2019 W杯・備忘録 73
~ Maul ~
モール、要は「押し競饅頭」である。もちろん、押されて泣いてはいけない。まぁ、泣こうが喚こうがペナルティは取られないだろうが… おそらく、遊びの中から生まれた戦術なのだろう。「押し競饅頭」と違うのは、聖なるボールの有無ぐらいだろうか。
ラグビー憲章では「競技規則の原則:独自性の維持」で「競技規則は、スクラム、ラインアウト、モール、ラック、キックオフ、そして、試合再開のすべてにおいて、ラグビーが持つ他にはない特徴を維持するためのものである。また、ボールの争奪と継続において重要な特徴・後方へのパス、攻撃的なタックルも同様である。」とある。
競技規則では、ラック、モールの「原則」は次のように記されている。
第15条 ラック ラックの目的は、プレーヤーに地面にあるボール を争奪させることである。 |
第16条 モール モールの目的は、プレーヤーに地面についていないボールを争奪させることである。 |
違いは「ボールの位置」だけ!? わかるようなわからないような…
エレロは、ノスタルジーも込めて、こう書いている。
「スクラムがラグビーの母ならば、モールは父である。ラグビー校では、ラグビー・フットボールの黎明期、200人がモールを作った。モールは、我々の「アブラハム」、そこから始まった。
規則によれば、ボールを持っているプレーヤーが相手プレーヤーに捕まえられ、そこに味方プレーヤーが助っ人に参入することで始まる。モールには最低3人のプレーヤーが必要だが、上限は設けられていない。15人対15人のモールもありうる。
モールの目的は明確だ:敵よりも密着し、地域を獲得することだ。集まって前に進む!誰が参加してもいいとなると大きな選手が集まってきて敵を疲れさせる。モールはスクラムと似ている、自然発生のスクラムであり、予告なしで生じる。
モールは、即興で創られ、混乱し、輪郭ができ、選手を巻き込んでいき、広がっていく。どのモールも他のモールと似ていない。毎回、新たな形ができ、他のプレーとは違って、ゆっくりと進んでいく。
ラグビー界では限りなくリスペクトされるプレーだ。原点に立ち返るものである。プレーヤーが集まり末尾の選手がボールを持っている。それでも、前の選手はオブストラクションを取られない、許されているプレーだから。
モールは勇気がいるプレーだ。愚鈍で垢抜けていないかもしれないが、可能性を秘めた未完成の戦術でもある。」
戦術にも「流行り廃り」がある。近年、モールはラインアウト時に限定されてきた。それと同時に、「型に嵌まっている」気がする。エレロは古いのだろうか…
WRのスタッツには、「Maul Wons」という項目がある。今大会の決勝ラウンドでは次の通りとなっている。
| QF1 | QF2 | QF3 | QF4 | SF1 | SF2 | F |
勝者 | 3 | 1 | 7 | 10 | 6 | 4 | 3 |
敗者 | - | 7 | 7 | - | 1 | 5 | 1 |
ちなみに、JPNの予選プールでの数値は次の通り。
| 第1戦 | 第2戦 | 第3戦 | 第4戦 |
JPN | 1 | - | 2 | 1 |
相手 | 1 | 4 | 4 | 4 |
RSA/ENGの決勝、後半56分、RSA・FWが相手陣22m付近で意図してモールを創った。結果としては、レフリーが早めにENGのライン・オフサイドを取ったので、その後の展開が見られなかったが、新たな戦術の芽生えを見た気がした。
この3月に出版された『「竹田流」人間力の高め方 御所実業ラグビー部の挑戦』(竹田寛行・村上晃一著 ベースボール・マガジン社)の中で、奈良県内で常勝:天理高校の展開ラグビーに勝つために、体の小さな選手たちにモールだけを徹底的に鍛えた故事が紹介されていた。
温故知新(?)、常識を疑ってみることもたまには必要なのだろう。
次回大会、小柄なJPNの15人が一塊になってピッチ上を静々と進んでいく、そんな奇想天外・幻想的かつ感動的なプレーを見たい気もする。
モールの秘めた可能性を開眼させるような画期的なプレー、これから先、いつ・どこで・誰が考え・実行に移してゆくのか、そしてラグビー新時代が生まれるのか、モールがどう進化していくのか、気になっている。
令和3年4月17日