2021年6月5日土曜日

岡島レポート・2019 W杯・備忘録 80

                                   2019 W杯・備忘録 80

  ~ コーチ ~

  先日のヨーロッパ・クラブ選手権で優勝したのが、トゥルーズ、5回目の優勝であった。前4回、トゥルーズを優勝に導いたのが熱血漢:ノベス。サッカー界のマンチェスター・ユナイテッドHC:ファーガソンと並び称されるクラブチームの名将である。

  エレロ『ラグビー愛好辞典』 Entraineur(コーチ)の項では、次のように解説されている。

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 コーチは、競技会・選手権とともに出現した。日曜日の仲間内の公園での試合であれば、紛争を避けるために、せいぜい、レフリーは必要かもしれないが、コーチなんていらない。選手権とともに「結果」が付いて回るようになる、毎日曜ごとに。毎週の懲罰でもある。勝利のためにコーチが必要になり、勝つことがコーチの評価基準になる。

 コーチは勝利を義務付けられ、それを請け負うことでコーチ足りうる。練習、動機づけ、激突、猜疑心、プレッシャー、ケガ人、試合に出る選手の選抜、敗北… すべてを引き受けなければならない。コーチは没頭し・強迫観念をもって、昼夜を分かたずチームとともに生活する。身体ではなく、頭と心を使って。15年間のコーチ生活で、一度も捻挫をしたことはなかった、が髪の毛が真っ白になってしまった。

((注)エレロは、トゥーロンのHCとして、1987年フランス選手権で優勝している。)

 最もむずかしいのは、明らかに、技術的な面にあるのではない。そんなものは、よいテキストなり、日々の練習で落とし込める。だが、人間の群れ、それは異次元のことだ!群れはうごめき、変わり、叫び、泣く… コーチは、お互いが影響し合う群れと向き合わなければならない。心理学と直観を駆使して、存在しなかった形を創り出さなければならない。群れをグループにし、グループをチームにしなければならない。巨大な原石たちに手を差し伸べ・揺さぶり・引き裂き・再び手を差し伸べ… そのためにも、まず、強固な絆を選手たちと作り上げなければならない。

 ラグビーにおいて、このもろい人間的関係を保ち続けるためには動的であり続ける必要がある。コーチはエネルギーを全開にしてチームを動かし、選手の好奇心を掻き立て続けなければならない。群れより先に行き過ぎてもいけない、一歩先を先導し続けなければならない。停滞は「終わりの始まり」である… 倦怠はコーチの悪夢である。

 コーチは、教師でもあり、先導者でもあり、群れとともに曲がりくねった道を歩んでいく。曲がり角ごとに、確信は失せ・疑念が生ずる。群れを、ブレずにかつ変幻自在に引き連れて、勝利の一本道を見つけ出し進んでいく。

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  2015W杯後、多くの人びとの期待を受け、「満を持して」ノベスはフランス代表HCに。

何と言っても、ノベスは、1988年~2015年までの超長期にわたってトゥルーズのコーチを務め、ヨーロッパ・クラブ選手権で4回、フランス選手権で10回優勝という空前絶後の成績を残していた。停滞・倦怠を生まないチームビルディングを実践し続けた。

ところが、代表HCとしての2年間、もがき苦しみ、結果が出せないまま、2017年秋、対JPN23-23の引き分け試合を最後に「首になる」。

 2019W杯後、フランス協会を相手取った裁判での勝訴を勝ち取ったのちに出版されたノベスの自伝を読む。代表HCにとって、もちろんコーチ術を身に着けていることは最低条件だが、協会首脳の信頼・協力を得ることが必須のようである。ノベスの場合、フランス協会の会長が変わったことですべてが暗転した。

  クラブチームであれば、関係者と日常的に接して、時間をかけて信頼を築いていくことが求められる。これに対して、代表チームは、短期間の活動、結果が重視される。

  ノベスが熱く語り続けているのが、人と人との信頼関係。そして、自らの経験値を大きく高めたのが、アマチュア・コーチ時代の中学校・高等学校の教師だった時期の学校でのラグビー活動以外のさまざまな体験だ、と力説している。これは、かつて紹介したジョーンズENGHC、ガットランドWALHC、そしてシュミットIREHCの自伝とも共通している。中高の教師を務めて、そこでの体験が後のコーチとして指導に大きく役立ったと異口同音に書き込まれている。

  この4人、みんな1995年ラグビー・プロ化の前に選手生活を終えている。ノベス:1954年生、ジョーンズ:1960年生、ガットランド:1963年生、シュミット:1965年生。

 プロ化を一口で「職業化」「ラグビーの仕事化」と言ってみると、1995年以前は、選手もコーチもラグビー以外の「職業」に就いているのが常態だった。そこで、ラグビー以外の実社会の体験を積んでいた。コーチとしての力量を高める絶好の機会が与えられていた、とも言える。

 おそらく、ノベスたちのような経歴を持ったコーチはプロ化の定着・進化・深化の中で絶滅するであろう。2023W杯フランス大会、こうした絶滅危惧種HCが活躍する最後の大会になるのかもしれない。

    1995年、ラグビー界は選手がプロ化し、やがてコーチ陣もプロ化した。レフリーは「職業」として確立出来得るのか、これも気になっている。

                                                                 令和365

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