害者に届かず、結局、捨てられた食料も多く在った事も、緊急事態に対応出来る指導者が現場に居る居ないで、大きな違いが出て来て居る事も、同じ津波に襲われても十三浜では死亡者が無く、隣町に近い町では300名が死亡と聞いています。今回の教訓を生かして頂きたいと思います◉△

2012年3月16日金曜日

乃木坂のシェ・ピエールを訪ねて。

日本に行く度に顔を出すビストロが乃木坂のシェ・ピエール、シェーフでオーナーの Prigent 氏は1968年に東京に住み着いた方、日本語も上手く、気軽な、家庭的なお店、ここに来るとフランス語が喋れると言う感じです。丁度、一週間前にパリに行って来て、息子さんのオリビエと会って来たと(私の方はパリを発つ前にオリビエと食事をして居たので、オリビエの近況を知らせようと思っていましたが、先を越されました)、顔なじみの伯母さんとも元気にお話出来ました、今日は沼ちゃんと昼食、彼は仕事
で遅く成り、その上、大好きなワインは飲めずに(勤務中)、夏のグループ展の打ち合わせも兼ねての食事、満席のビストロでしたが、帰る時は我々が最後のお客さんでした。30数年前パリに1年間留学していた沼ちゃんがシェー・ピエールの食事と雰囲気を気に入って、近い内に家内や友人の高木ご夫妻と来ますと言っていました。乃木坂の地下鉄で別れて、私は新宿歌舞伎町に、沼ちゃんはお仕事にと、夏の再会を約束して別れました。

2012年3月14日水曜日

光琳の紅白梅図屏風をじっくり見れました。

3月14日、昼に、夏だと自転車で遊びに行くのですが未だ寒い季節、仙台タクシーを呼んで、半年ぶりにギャラリー青城の高橋さんに会おうと錦町に行って来ました、昼食は近くのKKR Hotel Sendai で、遅かったのかランチが 品切れで、それではと海鮮丼を頂き、コーヒーを飲んでから、又、仙台タクシーに乗って尾形光琳の紅白梅図屏風(KouhakuBaizuByoubu )の作品が展示されている仙台市博物館へ、運転手さんが尾形光琳の話を詳しく説明をして 下さり楽しかったです。日本画を話せる運転手さん、嬉しい事で深く感心しました。特別公開、東日本大震災復興 支援、国宝、紅白梅図屏風とMOA美術館の名品と言うタイトルの展示会、尾形光琳の代表作となれば当然かもしれ ませんが、車も混んでいて入館者も多く、並んで、ゆっくり見れない感じで、吃驚、さすが、杜の都と感心しながら、梅の花が奇麗でしたね、豪快と言うより繊細で、あの構成も日本画でありながら、アールヌーボーを思わせる 様な曲線の魅力と平面空間の伝統的な絵画に脱帽、心が洗われた感じでした、午後最終で宮城県美術館へ入館、常 設展示室の一部にニューヨークで活躍したと言われる日本人作家の企画展を訪ねました、宮城県美術館の方の入館 者はたまたまなのか限りなくゼロに近く、別館の佐藤忠良館には、受付の方と監視役の方が居ただけ、お陰で、貸し切りの気分で一人でゆっくり観れました。

2012年3月13日火曜日

大観楼での昼食は。

Be I の怜子ちゃんから、美味しい白魚の卵とじも最高とウナギの大観楼での昼食のお誘いを受けました、時間は12時ジャスト、遅れない様にとメールを頂き定刻に到着、部屋に通されたら5人用の席が用意されていました、肝心の怜子ちゃん一行が来てないので店内に展示されているBe I の子供達の作品(せんだいまち力ミュージアム vol.3の展示会)を観てから座敷に上がって珍しく待っていたら、怜子ちゃんがごめん、車が渋滞で遅く成りましたと、チーズちゃん、そして、懐かしいパリで怜子ちゃんグループとお会いした東京の森下久美子さん、そして優しいそうな初めてお会いするご主人の一乗さんが到着、今日は飛び入りなので、我々に御馳走させて頂きますと、ウナギ好きな私は先ずゆっくり味わってからの楽しい会話、森下ご夫妻は絵が趣味でと小さなスケッチブックを持ち歩いて早速拝見させて頂きました、京都の銀閣寺の絵が描いて在ったり、ニューヨークのセントラルパークが描いて在ったり、ご夫妻共々、描いていました、次回はパリを目指している様で、パリでお会いする事を楽しみにしている所です、旅の好きな森下ご夫妻、昨年の3・11以降、特に東北に旅す
左から森下夫妻、おかみさん、怜子ちゃん、チーズちゃん
る様にしているとか嬉しい事です。楽しい昼食後、これから一関に行き、泊まりがけで平泉をゆっくり廻る予定ですとタクシーを呼んで仙台駅に、大観楼のおかみさんもご挨拶に、6ヶ月ぶりにお会い出来ました。3・11の時、未だ、皆様が充分に食事が出来ない時期、温かい食事を振る舞って下さったおかみさんの行動力にも頭が下がります、おかみさんの話では古いお店なので、井戸が在り常に水を確保出来、市ガスが使えない時にとプロパンガスを用意しているので、冷蔵庫に在る食べ物を普段の様に料理出来提供出来たと言う話は有名な話、その後、怜子ちゃん、チーズちゃんと3人で、私が未だ見ていない、せんだいまち力ミュージアムの2カ所の展示会場を廻りました、最初の洋
服店(ヨーガンレール)には洋服や靴が並べられている棚に同じ様に作品が自然に展示され、最後のジュエリーの お店 due では、お店のウインドウに外からすぐ解る様な赤い力強いハートが描かれている絵が展示されていました、店内に入ると中央に怜子ちゃんの水彩画が展示されていて、これはお店のコレクション、お店のマダムはどこかでお会いした方と思っていたら、サトル君、知っているでしょう、種澤有希子ちゃん!昨年の宮城県芸術選奨新人賞を工芸(七宝)で頂いているの、ア!そうそう、知っていますと、思い出して大笑い、怜子ちゃんの素敵なイヤリング等は、このお店で購入しているものも数多く在りそうです、今日は3月13日、パリの薫ちゃんは3歳の誕生日、仙台の20時にパリに電話をかけました。













2012年3月10日土曜日

高山親子と水谷で食事。

3月10日の12時には高山親子(アルトの圭子ちゃん親子)と昼食を、待ち合わせは三越で、時間丁度に行ったら、既に、待ち人が居ました、圭子ちゃんとは5日ぶり、聖子さんとは6ヶ月ぶりの再会、早速、昼食をとお二人について初めに行った店が閉まっていて、それではと定禅寺通りに出て、聖子さんの知っている<水谷>と言う天ぷら料理のお店に、粋の良い店主が粋の良い料理を出して下さって、美味しく頂きました。食事の後はカフェでもと、近くの喫茶店に、圭子ちゃんの5月のドイツでの演奏会の後、パリに立ち寄る話や、幾何学構成絵画の話等々、楽しい会話を、夏には絵画教室に参加すると言う事で楽しみにしています、車で仕事場迄送って頂きお別れ致しました。

怜子ちゃんからの、お知らせです。


おはようございます。ビーアイです。
おかげさまで9日から「せんだいまち力ミュージアムvol.3」はじまりました~!
仙台市内20か所で子ども達の作品を展示しています。もちろんビーアイの中や階段、エレベーターにもたくさんの作品を展示しています。どれも昨年の地震を経験した子ども達が彼らなりに感じて、考えて題名をつけて自分なりに意味づけしながらつくったものです。どうぞお買い物やお散歩ついでにおでかけください。お待ちしております。
 




2012年3月9日金曜日

栗原 ” もってけ ” 市を訪ねたら。

3月9日、11時過ぎにたまたま、仙台市役所の勾当台公園駐車場前の広場を通りかかったら、栗原 ” もってけ ” 市(栗原市の野外物産展)が開催されていました、何となく、気になって入り込んでいたら、中嶋先生、みえこの部屋を出店していました、特性かりんとうとお餅を買おうと思ったら、パリへのプレゼントですと、いろんな食料を頂きました、その上、商品券クジを頂き、早速、券を持ってクジ引きに、何と500円券が2枚当り、早速、再度の買い物、甘味噌をシソの葉で巻いたシソ巻きもパリ迄持参、ふと、隣に買い物に来た方を見ると、お知り合い、アエルを設計した関空間の関夫人でした、関ご夫妻とは縁が在り、パリでお会いしたり、登米市のサトル・ミュージアムにも何度か来て頂いたり、アラ!どうしてここに!ここは
パリでなく仙台、日本にいらっして居たのですかと、今回の来日は想定外、普段は夏のヴァカンスに決まっているのですが、短期間の滞在ですが、夏にゆっくり来ますのでとご挨拶した所です。中嶋先生と関夫人は初めてお会いした様な会話をして居ましたが、4年前から何度かサトル・ミュージアムでお会いしている方々、不思議な縁でした。

2012年3月5日月曜日

Alain Damiens アラン・ダミアン演奏会

震災復興支援国際交流演奏会  <F・リスト 200年の祈り> が、3月5日、宮城県白石市ホワイトキューブで開催されました。当日は、仙台は朝から雪、午後は霙(みぞれ)、仙台から白石蔵王迄新幹線で15分で着くので気楽に行って来ました。
演奏会は素晴らしかったです、当然と言えば当然なのですが、アランの奏でるクラリネットは抜群で、ヴァイオリンの矢野さんはじめ、日本人のクラリネットやピアノの演奏家の方々も素晴らしく、白石市で聴く演奏会は柔らかい癒しと、深層から湧き出る勇気と感動が、演奏者と客席が一体感を持った空間でもありました。これはパリでは実感出来ない事でしょう。最後に私の大好きなメシアンの曲に
は驚き、彼と初めて出会ったのが1969年秋、パリ国際現代音楽祭の時でしたから、雪とみぞれの中、ホワイトキューブの会場は満席、今回の企画者、パリの西川さんは司会役で進行、解説まで見事に大役をこなしていました。
会場では甥の寿正と息子の小学1年のリンタロウ君と再会、ヴァイオリンを習っているので良い体験に成ったのではと、帰り際、アルトの圭子ちゃんから声をかけられて、ギリギリで開演に間に合いましたと仙台から車で駆けつけて下さいました、霙と雨で渋滞、時間が掛かった様です。悪天候にも関わらず仙台からも多くの方々が来ていました、西川さんに、そして、白石市に感謝、是非、これからも継続して頂きたいと思います、アートの力は永遠です、アートは宇宙と共に存在するのですから。

2012年3月4日日曜日

伊勢丸さんこと、佐々木昭一さんを訪ねて。


3月4日、8時45分、サンホームの斎藤照雄さんから後、2、3分で着きますと携帯に電話が成り、慌てて出発の用意、玄関先に降りたら既に、斎藤さんの車が待機していました、その後、木町通りに、陽子さんを乗せて、白松がモナカ本舗本社で一郎さんが同行、その後、更に要子さんの自宅近くで、予定どおり5人を乗せた車は仙台市内からバイパスに乗って三陸道に、皆様、娘の結婚式にパリまで来て頂いたいつもお世話になっている仲間です、目指すは、石巻市・相川保育所、北上子育て支援センター、今日は、21年前(平成3年⇒1991年)宮城県がパリで開催されている国際食品見本市に参加して居た時代、一郎さんや大江の勝ちゃんと一緒にパリでお会いした伊勢丸水産の佐々木昭一さんと久しぶりの再会出来ると言う、勝ちゃンは直接、大阪の茨木市ロータリークラブの方々と行動を共にしている様子、皆さんで被害地で会えるとは、不思議なご縁です。石巻市の中心から北東の31キロの位置に在る北上町相川、今日は津波で流された太鼓を新しく頂いたのでそのお披露目も兼ねて、子供達が打つ白浪太鼓と、獅子踊りは無病息災、疫病退散を願い、各地域が順番に回って行われるそうです。そして最後は唄、NHK 愉快なコンサート、元・歌のおね
いさん、森 裕理さんのファミリーコンサートも聴けました、その後、佐々木さんのご案内でシャブシャブ・ワカメを中心に海の幸を頂きました。
帰りはワカメの土産を頂き、夏にお会い出来る事を念じて別れました。佐々木さん一家は未だ避難所生活、一日も早く解放される事を祈っています。未だ未だ、復興には時間が掛かりそうです。








2012年3月3日土曜日

西公園の雪景色、

日本中を、いや、世界を旅する怜子ちゃんから写真が届きました、どこの写真ですかと尋ねたら、西公園の今朝の写真だよ!と、メールが届きました、仙台市西公園前に在る Be I (三上ビル2階)から写した雪景色、怜子ちゃんが撮った写真は仙台市内と思えない雪の雰囲気が出ています。怜子ちゃん、ポルトガルへの美の旅を企画中なので、近い内に Be I にお邪魔して、ポルト市に近いサント・テイルソ市、カンタニア市、スペインよりのカラゼッタ市などに私の作品が設置されて居るので場所の説明に伺う予定です。ポルトガルには野外環境造型作品は3点設置されて居るので、是非、観て頂きたいと、特に、サント・テイルソ市の街中には世界中の造型作家が参加して50点以上が設置されている珍しい街、15年間の積み重ねで出来た野外オープン美術館は見事なものです。

宮城県美術館開館 30周年記念。

<クレーとカンデインスキーの時代>と言うタイトルの展覧会を鑑賞して来ました。展示作品は宮城県美術館と宇都宮美術館の所蔵作品、以前の様に外国から作品を集めると言う従来の企画展方法と違った国内コレクションを活かした企画展、その中で最後の第5章のバウハウスを紹介した部門が興味を引きました、抽象絵画の父と言われるカンデインスキーの抽象画家以前の作品コレクションも在る宮城県美術館に対して、抽象画家としてのカンデインスキー、そしてバウハウスと関係を持つ作品の宇都宮美術館コレクション、イッテン、シュレンマー、モホリ=ナギ、アルバーズ、勿論、カンデインスキー、クレーの幾何学構成に関連する作家達の作品を観れたのは予想外、今日は興奮しました。宮城県美術館の常設展等で30年間、カンデインスキーやクレーの作品を観させて頂いて勉強に成りましたが、周りの時代性を加わえる事で違う歴史が見えて来る楽しさを感じさせて下さいました。明日は最終日なので、土日は混むだろうと、早朝、9時30分開館に合わせて入館、ゆっくり拝見して、その後、美術館のカフェに立ち寄り、美味しいコーヒーを飲みながら雪の在る中庭を眺めていたら、モーツアルトのご主人が、アレ、佐藤さんと声をかけて頂き、チョット立ち話、夏に、又、来ますのでと、片平のモーツアルトでは時々、お邪魔させて頂いています。美術館のコーヒー店内の空間デザインがゆったり、棚の構成がなかなか、デイ・ステイールやバウハウ                      スを連想させる感じで楽しく成りました。